第098話「吸血王の涙」
『俺は、事故じゃなくて殺されたかもしれないんだ』
……おいおい、いきなり物騒な話だな。
白鳥くんの幽霊を引き連れながら道を歩いていると、歩行者たちが次々に振り返って通り過ぎる俺を見ていた。
彼らは別に霊体が見えてるわけじゃないぞ。単純に俺の容姿が目を引くだけだ。
吸血貴族に進化したことによって、【神乳】を始め、容姿をつかさどる様々な長所も軒並み【全能力+3】の影響を受けており、はっきり言って今の俺は芸能人でもいないレベルの美少女と化しているからな。
人々の視線の波を潜り抜け、人気のない公園までやって来ると、ベンチに座って話の続きを聞くことにした。
『俺には弟と妹がいてな?』
白鳥くんには中学生の弟と、高校生の妹がいるらしい。
弟くんは兄である彼から見ても非常に優秀で、白鳥くんの死からもきっとすぐに立ち直り、いずれは当主として立派に家を盛り立ててくれるだろうと思えるほどの器なんだそうだ。
なので弟くんに関してはなにも心配してない。問題は妹のほうである。
妹の"
『それで、妹には婚約者がいるんだけどさ……。名前は"
黒羽根家とは、ここ数十年で急激に勢力を伸ばしてきた成り上がりの一族で、白夜はそこの御曹司らしい。
だが、彼は婚約者である満月ちゃんを放置して、別の女に夢中なんだそうだ。
『妹は富裕層の集まる名門の学園に通っていてね。だけど今年から導入された特待生制度によって入ってきた一般人の少女に、学園中の有力者の子息たちがメロメロになっちまったんだよ』
「……え~、とんでもない美少女だったとか?」
『いや、特待生になるくらいだから学力はかなりのものらしいが、その他は容姿も運動能力も平凡らしい』
「じゃあ、どういうことだってばよ」
『どうも、黒羽根が食事に誘ったのにそれを断ったらしい。それでもしつこく誘ってくる黒羽根に「女が誰でもあなたの誘いに乗ると思わないでよ!」と一喝して去って行ったそうだ。今まで声をかけた女でそんな態度をとった相手は一人もいなかったみたいでな、奴は逆にその特待生に強烈な興味を持ったみたいだ』
「…………」
『それからその特待生は、不思議な魅力で黒羽根以外の有力者の子息たちも次々とデレさせていき、今では逆ハーレム状態になっているらしい』
……その女、蟻塚夏海と同じように【女王蟻の心臓】を持ってるんじゃないだろうな。じゃなかったら相当の男たらしだぞ。
そして、有力者の子息たちには婚約者がいた者も多かったのだが、彼らは婚約者を放置してその特待生に夢中になり、学園中がぴりぴりムードになってしまったとのこと。
真面目な妹さんはそんな特待生を口うるさく注意し、それが気に入らなかった黒羽根は彼女を敵視するようになっていったらしい。
『今度、黒羽根家が主催するパーティーで、満月が特待生をいじめていたと大勢の前で断罪して、婚約破棄と学園追放を宣告するつもり……という情報を掴んでね。俺はそれを止めたくて、なにか打開策がないか白夜の周囲を探ってたんだけど……』
「……いやいや。こっちから婚約破棄すればいいだけじゃん、そんなクソ男」
『俺は元から婚約に反対だったし、今からでも破棄してほしいが、満月は絶対しないだろう』
「なんで? 白夜がそんなに好きだとか?」
『……違う。理由があるんだ』
白鳥くんは、複雑な表情で語り始める。
白鳥家には"吸血王の涙"という家宝があった。嘘か誠か、かつてヨーロッパから日本に渡った吸血鬼の王が、この地で出会った最愛なる妻のために流した涙が宝石になったものらしい。
如何なることにも心を乱すことがなかった王が、妻の今わの際でだけ見せたその涙は、血よりも紅い輝きを宿した美しい石となって、彼女の遺体の傍らに転がったという。
その石は紆余曲折を経て白鳥くんのご先祖様の手に渡った。それから白鳥家の躍進が始まったそうで、以来、白鳥家では"吸血王の涙"を幸運のお守りとして大事に保管してきた。
ところが、満月さんが小学校4年生になったある日、彼女は社交界デビューのためにその石を身に付けてパーティーに出席したのだが、そこでひったくりにあい石を奪われてしまう。
しかも、普段はわがままを言わない満月さんが、珍しくごねて両親の反対を押し切ってまで持ち出した石だったので、彼女のショックは言葉では表せないほど大きかった。
両親や白鳥くんは、満月さんが無事でなによりだったと慰めたのだが、彼女は自分の失態をどうしても許すことができず、石の行方を血眼になって探し始める。
『そして数年後、"吸血王の涙"は黒羽根家にあることがわかった。闇市に流れていた石を彼らが買い取ったらしい。満月は、黒羽根家にそれを売ってほしいと頼みに行ったが、法外な値段を要求された』
「……ああ、話が見えてきたぞ」
『うん、それで黒羽根家の当主は、満月が息子の白夜と婚約すれば、結婚した暁に石を譲ってもいいと言い出したんだ。黒羽根家は新興の成り上がりで、古くからの名門に敵が多いから、彼らに対抗するために旧家であるうちとの繋がりが欲しかったんだろう』
「そりゃ婚約破棄できないわなー。話に聞く限りかなり真面目な性格っぽいし」
おそらく満月さんも白夜が好きなわけではないのだろう。
自分の身と引き換えにしてでも、己の失態で失ってしまった家宝を取り戻したかったのだ。
『"吸血王の涙"がなくなったあとでもうちの事業は上手くいってるし、結局のところあれはただの美しい石でしかないと、俺や両親は満月を説得したんだが……』
……う~ん、やるせない話だなぁ。
ん? でも待てよ?
「それがなんで白鳥くんが殺されたことに繫がるんだ?」
ここまでの話で、白鳥くんの死と妹さんの問題には特に関係がないように思えるのだが。
『……白夜の周囲を探っているうちに、俺は黒羽根家の闇を知ってしまったんだよ』
「闇って?」
『ここ数十年の黒羽根家の躍進には、"天獄会"が深く関わっていることを突き止めたんだ。そして、"吸血王の涙"を満月から奪ったのも、そもそもが奴らの策略だったこともな』
「……うわぁ」
あの天獄会と裏で繋がっているとは、黒羽根家は完全に真っ黒だな。
きっと満月さんの件と同じように、ここまでロクでもない方法で成り上がって来たんだろう。
『そしてそれを両親に伝えようと家路を急いでいた俺の後ろから、凄いスピードで車が突っ込んできてな。……気がついたら、俺は幽霊になってたってわけだ』
「……完全にやられとるやん」
かもじゃなくて、確定で黒羽根家と天獄会の仕業だな。
確かにこのままじゃ満月さんの身が危ないかもしれない。彼が必死になって俺に助けを乞うわけだ。
でも俺は別に正義の味方ってわけじゃないからなぁ……。無茶して天獄会なんかに目を付けられるとかは、普通に勘弁願いたいんだが。
吸血貴族に進化して人間の枠からかなり外れた力を身につけたとはいえ、日本の裏社会を牛耳る巨大組織に一人で喧嘩を売るのはまだリスクが高すぎる。
……う~ん。でもなぁ~。ここまで聞いてしまって見過ごすのもなんか寝覚めが悪いしなぁ~……。
「言いたいことはわかった。ただ、報酬もなしにタダ働きってのはなぁ?」
『……幽霊の俺に払える物なんかなにもない。……でも、俺に出来ることならなんでもする。なんなら幽体殴り練習用のサンドバッグにしてくれたって構わない! だからどうか妹を助けてくれ!』
そこまで言われたら、仕方ない。ここで断るのは女が廃るってやつだな。
……それに、どうも"吸血王の涙"というアイテム、なんだか気になる。【直感】だが、これはきっと俺が手に入れる運命にある物のような気がするのだ。
「じゃあ報酬として"吸血王の涙"を貰ってもいいか? 白鳥くん的には、別にこれがなくてもいいんだろ?」
『それはそうだが、満月が納得するかどうか……』
「大丈夫、俺に作戦があるんだ。奴らから"吸血王の涙"を奪い取り、そして妹さんも納得させる。そんな完璧な作戦がな!」
俺は自信満々にそう宣言し、白鳥くんに作戦の概要を説明したのだった。
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