第079話「ナツミ」
「ナツミちゃん、悪いんだけど今回で君のサポは終わりにしようと思ってるんだ」
「……は?」
床に脱ぎ散らかされた服を一人せっせと身に纏っていたあたしに、禿げ頭のおぢがそんな素っ頓狂なことを言い出した。
あまりの衝撃に、咄嗟に二の句を継ぐことが出来ない。
あたしからおぢを切ることはあっても、相手のほうからサポ解消を言い渡されるなんて思ってもみなかった。
「いや……ナツミちゃんテクは凄いけどさぁ、サポ代は高いし、そろそろ年齢も……ねぇ? この前サポした十代の子が、ナツミちゃんの半分の額でやってくれるって言うんだよ。だから……わかってもらえるかな?」
申し訳なさそうに禿げあがった頭をポリポリとかきながら、ふざけたことを抜かすおぢ。
屈辱と怒りで頭が沸騰しそうだった。
あたしみたいないい女とヤれるってのに、若いだけでテクもないアホガキに乗り換えるだと……? ふざけんじゃねえよ! てめーみたいな見る目のねーハゲはこっちから願い下げだわ!
「あっそ、じゃあもう二度と連絡してくんなよ。バイバイ」
怒りを押し殺しながら、余裕な表情を作ってそれだけ吐き捨てると、おぢがなにか言い返してくる前に、あたしはさっさとホテルを出た。
あー、くっそムカつく! おぢBのクソハゲ、ただ金を落とすだけのATMの癖によぉ!
夜の繁華街をヒールの踵を鳴らしてイライラしながら歩く。
歓楽街に店を構える飲み屋の呼び込みを一人ひとり睨みつけながら、あたしは心の内でおぢへの呪詛を吐き続けていた。
「くそが、また他のおぢ探さなきゃじゃん」
ホスト代もバカになんないし、うにきゅんにも赤スパ投げまくんなきゃだし、金はいくらあっても足りない。
え~と、仕方ないからブサイクだけどあたしにぞっこんで金払いの良いおぢEにまた連絡すっかな。……あ、ダメじゃん。おぢEは借金地獄に陥ってヤクザにどっかに売られちゃったんだっけ?
てことは、また新規開拓しなきゃいけないってこと? めんどくせーなぁ!
おぢなんて金を落とすしか存在価値のねー生き物なんだから、無条件であたしみたいないい女に貢げよ! 国はそういうルールをちゃんと作りやがれ!
「……え? まって、これいい考えじゃね?」
男はイケメンやうにきゅんのような美少年にだけ人権を与え、あたしのようないい女の傍で執事のように仕える権利を与える。
ブサイクやおぢからは人権を剥奪し、働き蟻としてせっせと汗水流して働かせ、あたしのようないい女にお金を貢ぐだけの存在とする。
この間あたしに理不尽に絡んできやがった吸血姫ナユタの中の人や、うにきゅんにちょっかいかけてた金髪ビッチみたいに若くてエロい身体をしてるだけで頭がからっぽなアホ女どもは、働き蟻どもの奉仕要員として壊れるまでこき使う。そうすりゃブサイクどもも喜んで働きまくるだろうよ。
このルールを徹底させれば、世の中はあたしのように聡明で美しい大人の女が頂点に立つ、誰もが住みやすい理想郷となるのではないか? うん、これは名案だ!
「次の総理大臣に立候補してみっかな」
選挙とか行ったことないから仕組みはいまいちわからないけど、あたしが立候補して今の公約を掲げれば、国民投票で過半数を獲得して、絶対総理になる流れでしょこれは。
まあでも総理になる前に、まずは新しいおぢを捕まえなきゃだよね。月末のカードの引き落としが怖いし。
誰かいいおぢはいないかなぁ。金払いが良ければちょっとはブサイクでもいいけど、簡単に自殺とかしないタイプがいいな。この前もおぢAが飛び降り自殺しちゃって、警察に色々聞かれて面倒臭かったし。
全財産貢がせた後、結婚なんてしないって言ったらあいつが勝手に飛び降りただけなのに、なんであたしが警察に話を聞かれなきゃいけないの? おかしくね?
ま、いいや。さっさと新しいおぢを探――
「お前が蟻塚夏海か?」
突然背後から声をかけられ、驚いて振り返る。
そこには、黒いスーツを着た長身の男が立っていた。年齢はあたしと同じくらいだろう。知的な顔立ちをしているが、どこかワイルドな雰囲気を漂わせた男だった。
や、やだ……。結構カッコいいじゃない。もしかしなくてもナンパ?
あたしがそわそわしていると、長身の男性の後ろから一人の男が現れ、叫ぶように声を上げた。
「龍吾さん、こいつです! こいつが蟻塚夏海に……俺の叔父を自殺に追い込んだ女に間違いありません!」
興奮して鼻息を荒くしながら、背の高い男に向かってそんなことを言う若い男。
叔父……? それってまさかおぢAのこと……!?
「な、なんなのよあんたたち! あたしになんの用!?」
「お前、俺たち天獄会のシマで好き放題やってるらしいな。売春にもルールってもんがあんのを知らねぇのか?」
て、天獄会ですって……!?
あたしでも聞いたことのある関東最大の反社組織! や、やばい! おぢAの親戚に天獄会の構成員がいたなんて……!
慌てて逃げ出そうと踵を返すが、いつの間にか後ろにも黒服の男が二人立っていて、あたしは完全に逃げ道を塞がれてしまった。
「連れていけ。この前見つかった星四ダンジョンに、今度大量の債務者を送り込むことが決まった。その女も、連中と一緒に放り込んでやれ」
「「はっ!」」
「や、やめ――むぐッ!?」
口を塞がれ、手足を拘束される。そのまま黒塗りの車に無理矢理詰め込まれると、あたしを乗せた車はどこかへと走り出してしまった。
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