第073話「吸血山荘殺人事件②」
「皆さん、落ち着いてください。一度食堂に戻って、今後どうすべきか全員で話し合いましょう」
十七夜月の言葉に、落ち着きを取り戻した一同がぞろぞろと部屋から出ていく。
俺もそれに続こうとしたのだが、服の裾をクイっと引っ張られて立ち止まった。
「私たちはもう少しこの部屋を検分しておきましょう」
「ええ~……。死体のいる部屋なんか調べたくないんだけど……」
「吸血鬼でしかも死体の血を舐めてたくせに……。急にヘタレますよねこの人は」
ヘタレてなにが悪い! 俺は純粋無垢な美少女なんだから血まみれのおっさんの死体なんか見たら怖くなるに決まってるだろ!
でもまあ、確かに調べられるところは今のうちに調べておいたほうがいいか……。
怪しげな物やどこかに隠れている人物がいないかなど、二人で入念にチェックしていく。
その結果わかったのは、やはりこの部屋は密室だったということだ。隠し扉のようなものも存在しないし、壁や床を剥がすのも難しそうだ。
窓の鍵は内側から掛けられており、開閉の痕跡も見つからなかった。部屋の鍵は死体の横に落ちていたし、マスターキーを持っている雪乃さんはあの時間、大浴場にいたのが確認できている。
「ふむ、現場検証はこれくらいにして、一度皆さんと情報を共有しましょう」
「うーい」
とりあえず俺と十七夜月は、女将さんたちが待っている食堂へと戻ることにした。
食堂に着くと、新杜を除く六人が難しい顔でなにやら話し込んでいた。俺と十七夜月が戻ってきたのに気づいた女将さんが、こちらに駆け寄ってくる。
「十七夜月様……どうやら警察はこの吹雪で今夜は来れないそうです。雪が収まり次第来てくれるとのことでしたが、早くとも明日の朝になるとか……」
「そうですか……。では、それまでにできる限りのことをしておきましょう。……ところで新杜さんはどちらに?」
先ほどから被害者の金蔵氏の息子である新杜の姿だけが見当たらない。
誰も行方を知らないというので、これはもしかして彼も父親と同じように……と、全員が最悪の想像をしてしまった。
「ふぁ~……。なんか騒がしいな? 一体なにがあったんだよ?」
しかしそんな不安が渦巻く食堂に、眠そうにあくびをしながら新杜が入ってきた。どうやら今まで寝ていたらしい。その姿に全員が、ホッと胸を撫で下ろす。
新杜が無事だったのはいいことなのだが、父親が殺されたことをどう説明すればいいのか……。
「はぁ、しょうがないですね。私が説明してきますよ」
十七夜月が大きく溜め息を吐きながらも、新杜に事の顛末を話す役目を引き受けた。
……
…………
………………
「マジかよ……。本当に親父が殺された……のか?」
自分が寝ている間に起きていた父の死を知り、新杜は茫然としてその場に立ち尽くした。
だが、やがて落ち着きを取り戻すと、事件についての詳細を十七夜月に尋ねだす。
「俺は確かに親父と仲が悪かったがよぉ、死んでほしいなんて思ったことは一度もないんだよ。だから、親父を殺した奴を俺は絶対に許さない。なあ刑事の姉ちゃん、犯人は一体誰なんだ?」
新杜が怒りを露わにして、容疑者である俺たちを見回す。
そんな彼に対して、漫画家の椎名さんがおずおずと口を開いた。
「ちょっと待ってよ。金蔵さんが殺されたとき、私たちは全員部屋の外にいたでしょう? 私たちに犯行は無理よ」
確かにそうだ。悲鳴を聞いて駆け付けたのが、食堂にいた俺と十七夜月と井実のお婆さん。
そして鍵の掛かった部屋の前にいたのが只野さんで、その後すぐに黒井さんが従業員室から、そして椎名さんと羽田さんが遊技場からやってきた。
女将の雪乃さんはこのとき大浴場にいたらしく、只野さんがマスターキーを受け取るために大浴場に呼びに行った際に、お風呂に入っていた彼女を確認している。
つまり、事件当時にアリバイのない人物はおらず、ここにいる誰もが犯行は不可能ということになる。
「はぁ……? それじゃあ親父は誰に殺されたっていうんだよ?」
「言いにくいんですが、アリバイがないのは今の今まで部屋で寝ていた新杜さん……あなただけですよね?」
大学生の羽田さんが、申し訳なさそうに新杜に告げる。
その言葉に新杜は信じられないといった顔になるが、すぐに気を取り直すと、彼に食って掛かった。
「お、俺が親父を殺したってのか!?」
「そこまでは言ってないですよ!! 僕たちには犯行は無理だったと言ってるだけです!」
「じゃあ誰がやったっていうんだよ!?」
「それは……わかりませんけど……。外部から誰かが入ってきた様子もないんですよね?」
「ええ、戸締りはしっかりしてますし、そんなに広い宿でもないので、もし誰かが入ってきたらさすがに気が付くと思います。それに外は猛吹雪ですし、周囲に隠れられそうな場所もありません」
「「「…………」」」
雪乃さんの説明に、全員が黙り込む。
「とりあえず、侵入者がいないか全員で確認しましょう。一人で行動しないように気を付けてくださいね」
十七夜月の提案で、全員で宿内を見て回ることとなった。
……だが、結局怪しい人物も、誰かが出入りした痕跡も見つけることはできず、事件の謎は深まるばかりとなってしまう。
……
……
……
カチ、コチ……カチ、コチ……。
時計の秒針が時を刻む音だけが、食堂内に響き渡る。
全員の緊張が伝わってくるかのような静かな雰囲気のなか、羽田さんがスッと椅子から立ち上がった。
「羽田さん何処へ行かれるんですか? 朝までここに全員で待機していようと、十七夜月さんが仰ってましたが」
雪乃さんが不安そうな顔をして羽田さんに問いかけるが、彼は申し訳なさそうに首を振ると、その重い口を開く。
「金蔵氏は他殺の可能性が高く、外部からの侵入者はいない……。アリバイや密室の謎はわかりませんが、考えてみると、やっぱりこの中に犯人がいる可能性が高いじゃないですか。僕は、殺人犯がいるかもしれない場所にはいたくない……部屋へ帰らせていただきます」
羽田さんはそう言い残して、すたすたと自室へと戻ってしまった。
「くそ……俺も眠気が限界だぜ。部屋に帰って寝させてもらうわ……」
続いて新杜も、大きなあくびをしながら食堂から出ていく。
こうなってしまっては解散の流れを止めることは難しく、椎名さんも自室に帰っていってしまった。
金蔵氏の死体がある部屋には戻れない只野さんは、空いている和室を使わせてもらうこととなり、結局自分の身は自分で守るのが一番ということで、全員が部屋に鍵をかけて朝まで過ごすことになった。
◇
「ふうむ、結局密室の謎を解かない限り、犯人の特定はできないか……」
俺と十七夜月は寝る前にもう一度現場検証をしておこうと、再び金蔵氏の部屋へと足を運び部屋の中を注意深く調べていた。
椅子やテーブルの脚、壁や床の傷を入念に調べていくが、特に変わったところはない。隠しボタンや隠し通路の類いもなさそうだ。
「あ……私、犯人わかっちゃったんですけど」
「え? マジで!?」
突如十七夜月が発した言葉に、俺は驚いて顔を上げた。
「ええ先輩。収納ポーチの中に手錠が入ってましたよね? それ、出してもらえますか?」
俺は言われるままにポーチから手錠を取り出し、十七夜月に渡す。
彼女はそれを受け取ると、俺の手首にガチャっと嵌めて高らかに宣言した。
「ナユタ先輩! 持金金蔵殺害の容疑で逮捕します!」
「……」
なんでやねん!?
俺は美少女吸血鬼名探偵ナユタちゃんやぞ! 俺は華麗な推理ショーをする役目であって、犯人になる予定はないんじゃ!
「一応理由を聞いてもいいですかねッ!?」
「だってこんな密室から脱出できそうな人物って先輩くらいしかいないじゃないですか。ダンジョンの魔導具をポーチの中に一杯入れてるし、そもそも人間じゃなくて吸血鬼だし」
「うぐっ……」
いや、言われてみれば確かにそうなんだけど……。でもそんな理由で犯人にされるのは納得いかん!
「いやいや、魔導具っていっても俺が持ってるのは星二までのやつだし、密室から瞬間移動できるようなレア物はまだ持ってないっての」
「じゃあ霧とか細かい肉片になって部屋のドアの隙間からにゅるっと外に出た可能性は?」
「そこまで化け物じゃないわ!?」
こいつは俺のことをなんだと思ってるんだ!? 俺はちょっと……いや、かなり可愛いだけの普通の吸血鬼美少女だっつーの!!
「そもそも見知らぬおっさんを殺す動機がないだろ」
「この山荘にいる全員の血を吸うって息巻いてたじゃないですか。それで金蔵氏が一人になったタイミングを見計らってガブっと噛みついたものの、勢い余って頸動脈まで噛み千切っちゃったとか……」
……ありそうで困る。
いやいや、俺はそこまでアホじゃないし、脂ぎったおっさんの首筋から直接血を吸うのも嫌だからやらないわ!
「てか、お前さっきおっさんの死因は鈍器のような物で後頭部を強打されたことだって言ってただろ! それに俺はずっとお前と一緒に行動してたじゃねーか!」
「あはは、冗談ですよ冗談。でも本当にどうやって密室から出たんでしょうね?」
冗談か本気かたまにわかんねえんだよなこいつ……。
十七夜月が手錠を外してくれたので、俺たちはもう一度密室の謎について考える。
「でもやはりダンジョン関連のファンタジー的な力が使われたのでは? 金蔵氏はお金持ちですし、魔導具を所持していたとしてもおかしくありません」
「うーん、それはないと思うぜ」
「何故です?」
「市場に出回るのはせいぜい星二までの魔導具だし、トレジャーボックスからドロップするようなレアモノは政府や入手した本人が独占しちゃうから、いくら金持ちでも個人で所持するのは難しい。星二までのノーマル魔導具に密室殺人を出来るようなものはなかったはずだ」
「そうですか? 星一でも白ポーションとかいう透明になれるポーションがありますよね? あれを使えば、私たちが部屋に入ったタイミングで気づかれないように外へ出て、何食わぬ顔で後から合流するとかもできるんじゃないですか?」
「いいとこ突くな。でも、それは俺がいる場合は無理なんだよなー」
「ああ……【幻想の魔眼】ですか」
指で目元をトントンと叩いてみせると、十七夜月は納得してくれた。
俺の【幻想の魔眼】はあらゆるファンタジー的事象を観測できる。それによると、この部屋には透明になって隠れているような人間もいなかったし、金蔵氏の肉体にも魔力による損傷は見られなかった。
ちなみに金蔵の幽霊なんかもいなかったぞ。即成仏したのか否か……幽霊は存在するみたいだが、そうなる原理は俺にもわからないからな。
「……となると、なんらかのトリックが使われて、普通の人間の手によって直接殺害されたということでしょうね」
「しかしこんなの念動力や瞬間移動でも使わなきゃ――」
ん? 待てよ、瞬間移動?
なんか人が目の前で忽然と消えるような現象に、最近出くわした覚えがあるんだけど……。
「あ、そうだ! 転移陣だよ! ダンジョンへ通じる転移陣がこの部屋にあれば、一瞬で部屋から消失することもできるはずだ!」
「でもこの部屋にそんなものは見当たりませんでしたよ?」
「ダンジョンをクリアしたら転移陣は消滅するからな、中に入って一回姿を隠した後ボスを倒すなりして――」
あ、いや……駄目か。クリアするにせよ、帰還の転移陣を使用するにせよ、どの道戻ってくるのはこの部屋の中になる。
金蔵の死体を発見してから、それほど時間を置くことなく宿にいる全員が部屋の外から現れたし、それはないか。
う~ん、いい線突いてたと思ったんだが……。
『だ、誰かぁぁぁぁーーーーッ!』
俺たちがうんうん唸って頭を悩ませていると、今度は女性の叫び声が宿中に響き渡った。
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