第075話「吸血山荘殺人事件④」

 ……くっ、一番大事なところで噛んでしまった! 恥ずかしい……。


 こら十七夜月! 口に手をあてて笑いをこらえるんじゃない!


 ゴホンゴホンと咳払いをして、仕切り直す。


「とにかく金蔵さんが死んだ現場にもう一度行きましょう。そこで全てを明らかにしてみせます!」


 こうして、俺は食堂に集めた皆を引き連れて金蔵氏の部屋の前へと移動する。扉は俺が壊してしまったので、今はカーテンをかけて中を見えないようにしていた。


「どうしたんですかナユタさん、部屋の中には入らないのですか?」


「ええ、女将さん。俺たちはここで一旦待機します。お姉ちゃん、それじゃあ頼んだ」


「はい、行ってきますね」


 俺たちは部屋の前で待機して、十七夜月だけが中に入っていく。その様子を全員が不思議そうな目で見守っていた。


「一体なにをする気なの?」


「まあまあ椎名さん、もうちょっと待ちましょう」


 皆を宥めながら、じっと待つこと一分弱。突如俺たちの後ろの方から、足音と共に声が聞こえてきた。


「皆さん、お待たせしました」


「「「えっ!?」」」


 全員が一斉に振り返ると、そこには十七夜月が立っていた。


 金蔵の部屋のカーテンは彼女が入ったきり、一度も開かれていない。皆、訳がわからないと言った様子で驚愕に目を見開いている。


「わ、わかりました! 窓から外に出て玄関から急いで戻ってきたんですね!?」


 いち早く立ち直った羽田さんが、カーテンを開けて部屋の中に入ると、窓の方に駆け寄る。


 が、窓はしっかりと施錠されており、彼が鍵を開けて窓を開くと、窓枠に積もっていた雪がドサドサと落ちる音が聞こえた。明らかに数時間は開けられた形跡がない。


「ど、どういうことなんですか? どうやって刑事さんはこの部屋に入って廊下からやってきたんですか?」


「ふふ、それはですね只野さん。……お姉ちゃん、もう一回頼む」


 俺の呼びかけに答えるように、十七夜月が部屋の壁際に移動をする。


 そして、椅子の上に乗って思いっきり背伸びしながら天井近くの高い位置にある一点に手をつくと、ぽわっとした光が彼女の身体を包み込み、次の瞬間にはその姿が魔法のように消失した。


 その場にいた全員が呆然とした表情で、十七夜月が立っていた場所を見つめる。


「け、刑事さんが消えた……」


「な、なにが起きたの……!?」


 次第にざわつきが大きくなり、混乱が広がる。そんななか、部屋の入口の方から足音が聞こえてきたかと思うと、再び十七夜月が姿を現した。


「はぁ、はぁ……。お待たせしました」


「お、今度は随分早かったな」


 俺はパンッ、と手を叩いて皆の注目を自分に集めると、この現象の種明かしをする。



「この部屋の壁の中にはダンジョンに通じる転移陣が埋まっているんですよ」



 そう、なんてことないトリックだったのだ。


 ダンジョンの中に入ったから、密室から消えたように見えた。それだけの話である。


 おそらく老朽化して壊れた壁に転移陣が出現し、それを改修工事で塞いだ際に壁の中に埋まってしまったのだろう。


 転移陣は、直接触れなくても数センチ前に手をかざすだけで反応して光を放つ。なので、たとえ壁の中に埋まっていようとも、よほど距離が離れていない限りは問題なく起動させることができるのだ。


「ちょっと待ってくだされ……。その、儂はダンジョンについて詳しくはないんじゃが、ダンジョンというのはボスを倒さなきゃ出られないと聞いとります。ならば、刑事のお嬢ちゃんはどうやってこんな短時間で外に出てこれたんじゃ?」


「そうです。それにボスを倒したら転移陣は消えてしまうので何度も使えないはずですし、戻ってくるのも入った場所のはずですよね?」


 井実のお婆さんと黒井さんが、矢継ぎ早に疑問を口にする。


「ダンジョンに詳しくない人は知らないと思いますが、ボスを倒す以外にも帰還の転移陣を見つければ外に出ることは可能なんですよ。そして、このダンジョンは入ってすぐのところに帰還の転移陣があったんです」


 帰還の転移陣はボス部屋の近くにあるのが普通だが、稀にこういった序盤の場所に設置されていることがある。なのでこのダンジョンは入ってすぐに外に出ることが可能なのだ。


「そして、壁の中に埋まっているといいましたが、どうやらこっちよりやや向こう側の部屋寄りの壁の中に埋まっているようなんです。こちらからでも入ることはできるのですが、帰還したときは向こう側の部屋の方に出るみたいなんですよ」


 転移陣の埋まっている壁をトントンと指で叩いて、俺は説明を続ける。


「この壁の向こうにある部屋は、新杜さんが亡くなった従業員室です。そして、金蔵氏が殺されたとき、従業員室の方から走ってきたのは誰だったか皆さん覚えていますか?」


 俺の問いかけに対して、全員が一人の人物へと視線を注ぐ。


 その人物は皆の視線を受けても動じることなく、じっと俺の目を見つめ返していた。


「そう、黒井さんです。そしてこのトリックが使えたのはあなたしかいない。……真犯人――吸血王は"黒井くろい人志ひとし"さん、あなたです!」


 ……


 ……


 ……


 部屋の中が静寂に包まれる。


 皆の視線が黒井さんへと突き刺さるなか、俺は事件の真相を語り始めた。


「あなたは只野さんが大浴場に行き、金蔵さんが一人になったタイミングで彼を殺害した。続いて部屋を完全に密室の状態にして、金蔵さんの死体の横にこの部屋の鍵を転がす。その後に転移陣を使ってダンジョンの中へと入り、凶器と返り血のついた服を脱ぎ捨てると、急いで帰還の転移陣に入り壁の向こう側の部屋へと出る。そして、あたかもたった今悲鳴を聞きましたと言わんばかりの表情でこの部屋へ戻ってきたんです」


 黒井さんは口を開こうとせず、黙って俺の話を聞いている。


「現場には新杜さんだけが寝ていて現れなかった。彼が常に眠そうにしていたのも、料理担当のあなたが彼の食事に睡眠薬を混ぜていたからでは?」


「……」


 沈黙を続ける黒井さん。だが、彼の呼吸にわずかな乱れが生じていることを俺は見逃さなかった。


「本当は新杜さんもこの部屋で殺し、同じトリックを使って密室を作るつもりだったんですよね? しかし、ここで予定外のことが起きてしまい、あなたは新杜さんの殺害を従業員室で行わざるを得なくなった」


「……ああそうか!? ナユタちゃんが金蔵氏の部屋の扉を破壊してしまった影響で、密室が作れなくなっちゃったからですね!」


「その通りです羽田さん。密室でなければ自殺に見せかけることが難しくなりますからね。そこで急遽、転移陣のある従業員室で殺害することにしたんです。しかし、そのせいで多くの綻びが生まれてしまった」


 従業員室で首をつらせたのは、彼にとっても苦肉の策だったのだろう。


「あなたは新杜さんを、父親の死の真相に気づいたなど適当な理由をつけて呼び出すと、従業員室で彼を殺害し、天井から首を吊って自殺をしたように見せかける。そして、密室を作り上げてからそれらしい遺書の書かれた新杜さんのスマホを、床に部屋の鍵と一緒に転がす。後は大きな音を立てて誰かが異変に気づくのを待ってから、ダンジョンの中に入って姿をくらました」


 おそらく犯行の直前に、好奇心旺盛な椎名さんが宿内を徘徊しているのを確認しており、従業員室の方に足を運ぶことを期待していたのだろう。


 それでももしかしたら長時間誰にも気づかれない可能性もあったし、雪乃さんにいきなりマスターキーで開けられてしまうリスクもあった、かなり綱渡りな犯行だ。しかし、彼は賭けに勝った。


「椎名さんに気づいてもらうことには成功しましたが、金蔵氏のときとは違い、今度はすぐに外に出ることはできません。壁の向こうではなく同じ部屋に帰還してしまいますからね。おそらくもう一個スマホを持っていて、部屋のどこかに隠すなりして音を拾っていたのでは? 今度は自殺が濃厚なので、密室であること以外はあまり部屋の中を調べられないと踏んだのでしょう」


 実際に俺たちは部屋を少し調べたら、すぐに食堂へと戻ってしまっていた。


「そして、俺たちがいなくなったタイミングを見計らいダンジョンから出ると、窓から外に出て、あたかも今まで外をパトロールしていたかのように宿の入り口から堂々と入って皆の前に姿を現したんです」


 窓の鍵を閉めるのは、再度部屋を調べられる前に素早くやればいいだけだしな。


 皆はもう事件は解決したと安心してるだろうし、すぐにもう一度従業員室を調べようとは考えないだろう。


「なかなか面白い推理だけど、証拠はあるのかな? 私が犯人だっていう証拠が」


 そこまで聞いたところで、黒井さんはようやく口を開いた。


 俺が十七夜月の方に顔を動かすと、彼女はコクリと頷いて手に持っていた袋から血のついたバットとコートを取り出した。


「ダンジョンの中に落ちてましたよ。おそらく誰もここには入らないと思って無造作に放置していたのでしょう。そして、バットには金蔵さんの血とあなたの指紋がついているはずです。違いますか?」


 黒井さんはふぅーと大きな溜め息を吐くと、降参するように両手を軽く上げた。


「……やれやれ。完璧だと思ったんだが、まさかこんな小さな名探偵さんがいるとは思わなかったよ」


「そんな……黒井さん、どうして……」


 信じられないといった様子で雪乃さんの口から呟きが漏れる。


 そんな彼女に、黒井さんは全てを白状した。


 金蔵が雪乃さんを狙ってこの宿を乗っ取ろうとしていたことは周知の事実だが、最近は従業員の引き抜きだけではなく、食材の搬入業者に圧力をかけて、仕入れの量を減らしたり価格を釣り上げていたのだとか。


 それだけに飽き足らず、半グレのような連中を雇って、宿に宿泊する客から金品を奪おうとしたり、暴行を加えようとしたりとやりたい放題だったのだ。なんとか黒井さんが未然に防いでいたが、それも限界が近づいていたらしい。


「……警察に相談はしたんですか?」


「刑事さん、東京はどうかは知りませんが、こんな田舎の警察なんて、既に金蔵に買収されていて完全に彼の味方なんですよ」


 十七夜月の問いに、黒井さんは苦々しげな表情を見せる。


「でも、だからといって息子の新杜さんまで殺すのはやりすぎでは? 彼は金蔵と不仲で、父親のやることを良く思ってなかったみたいじゃないですか」


「……はは、小さな名探偵さんはなかなかに純粋なようだね」


 え? 俺が純粋?


 いやいや、確かに俺は純真無垢な美少女だけど……俺の推理にどこかおかしな点があったのかな?


「新杜は金蔵と不仲なんかじゃないのさ。むしろ彼ら親子は大の仲良しだ」


「「「えっ!?」」」


 これには俺だけじゃなくて十七夜月や他の皆も驚く。


「金蔵は敵が多いからね。息子である新杜が彼と不仲を装って、金蔵の敵を炙り出す役割を担っていたのさ。考えてもみなよ、新杜の宿代も金蔵が払っていたんだよ? 愛人との旅行に勝手についてくる不仲な息子のためにわざわざ宿代を払うわけがないだろう。金蔵は新杜を溺愛していたし、彼らは完全にグルなのさ」


「……あ」


 言われてみれば確かに……。完全に騙されてたわ。


 俺が金蔵に不満を持つ部下だったら、きっと新杜に父親の悪口を言ってただろうなぁ。なかなかに策士な親子だったようだ。


「でも、殺害までする必要はなかったのではありませんか? 他にやり方はなかったのでしょうか」


 俺の疑問に、黒井さんは首を横に振った。


 そして胸を抑えながら、苦しそうな表情で体を折り曲げる。


 ――ゴホッ! ゴホッ!


 ぴちゃり、と俺の頬に赤い液体がかかった。黒井さんが咳をするたびに、口から血が漏れ出る。彼の顔面は蒼白になっており、呼吸も荒い。


 俺は頬についた血をぺろりと舐めとりながら、彼に尋ねる。


「……病気ですか?」


「ああ、もう長くない。だから、それまでになんとかしたかったんだ……。私は雪乃さんの両親に大恩があるんだ。殺人という罪を背負ってでも、この宿を守りたかったんだよ……」


 黒井さんの悲痛に満ちた告白が、部屋の中に響き渡る。


「だけど、結局は雪乃さんに迷惑をかける形になってしまった。ああ……私はいつの間にか、伝承に語られる吸血王のように人の命を軽んじる邪悪な怪物になってしまったのかもしれないね……」


 そう言って自嘲気味に笑うと、まるでスイッチを切ったかのように彼の体が床に崩れ落ちた。


 雪乃さんが慌てて駆け寄り、黒井さんの体を抱きかかえる。


 口元を真っ赤な血で染めながら倒れ伏す男を、優しく抱きしめる美しい女性。それはまるで伝承にある吸血王と彼が恋した乙女の、一編の物語を体現しているかのようで、どこか儚くも美しく見えたのだった――。








【名称】:剣豪


【詳細】:その剣速は、まるで稲妻が走ったかの如く、瞬きする間に敵を切り捨てる。その剣捌きは、まるで水が流れるかのような優美さで、見る者の心を奪う。剣を持った状態で極限まで集中力が高まると、未来を予知したかのように相手の動きを読むことすら可能となる。





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Q.転移陣って壁の中にも出現するものなの?


A.普通は出現しません。しかし世界に転移陣が出現した二十数年前、ちょうど従業員室の壁が老朽化で壊れたタイミングでそこに転移陣が出現し、黒井さんが今は亡き雪乃さんの両親に頼まれて壁を修復したことによって、中に埋まる形になりました。転移陣は大人でも台に乗って手を伸ばさなきゃ届かないくらいの高さに埋まっているので、まず誰も触れることはないだろうと、井実さんら一般従業員には知らされておらず、雪乃さんが物心つく前の話なので、現在このことを知っているのは黒井さんのみとなります。

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