第076話「ブルーブラッド」

「オラァ!」


 動物系に特効効果を持つ"魔獣の斧"を、目の前まで接近してきた角の生えた巨大ウサギに叩き込むと、斧はウサギの頭部を易々と粉砕しその命を刈り取った。


 俺はブンブンと血振りをしてから斧を肩に担ぐと、ふぅーっと大きく息を吐く。


 前は振り回すのが大変だった魔獣の斧も、今では軽々と片手で扱えている。どうやら【剛力】を手に入れた今の俺の筋力は、人間離れしたものとなっているらしい。


 でも……男の人ってこういうのが好きなんでしょ? 俺みたいな小柄な美少女が巨大な武器をぶん回す姿にギャップ萌えを感じるんでしょ?


「う~ん、たぶん星三ダンジョンかなぁ……。星二にしては敵が強いし、あの人形の街ほどの難易度ではない気がするし……」



 ──現在俺は、吸血山荘にあったあのダンジョンの中にいる。



 理由はもちろん攻略のためだ。あんな場所に転移陣があるのは良くないということで、女将の雪乃さんに消してもらえないかと頼まれたのだ。


 正直ちょっと悩んだ。だってあそこの転移陣は壁の中に埋まっている影響で、描かれている文様が見れず、難易度や出現するモンスターがわからないからだ。


 でも報酬に雪乃さんが血をくれるって言うし、入ってすぐに帰還の転移陣があるので、ヤバそうならいつでも帰れるということもあって、結局引き受けることにしたのだった。


 このダンジョンは見渡す限りに草原が広がっており、まるでサバンナのような雰囲気を醸し出している。


 そして、その草原には角の生えたウサギや大きな牙を持ったトラ、さらには巨大な象など、様々な動物系のモンスターが闊歩していたのだが……そのどれもが地球の動物よりも一回りも二回りもデカく、そして狂暴だった。


 入ってすぐのオアシスのような場所こそ安全地帯だったが、そこを抜けると弱肉強食の世界。普通の人間であれば、あっという間にモンスターの餌と化すだろう。


《グルルルルルルッ!》


 背後からオオカミのようなモンスターが数体、鋭い牙を剥き出しにして俺に飛びかかってくる。だが──


 ──ドゴォン!!


 俺は振り向きざまに魔獣の斧で一体の頭部を叩き潰し、そのままの流れで二体目、三体目と立て続けにモンスターを粉砕する。


「……むっ!」


 狼の群れの中に、色違いで一回り大きな個体がいる。もしかしたらレアモンかもしれない。


 ……せっかくだしアレ・・を試してみるか?


 大きく息を吸い込み、そして吐く。精神を集中し、まるで仙人のように心を無にする。一切の無駄を排除した構えから、足を一歩前に踏み出し──



「──"縮地"」



《グルァ???》


 気付いたときには、俺の身体は色違いの狼の背後へと移動していた。


 俺を見失いキョロキョロと辺りを見回す狼の首に、魔獣の斧が食い込み──そのまま胴体と分断させる。首を失った狼の身体はドサリと倒れ伏し、やがて粒子となって消えていった。


 ──ドサッ!


 草の上に、真っ赤な盾のような物が落下する。


「おお! 見たことのないアイテムだ!」


 やはりここは星三ダンジョンだったようだ。


 早速その盾を拾い上げると、アイテム鑑定機で詳細を確認してみる。




【名称】:火蜥蜴の盾


【詳細】:火蜥蜴の鱗を加工して作られた盾。非常に頑丈なだけでなく、炎による攻撃を軽減させる効果がある。




「防具系か……。星三は特殊効果のついた防具がドロップするダンジョンなのかな?」


 星一が杖系、星二が特効武器、そして星三が特殊防具系か……。


 俺は人間を超越した反則的な存在だけど、確かに星一から魔導具を集めていって、パーティを組めば普通の人間でも上のダンジョンに挑めるような仕様になっているのかもしれない。


「それにしても"縮地"の効果、えぐかったな……」


 あの婆さん、人間やめてるだろ……。かなりの精神集中が必要とはいえ、野生動物に気づかれないレベルの速さで一瞬で相手の背後を取れるとか……。


 雪乃さんじゃなくてあの人が吸血王の子孫なんじゃね?


 ま、まあいいや。とりあえず、さっさとこのダンジョンを攻略して帰るとするか!




 ダンジョンの最奥と思われる大きな木が生えている広場のような場所に出ると、そこでは全長5メートルはありそうな巨大猿が待ち構えていた。


《グルルァァァァーーッ!!》


 巨大猿は俺を威嚇するかのように吠えると、その巨体に似つかわしくない速度で飛びかかってくる。

 

 俺はその攻撃をバク転で回避すると、そのまま地面を蹴って上空高く飛び上がる。そして次元収納ポーチから"火炎の杖"を取り出すと、それを猿に向かって振りかざした。


「燃え尽きろ──"ファイアストーム" !!」


 杖の先から灼熱の炎が巻き起こり、猿の身体を包み込む。


《グギャアァァーーッ!!》


 炎に焼かれた巨大猿は、火を消そうと地面の上をゴロゴロとのたうち回る。


 だが、俺は空中で回転しながらポーチに火炎の杖をしまうと、代わりに魔獣の斧を取り出して背中に背負い、後ろにあった大木を蹴って勢いをつけ、落下の速度も合わせて猿の頭を叩き割った。


《ギャウゥ……》


 頭を叩き割られた猿はしばらくピクピクと痙攣していたが、やがて絶命し光の粒子となって消滅する。


 そして、地面にはまるで魔法使いが被るような大きなトンガリ帽子がポトリと落ちた。


「お、かわいい。どれどれ……」




【名称】:魔女の帽子


【詳細】:これを被って魔法の杖を振ると、魔法の威力がアップする。また、普段であればただ放つだけの魔法を、杖の振りに合わせて追尾させるなどの精密な操作も可能になる。非常にかわいらしいデザインで、頭まわりは被った者に合わせて伸縮し、ぴったりとフィットする仕様となっている。ただし防御力はないに等しく、クラウン部分が大きくて動くのにも邪魔になる。




 ふむ、戦闘中に被るようなアイテムではないけど、使い道は色々ありそうだ。


 次元収納ポーチに魔女の帽子をしまうと、周囲がキラキラとした光に包まれていく。ボスの巨大猿を倒したのでダンジョンが消滅するのだろう。


 さあ、帰って雪乃さんに報告だ!







「ナユタさん、ありがとうございます。この度は事件の解決から、転移陣の抹消まで本当にお世話になりました」


 雪乃さんが深々と俺に頭を下げる。


 事件は解決して、黒井さんもなんとか一命を取り留めたのだが、宿の仕事の大半を担っていた彼が自首してしまったので、吸血山荘は当面の間休業するそうだ。


 けど、営業の邪魔をしていた金蔵一家がいなくなったので、従業員の補充もできるようになっただろうし、そのうち営業は再開できるだろう。そのときにはまたお世話になりたいものだ。今度はのんびり温泉に浸かりたいしね。


「いえいえ、こちらこそ貴重な体験をさせていただきましたよ。それでぇ……報酬のほうなのですが……」


「くす、血が欲しいのでしたよね? まるで彼の吸血王のようなことをおっしゃるのですね?」


 妖しく笑う雪乃さん。その妖艶で美しい佇まいに、思わずドキリとしてしまう。


 スッと差し出された真っ白な手を取り、指の先を軽く嚙むと、俺はちゅっちゅっと血を啜り始めた。


「──うっ!?」


 その瞬間ドクンッ、と心臓が跳ねる。


 なんだ、この感覚は……!? まるで全身の細胞が活性化し、力が漲ってくるような……。



《【ブルーブラッド】を獲得しました》



 頭の中にいつもの無機質な声が響く。


 だけど、なんだか今まで獲得してきた能力とは一線を画すような、そんな不思議な感覚だった。


 と、とにかく能力の詳細を見てみよう。




【名称】:ブルーブラッド


【詳細】:吸血鬼の始祖である吸血王に連なる者だけが持つ特別な血。吸血鬼の頂点に至るために必要不可欠な能力であり、これを持つ者だけが吸血鬼の王たる吸血王を名乗る資格がある。また、青き血を分け与えることによって、一体だけ最上級眷属として特別な吸血鬼を作りだすことができる。




 こ、これは……。なんかとんでもない能力を獲得してしまった気がするんですけど……!?


 ていうか、吸血王ってマジで存在してたのかよ!?


 チラリと雪乃さんの顔を見る。彼女は真っ赤な瞳をこちらに向けて、妖しく微笑んでいた。その口元からは、まるで鋭い牙のような八重歯が二本チラリと見えている。


「……」


「どうしました? 小さな探偵さん?」


「い、いえ……。なんでも……ありません……」


「ふふ、また是非いらしてくださいね? 今度はご馳走を用意してお待ちしておりますので……。私たち二人が満足できるような、とびっきりのご馳走を……ね?」


 雪乃さんは俺の耳元でそう囁くと、首筋をツーっと指でなぞってくる。


 俺はぶるりと身体を震わせながら、黙ってこくこくと頷くことしかできなかった。





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十七夜月がダンジョンに入って目覚めたスキルを教えて!

という意見がコメントであったので公開します。



【名称】:右か左か


【詳細】:二つに分かれている道に差しかかったとき、高い確率で自分にとってより良い未来が待っている道を選択できる。しかし、三つ以上の分かれ道がある場合は効果を発揮しない。また、自分にとっては良い未来でも、同行者にとってはそうとは限らない。



とまあ、こんな感じの役に立つようでやっぱりちょっと微妙な能力です。

でもダンジョンスキルの中ではかなり当たりの部類に入ると思います。

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