第074話「吸血山荘殺人事件③」

 どうやら従業員室の方から聞こえてきたようだ。俺と十七夜月は顔を見合わせると、急いで声のした方向へと駆け出した。


 廊下に出ると、ちょうど食堂から女将の雪乃さんと井実のお婆さんが姿を現す。


「今の声は!?」


「わかりません。ただ、従業員室の方から聞こえました」


 雪乃さんの質問に十七夜月が答える。


 そのまま四人で廊下を曲がり従業員室へと向かうと、一番奥の部屋の前に椎名さんが立っているのが見えた。ここは現在誰も使用しておらず、空き部屋となっている場所だ。


「椎名さん! 今の声はあなたですか? 一体なにがあったんです?」


「あ、刑事さん! それが、私……どうしても部屋でジッとしていられなくて宿の中を散策していたんですが、この部屋の中から大きな音と人が苦しむような声が聞こえてきたんです。でも鍵が掛かっていて開かなくて……」


 このような状況で女性一人で出歩くなんて……肝が据わっていると言うべきか、それとも危機感が薄いと言うべきか。


 だが漫画家なんて職業の人は、そんなものなのかもしれない。


 椎名さんが再びドアをドンドンと叩く。しかし返事はなく、部屋の中からは物音一つ聞こえてこなかった。


「よっしゃ! 俺がまたぶち破ってやるぜ!」


「待ってください! 私がマスターキーで開けます!」


 あ……そうだ。今回は女将の雪乃さんがいるので、鍵がなくてもマスターキーで開けられるんだ。


「ナユタ、脳筋すぎません?」


「……うるさいなぁ」


 しょうがないだろうが。扉ってのはブチ破るもんだって相場が決まってるんだよ。


 雪乃さんがマスターキーを鍵穴に差し込むと、カチャっと音がして扉が開かれる。そして俺たちは雪崩れ込むように部屋の中へと入っていき――。



「キャーーーーッ!」


「そ、そんな……もしかして黒井さん?」



 椎名さんと雪乃さんの叫びが、従業員室に木霊する。


 そこには天井からロープのような物で首を吊っている一人の男性の姿があった。ゆらゆらと揺れるその体の下には、この部屋の鍵とともに遺書と思われる文章の書かれたスマホが無造作に置かれている。


「……む! 雪乃さま。これは人志のやつじゃありませんぞ?」


「「「え!?」」」


 井実のお婆さんの指摘に、全員が驚きの声を上げる。


 従業員の部屋だからてっきり黒井さんかと俺も思ったが、言われてみるとぶら下がっている男性は金髪で、黒髪の短髪である黒井さんとは違うようだ。


「皆さま、少し下がってくだされ。キェェェェェェーーーーッ!」


 包丁を片手に飛び上がった井実さんが、天井のロープをスパッと切り裂いて男性の体を解放する。


 俺は急いでポーチから癒しの杖を取り出して男性に回復魔法をかけるが、すでに息絶えているようで効果はなかった。


 ……クソッ! また死者を出してしまった。


 十七夜月がうつぶせに倒れる男性の遺体を、ゴロンと仰向けにひっくり返す。



「この人は……新杜さん?」



 そう、それは間違いなく金蔵氏の息子である持金もちかね新杜あらもりさんだったのだ――。





 その後、食堂に全員が集まり、新杜さんの死について話し合うことになった。


 只野さんと羽田さんは鍵をかけた部屋にずっと閉じこもっていたらしく、俺たちが呼びに行ったらすぐに出てきてくれた。彼らの部屋は屋敷の反対側なので、椎名さんの叫び声が聞こえなかったのかもしれない。


「……えっと、新杜さんが父親を殺した旨の遺書を残して密室で自殺したんですよね? これで事件は解決したってことでいいんですかね?」


 羽田さんがおずおずと手を挙げて発言する。


 新杜氏の足元に置かれていた彼のスマホに残されていた遺書の内容はこうだ――。



〈この度、私は父である金蔵を殺害するに至りました。理由は、かねてより仲の悪かった父が、私の恋人にまで手を出したあげく、私に自分の財産を相続させないとまで言い出したからです。私は父を許せませんでした。私は父がアメリカのオークションで購入してきた、"転移の巻物"という一度だけですが近距離を瞬間移動ができる魔導具を使い、密室殺人を演出しました。ですが、父を殺した後、冷静になって自分がした事の恐ろしさに気がつきました。私は自分の犯した罪の大きさに耐えられそうにありません。皆さん、この度は大変ご迷惑をおかけしまして誠に申し訳ございませんでした〉



 軽く調べたところ、床に落ちていたのは間違いなくあの部屋の鍵だった。空き部屋の鍵はフロントに無造作に掛けられていたらしく、持っていこうと思えば誰でも持ち出せたのだ。


 そして、部屋の扉だけじゃなく窓にも鍵が掛かっているという密室状態だった。この状況からすると、まず新杜さんは自殺と見て間違いないだろう。


「いえ、ですがまだ黒井さんも見つかってませんし、謎は残っています」


 十七夜月はそう言うと、食堂にいる全員をぐるっと見回す。


 そう、従業員の黒井さんが何故かいなくなってしまっており、まだ見つかっていないのだ。一体彼はどこに行ってしまったのだろうか?


「あれ? お婆さん、手から血が出てますよ?」


「おや……儂としたことが腕が鈍りましたわい」


 井実お婆さんの手の甲に、たらりと一筋の血が流れているのを俺は発見する。さっき包丁を振り回したときに、うっかり切ってしまったのかもしれない。


 俺は彼女に近寄ると、その手を取って傷口をぺろりとひと舐めして消毒する。


「ひょひょひょ、お嬢ちゃんありがとねぇ……」


「いえいえ~、どういたしまして~」


 キャラの濃いお婆さんだし、きっと凄い長所を持っているに違いない。口の中で血液を転がしてから、ごくりと飲み込む。



《【縮地】を獲得しました》



 ぬおっ!? 予想通りなんか凄そうな能力を手に入れたぞ!


 俺は少しニヤニヤしながらも、何でもない風を装って詳細をチェックする。




【名称】:縮地


【詳細】:勤続50年。秘境の宿で長年に渡り鍛えられた足腰は、まるで仙術を会得したかのように、足運びに一切のロスを生じさせず超人的な速度を実現させた。その動きは、まさに神速と呼ぶに相応しい。ただし、発動にはかなりの集中力を必要とし、あまり長い距離の移動は出来ない。




 ……そうはならんやろ。秘境の宿で50年勤続したからって、そうはならんやろ!


「そうはならんやろ!?」


 思わず声に出して突っ込んでしまい、皆の視線が俺に集まる。


 慌ててゴホンと咳払いをすると、俺は何事もなかったかのように井実さんの手に絆創膏を貼りつけた。


 その時、玄関の方からガチャリと扉の開く音が聞こえてくる。


 しばらく待っていると、雪にまみれた従業員の黒井さんが姿を現した。


「あれ? 皆さん集まってどうしたんですか?」


「黒井さん! 今まで一体どこに行ってたんですか!?」


 雪乃さんが慌てて駆け寄り、黒井さんの体についた雪を払い除ける。


「吹雪も少し弱まってきましたし、不審者がいないか宿の周辺をパトロールしてたんですよ。……どうやら、ご心配をお掛けしたようで申し訳なかったです」


 黒井さんはバツが悪そうに、ポリポリと頭をかいた。


 ううむ……。ただ見回りしてただけか。ならば新杜の自殺で事件は解決したと見ていいのだろうか? しかし、どうも釈然としないんだよなぁ~……。


 その後、従業員室で新杜が自殺したことを聞いた黒井さんは、心底驚いた様子だった。


 しかし結局これで事件は解決したとの結論となり、俺たちは食堂で解散する運びとなったのだが――。




「なんだか納得いってないみたいですね、先輩」


 解散後、食堂に残って考え込んでいると、正面に座った十七夜月がコーヒーを淹れながら声をかけてくる。


 俺は力なく首を左右に振ると、カップの中にミルクをたっぷり投入した。体に引っ張られてるのか、ブラックだと苦くて飲めないのだ。


「……だってさぁ~、なんかまだ引っかかるんだよな~」


「私もです、どうして新杜さんは自分の部屋じゃなくて従業員室で自殺をしたんでしょうか?」


「そう! それだよそれ!」


 普通、自殺をするなら他人の部屋じゃなくて自分の部屋でするんじゃないか?


「それに、"転移の巻物"なんて聞いたことないぜ? 少なくとも俺が十七夜月の親父さんから見せて貰った魔導具リストには存在しなかった」


「アメリカのオークションで入手したとは書いていましたけど、日本のダンジョン管理局が存在すら把握していない物を、いくら金持ちとはいえ一般人が手に入れられるとはちょっと考えにくいですよね?」


「そうなんだよなぁ~」


 ミルクたっぷりの甘ったるいコーヒーをちびりと口に含む。


「もう一度あの部屋を調べてみますか? あそこでなければならない理由がなにかあるのかもしれません」


 遺書があって自殺の線が濃厚ということで、さっきは密室であること以外はあまり調べなかったのだ。もう一度調べてみる価値はあるだろう。


 俺は十七夜月の提案に頷くと、カップに残ったコーヒーをグイッと飲み干して立ち上がった。


 ……


 …………


 ………………


「だめだぁ……! やっぱなにもないかぁ~」


 新杜の死体にビニールシートを被せて部屋の隅に寄せた後、俺たちは従業員室をくまなく捜索したが特になにも発見することはできなかった。


 俺は大きな溜め息を吐くと、近くにあった椅子に腰を落としてぐったりとうなだれる。


「……ん? この部屋の壁、よく見たらなんかちょっと違和感ありませんか?」


「え? どこが変なんだよ?」


 十七夜月が部屋の壁をジッと観察している。俺も真似して見てみるが、特におかしなところはないように思える。


 しかしもう一度よく観察すると、北側の壁の右端部分だけ少し色合いが違っていた。他の壁は白一色なのに、そこだけ少し色味が濃い気がする。


「もしかして隠し扉か隠しスイッチでもあったりしてな」


「ちょっと調べてみましょうか」


 二人でぺたぺたと色違いの壁のあちこちを触ってみる。だが、やはり隠し扉やスイッチのようなものは見つからなかった。


「……なにもないな。剥がれそうにもないぞ」


「単純に修繕しただけかもしれないですね。古い建物を改良して宿にしたらしいですし」


 う~む、そうかもな。たぶん老朽化で壊れた箇所を修理して、それで他の壁と色が違くなってしまったのだろう。


 ……ん? いや、まてよ? 壊れた壁を修繕? もしかしてそういう可能性・・・・・・・もあり得るのか!?


 俺は【幻想の魔眼】の出力を全開にすると、部屋の隅々まで見渡してみる。


 ……やっぱりだ! 俺は自分の予想が正しかったことを確信すると、慌てて金蔵氏が死んでいる部屋へと駆け出した。


「ちょ、ちょっと先輩どこ行くんですか!」


「お前はここで待ってろ! ちょっと確かめたいことがある!」


 ……


 ……


 ……


 数分後、俺は従業員室に戻ってきていた。


 目の前では十七夜月が驚愕の表情で俺を見つめている。


「え~……、こんなことあり得るんですか?」


「実際起こってんだから仕方がないだろ? これで密室トリックは解けたな」


 そして同時に犯人もわかった。このトリックを使って犯行を行えた人物は一人しかいない。


「十七夜月、全員を食堂に集めてくれ!」





「どうしたんですか刑事さん……。事件はもう解決したはずですよね?」


 眠そうな目を擦りながら、羽田さんが不満そうに呟く。


 だが、俺はそんな彼を手で制すると、コツコツと靴音を響かせてテーブルの周りを歩き回りながら、全員に聞こえるように大きな声で話し始める。


「まだ事件は終わっていません。新杜さんは自殺ではなく、殺されたんですよ」


「「「えっ!?」」」


 ざわざわと食堂内が騒がしくなる。


「ちょっと待ってよ! 新杜さんが死んだ部屋は密室だったはずでしょう? "転移の巻物"ってやつも一個しかない使い切りだったみたいだし、今回は自殺以外ありえないわよ!」


 興奮した様子の椎名さんが食ってかかってくるが、俺は首を横に振る。


「"転移の巻物"なんて最初から存在しないんですよ。犯人は、とあるトリックを使って煙のように部屋から消えたんです。そう、さながらかの吸血王のようにね……」


 俺は大げさに手をバッと広げて、食堂に集まっている全員の注目を集める。


 そして、ここぞとばかりに大きく息を吸い込むと、食堂中に響き渡るほどの大声で叫んだ。


「真犯人、きゅうけちゅおうは――」


「「「きゅうけちゅおう?」」」


「……ゴホン。真犯人、吸血王はこの中にいる!」

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