第097話「異世界への招待状」

「白鳥……。俺は異世界に行くことにしたよ。じゃあな……いや、案外転生したお前とまたあっちで会えたりするかもな」


 地面に座って、ガードレールに添えてあった花に両手を合わせていた名楼が、大きく息を吐きながら立ち上がった。


 俺は右手に持った銀色に輝くレターをひらひらと揺らしながら、彼に声をかける。


「……本当にいいんですか? これを使ったらもう二度と帰ってこれないみたいですよ?」


「いいんだナユタちゃん。俺はもう決めたんだ」




【名称】:異世界への招待状


【詳細】:これを使えば、こことは違う別の世界へと旅立つことができる。どのような世界の、どのような年代のどのような場所に飛ぶかはランダムだが、コミュニケーション可能な人類が存在し、かつ文明レベルのある程度発展した世界に飛べる確率はかなり高い。また、転移した先の世界の神から、そこで生き抜くために必要な特別な能力を最大で三つ授かることができる。ただし、いかなる手段を用いようとも二度と元の世界に戻ることはできなくなる。




 エクストラダンジョンのボスであるオノスケリスからドロップしたアイテム。それがこの"異世界への招待状"だった。


 あのときは、冗談交じりで異世界へ行けるアイテムを見つけたら名楼に譲ると約束したのだが、まさかいきなりドロップするとは思わなかった。


 そんなわけで、ダンジョンで借りた体操服やタオルを返すついでに、隣の県に住む名楼のところまでやってきたのだが……なんと彼はいきなりそれを使いたいと言い出したのである。


「親友だったんですね」


「……ああ、もうこの世界に未練はないよ」


 ガードレールに添えられた花を見ながら、名楼が寂しそうな顔で呟く。


 毒親につけられた名前のせいで、小学校時代にいじめられていた名楼。そんな彼に「どうせ名前でからかわれるなら、もっとハジケちまおうぜ!」と言って、一緒にくだらないことをやり出したのが、"白鳥しらとり大輝だいき"という人物らしい。


 白鳥くんはイケメンで金持ち、しかも勉強も運動もできておまけに社交性も抜群な完璧人間であり、そんな彼が名楼と一緒にコンビのように異世界ネタを披露し始めたことで、名楼はいじめられっ子から一躍人気者に躍り出たのだそうだ。


 ……だけど、俺と名楼がエクストラダンジョンに潜っている間に、彼は不慮の事故により亡くなってしまった。


 毒親との生活と将来への不安、そして無二の親友であった白鳥くんの死。そんななか、俺が"異世界への招待状"を持ってきたことで、彼は決意を固めたのだろう。


「それでは、どうぞ。名楼くん」


「ありがとう、ナユタちゃん」


 名楼に"異世界への招待状"を手渡す。


 彼は銀色の封筒を右手に持ち、それを高く掲げる。するとその身体が光に包まれ始めた。


「これで……お別れですね」


「うん、俺はもう二度とこの世界に戻ってこれないからね。……でも、ナユタちゃんとはまたいつか会えるような気がするんだ」


「ええ~、どうやってですか?」


「君なら、今から俺が行く世界にだって自力到達できちゃうんじゃないかな?」


 そんなことあり得るかぁ? いや、でも俺もこいつから【異世界の鍵】なんてものをもらっちまったし、案外そういうこともあるのかもな。


 名楼の身体がどんどん光に包まれていく。そして……笑顔で手を振りながら、彼は異世界へと旅立った。


「さようなら、名楼くん。元気でね!」


 彼の姿が完全に消えたのを確認すると、俺は踵を返して歩き出す。


 ……さて、このまま真っ直ぐ家に帰ろうかな。それとも東京では食えない地元のメシでも食いに行くか?


「…………」


 はぁ……名楼は異世界で転生した白鳥くんと会えるかも……とか言ってたが無理だろうなぁ。


 だってさぁ――



「あのさぁ? お前いつまでついてくんだよ?」



 俺は振り返ると、真後ろにいる高校生くらいのイケメンに向かって話しかける。


 半透明で宙に浮遊しているその少年は、俺の問いに対し少し驚いたような顔をしたあと、嬉しそうはにかんだ。


『あっ、やっぱり見えてたんだ! 何回か目が合ったから、もしかしたらって思ってついてきてよかったよ!』


 ……迂闊だったぜ。もしかしたらいるんじゃないかと思って【幻想の魔眼】の出力を上げて見たら本当にいるんだもん。


 うっかり目を合わせてしまったせいで、コイツは俺にずっとついてきていたのだ。


「……それじゃあ俺はこの辺で」


『お~い、待ってくれよ! 君に頼みがあるんだ!』


 はぁ……無視だ、無視。幽霊からは血を入手できるわけでもないし、頼みなんてどうせロクなことじゃないだろ。


 無視して再び歩き出すが、イケメンは諦めずに俺の前に回り込んで来た。


『フフフ……聞いてくれないなら君に取り憑いちゃう――』


「オラァ!!」


『ぐはぁーーッ!?』


 イケメン霊がふざけたことを抜かしたので、顔面に右ストレートを喰らわしてやった。


 鼻血を吹き出しながら後ろに吹き飛ぶ悪霊。


 幽霊なのに鼻血が出るのかよ……。でも舐めてみたけど味も能力が獲得できそうな気配もありませんでした。ちっ、使えねぇな。


『き、君……見えるだけじゃなくて殴れるの!? めちゃくちゃだな!?』


「ああ、このままボコボコにして成仏させてやることもできるぜ?」


『ひぇ……。名楼と話してたときは大人しそうな美少女に見えたのに、めちゃくちゃ手が早いし口も悪い……』


「ああんっ!?」


『ちょ、ちょっと待ってくれよ! さっきの失言は謝るからとりあえず話だけでも聞いてくれよ!』


 はぁ……仕方がないな。名楼に免じて話だけは聞いてやろうじゃないか。


 俺が殴るのをやめる意思を示すと、幽霊は安心したようにホッと息を吐いたあと、語り始めた。

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