第078話「ストーカー」

「ストーカーですか?」


「ええ、兎月くんが"月影うに"として人気が出たのはいいことなんだけど、どこで正体がバレたのか、どうも彼を付け回してるファンがいるみたいなのよ」


 桃華と兎月くんとコラボ配信をしてからしばらく経ったある日。


 優羽さんから、うにきゅんこと兎月くんがストーカー被害に遭っているという相談を受けた。どうやらファンの暴走らしい。


 俺とのコラボ配信がバズった甲斐もあって、二人は最高のスタートダッシュを切め、破竹の勢いで人気Vtuberへの階段を駆け上がっているのだが……その弊害が早くも出始めたようだ。


「ふむ、それは由々しき事態ですね」


「ナユタちゃん、どうにかできないかしら?」


「そうですねー、それじゃあとっ捕まえて個人情報を特定して脅してやりましょうかね」


 中学生をストーカーする変態野郎に人権などない。俺は正義の鉄槌を下すべく、早速行動を開始した。




 入口から出て来る兎月くんを、事務所の屋上から観察する。『アナザーワールドプロモーション』に所属するアイドルはまだ少ないから、犯人も事務所に出入りする人間をチェックして彼の正体を特定したのかもしれないな。


 兎月くんは近くにある『アナザーワールドプロモーション』と提携を結んでいるマンションに住んでいる。優羽さんの事務所に所属するアイドルは、彼女が才能を見出して地方からスカウトしてきた子が多いので、そこで暮らしている人が多いのだ。


 む……事務所から女が追いかけてきたな。


 あいつは――


「オ~ウ、ウズキ一緒に帰りまショー!」


「エミリアさん……人気アイドルが僕なんかと帰ってるところを見られたら、変な噂が立ちますよ」


「の~ぷろぶれむデ~ス! 事務所の後輩を可愛がるのも先輩の仕事なのデ~ス」


 エミリアのやつなにやってんだ……。邪魔なんだけど、お前のせいでストーカーが逃げちゃったらどうしてくれるんだよ。


 だが、そんな俺の心配をよそに、エミリアはバンバンと兎月くんの背中を叩きながらスキンシップを取っている。


「それよりウズキ、聞いてくださいヨー! ナユタがワタシのことブロックしたんデ~ス!」


「ええ……一体なにをしたんですか?」


「なにもしてないデ~ス! ワタシたちマブダチなのに酷いと思いませんカ~?」


 なにもしてなくないだろ! お前5分ごとにライソしてくるからウザいんだよ!


 ちょっと既読スルーしたらすぐに電話かけてきやがって、この前なんてダンジョンの攻略中にずっと電話が鳴り続けてて、集中力が削がれて危うく攻撃を喰らうところだったんだぞ! ブロックされて当然だろ!


 内心ツッコミを入れながらも、俺は事務所の屋上から軽快に飛び降りると、二人の後を追い始めた。


 【ストーキング】や【地獄耳】、それに【視力4.0】など様々な長所を持つ俺は、今や尾行のスペシャリストと化している。たとえ歴戦の殺し屋だろうと俺の尾行は見破れないだろう。


 寂しがりやのエミリアはベタベタと兎月くんに絡み付いており、彼はその行為に困惑しながらもまんざらでもない様子だ。


 美少年でも中二男子なんて異性に興味持ちまくりの生き物だからな。この前リアルで俺と会ったときも、目をそらしたりチラッと胸を見たり、それですぐにまた視線をそらしたりと、面白い反応してたし。


 エミリアも俺ほどではないがハーフでスタイル抜群だし、兎月くんの同級生にはちょっといないレベルだろうから、思春期の男子には刺激が強すぎるのだろう。



「あの金髪ビッチがぁ~! あたしのうにきゅんに色目使いやがってぇ~~!!」



 ……あ、エミリアのおかげであっさり釣れたわ。


 二人の後方10メートルくらいの電柱の影に、帽子を深くかぶってマスクとサングラスを着用した不審な女が立っている。


 間違いないな、あいつが兎月くんのストーカーだろう。さっさと捕まえて情報を搾り取るとしよう。

 

 俺はそそくさとストーカー女の背後に回り込むと、呼吸をするかのごとく自然な動作で彼女の財布をスリ取った。


「え~と、"蟻塚ありづか夏海なつみ"さんねー。もうすぐ30歳のいい大人が、男子中学生を付け回すのはどうなんですかねぇ~?」


「っ……!?」


 財布の中にあった身分証をスマホで撮影しながらそう問うと、ストーカー女は驚愕に目を見開き振り向いた。


「そ、それあたしの財布!? 返しなさいよ!」


「はい、どうぞ」


 もう名前も顔も住所も特定したので、俺は素直に財布を返した。


 すると彼女は俺の胸倉を掴み上げ、鬼の形相で睨みつけてくる。


「その声、あんた吸血姫ナユタの中の人ね? あんたリアルでもうにきゅんの周りをちょろちょろしてやが――」


 彼女が言い終える前に、俺は胸倉を掴んでいた手を払いのけると、一本背負いでアスファルトに叩きつけた。女は「うげぇ!?」とカエルが潰れたような声を出し、ゴロゴロと地面を転がる。


 ……こいつ、声を聞いただけで俺のことまでわかるのかよ。相当卯月くんとその周辺の情報を集めてるな。


 ただ、今はまだなにをしたわけでもないので、警察に通報したところで注意されて終わりだろう。このままボコってもいいのだが、俺は基本的に平和主義者なので、暴力で解決するのは最終手段だ。


 地面に這いつくばる女の側にしゃがみ込むと、擦りむいたのか血の滲んでいる手を取り、血を指ですくってひと舐めする。



《【舌技】を獲得しました》



 なんだこれ……? 舌を上手く使えるようになる能力か? まあ、あんまり使い道なさそうだし、今はスルーしておこう。


 俺は痛みで顔を歪ませている女に向かって、爽やかに微笑みかけた。


「いいですか? 次に兎月くんに近づいたら、ストーカー女として警察に――」


「あ、ナユタが女の人をいじめてマ~ス!」


「ナユタさんなにをしてるんですか!? 暴力はいけませんよ!」


 しまった。大きな音を立てたので、エミリアと卯月くんが俺に気づいて駆けつけてきたようだ。


 俺が二人に顔を向けた隙に、女はバタバタと立ち上がって逃げ去ってしまう。


 ……まあ、いいか。住所も顔も名前も全部特定したし、後は優羽さんに報告して対策を練ってもらえば問題ないだろう。


 俺はスマホのブロックを解くようにしつこく言ってくるエミリアを適当にあしらいつつ、二人をマンションの入り口まで送り届けたのだった。








【名称】:舌技


【詳細】:口の中で舌だけでさくらんぼの茎を結べる。キスはもちろん性的なテクニックにも応用が利き、舌による絶技で相手を骨抜きにすることができる。

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