第067話「力こそパワー」
少し薄暗い細道を走り抜けると、前に開けた空間が見えてくる。
そこには四体ほどの通常オークと、レアモンスターと思われる色の違うオークが一体。そしてそれに襲われている一人の男性の姿があった。
男性は身長2メートル近くはあるであろう筋骨隆々の中年で、彼の足元には仲間と思われる数人の男女が倒れている。血まみれでピクリとも動かないので、おそらくは既に死んでしまっているのだろう。
「う、うわぁぁぁーーーー! し、死にたくねぇーーーッ!」
手に持っている金属バットを必死に振り回す男性。一般人にしてはかなりの力があるようで、一体のオークをなんとか倒しきるが、残りのオークに殴り飛ばされて壁際まで吹っ飛んでしまう。
「っ!? は、早く助けねーと!」
『待ってください先輩!』
大急ぎで広い空間に飛び込もうとした俺を、十七夜月が制止する。
「なんで止めるんだよ!」
『フードを深くかぶって、マスクをして顔をしっかり隠してから助けてください』
「わ、わかったけどなんで?」
着ていたジャケットのフードを深くかぶり、ポーチからマスクを取り出して顔を隠すと、男性に駆け寄りながら十七夜月に尋ねる。
『考えてもみてくださいよ、こんな星二ダンジョンに潜ってる人間なんて絶対まともじゃありませんよ。ヤバい人の可能性のほうが高いです。カズトの件を忘れたんですか? もし配信でもしている最中で全国に顔を晒されでもしたら、面倒なことになるかもしれません』
言われてみれば確かにそうだ。まともな奴がこんなダンジョンに潜るわけがない。
俺は十七夜月の忠告通り、顔をしっかりと隠しながら男性とオークの間に割って入いると、そのまま三体のオークたちを拳で殴りつける。
《ブヒッ!?》
《ブヒィィーーッ!?》
《プギィーッ!?》
そんな断末魔を上げながら、オークたちの身体は一撃でダンジョンの床へと崩れ落ちた。
そこに色違いのオークが両手に持っていた丸太のような物を振り下ろしてくるが、俺は回転しながらそれを躱すと、流れるように回し蹴りを放ち、そのぶっとい首をゴキリ、とへし折る。
レアオークは悲鳴を上げる暇すらなく、光の粒子となって消えていった。
俺の足元には鉄扇のような魔導具が転がる。これは"人形砕きの鉄扇"だな。でもこの武器は既に完凸してるんだよなぁ……。
最初からこれを持っていれば、あの人形の街であれだけ苦戦することもなかったのに……。まあ過ぎたことを悔やんでも仕方ないか。
「き、君は一体……!? いや、そんなことはどうでもいい。助けてくれて本当にありがとう!」
俺がオークを倒したのを見て、中年男性が安堵の表情を浮かべながら近寄ってくる。
『先輩、先輩の【幻想の魔眼】って相手が隠しカメラやマイクを持ってたら、それを見抜くことはできるんですか?』
「……わからん、けどやってみるか」
男性がなにかを仕込んでいる可能性を考慮して、ゆっくり近寄って来る彼の身体を【幻想の魔眼】で凝視してみる。
うん……? おお、服の襟元からなんか電波的なものが出ているのが見えるぞ。あそこにカメラかマイクが仕込んであるっぽいな。
「おらぁ!!」
──バキィ!
俺はその部分に容赦なく右ストレートを打ち込んだ。
するとやはり隠しカメラが仕込まれていたようで、機械が壊れたような音が聞こえてくる。ついでにものも言わぬ死体となっている彼の仲間の服に仕込んであるカメラも踏み潰して壊しておく。
これで俺が隠し撮りをされる心配はなくなったな。
「なっ、いきなりなにをするんだ!」
「悪いですけど、俺は顔出しNGなんでー。命を助けてあげたんですから、これくらいは大目に見てくださいよ」
カメラを壊されて一瞬憤慨した男であったが、俺に助けられたことを思い出すと、申し訳なさそうに頭を下げてくる。
……ふむ、話は通じそうな人ではあるのかな?
「俺が言うのもなんですけど、なんでこんなダンジョンに潜ってるんですか?」
「……借金があるんだ。ここから魔導具を持ち帰れば、チャラにしてくれるといわれてな」
彼の名は"
どこかで見たことあった気がしたが、昔は有名なプロレスラーだったらしく、特にその怪力から繰り出されるドラゴンスープレックスは、数々の敵をマットに沈めてきたそうだ。
ところが数年前の試合中に相手と頭同士が激突し、それが原因で引退を余儀なくされ、それ以降はラーメン屋として第二の人生を歩み始めていたとか。
だが、ラーメン屋の経営は上手くいかなかったらしく、借金に追われる生活が続いていたとのこと。
そして、遂に彼は借りてはならぬ相手に借金をしてしまったのだ。
「……
「ああ、東日本最大の反社組織"天獄会"。そこの傘下の金融業者に、知らぬ間に借金をしちまっていてな。もう海に沈められるのを待つしかねぇってところだったんだ」
天獄会とは、戦後の混乱期にたった一人の男が創設した組織で、最初は小さな金融業者だった。しかし、徐々に勢力を拡大させていき、今や東日本最大の反社会的組織としてその名を轟かせている。
その影響力は政界にまで及ぶといわれており、警察ですらなかなか手が出せないのが現状だ。
『あの噂は本当でしたか……』
「噂ってなによ?」
イヤホンから十七夜月の声が聞こえてきたので、俺は武藤さんに聞こえないように小声で話す。
彼女によると、少し前に例のアメリカのパーティが、トレジャーボックスから"若返りの薬"を入手して持ち帰ったという噂が世界中の金持ちの間で広まっているらしい。
そして、その噂は天獄会にも届いていたらしく、会長の"
そのやり方は単純の一言。
傘下の金融業者をフル活用して、借金まみれの人間を鉄砲玉のようにダンジョンに送り込むという人海戦術だ。
生還して魔導具を持ち帰ればよし。死んでも別に構わない。人の命をなんとも思っていない人間だけに可能なゴリ押しの方法である。
天獄将徳はなんとしてでも若返りの薬を入手したいらしく、半ば強引に相手を借金地獄に落として駒にする、という手段も行っている……との噂らしい。
「俺たちにはもう選択肢がねぇのさ……。どの道、ダンジョンに潜って魔導具を持ち帰らなきゃ、バラされて臓器を売られるか、若い女なら風呂に沈められるかのどっちかだ」
「……」
腹が立つ……。非常に腹が立つが、俺がどうこうできる問題ではない。
ただ、知り合った人くらいはなんとかしてあげたい気持ちはある。
『血と交換してあげては? さっき手に入れたアイテム、もういらないんでしょう?』
なるほど、その手があったか。さすがは十七夜月だ。
「武藤さん、血を一滴くれませんか? 俺は血が大好きでね、もしあなたが俺の満足できる血を持っていたら、さっき入手した魔導具を譲ってあげてもいいですよ?」
「ほ、本当か!? 是非頼む! こんなおっさんの血で満足できるかはわからねぇが、好きなだけ啜ってくれ!」
武藤は袖を捲し上げ、太い腕を突き出してくる。
俺はその腕をガブっと軽く噛みつき犬歯を皮膚に食い込ませると、そこから溢れ出す血液をジュルジュルと吸い取っていった。
《【剛力】を獲得しました》
ふむ、良かったな武藤さん。どうやら俺のお眼鏡に叶うような長所をアンタは持っていたようだぜ?
ステータスを表示して詳細を確認する。
【名称】:剛力
【詳細】:その腕は岩をも軽々と持ち上げ、その手はリンゴを片手だけで握り潰す。見た目には現れないが、その筋肉の内に秘められた力は計り知れない。
おおー、こりゃいいや!
進化して身体能力は上がったとはいえ、元々が小柄な少女なので、どうしても力が物足りなく感じていたのだ。
でもこれでボクシングのパンチ力も上がるだろうし、魔獣の斧のような大型の武器も楽々と振り回せそうだな!
「ど、どうだ? 俺の血は気に入ってくれたか?」
腕から垂れ落ちる血をペロペロと舐めている俺を見て、不安そうな表情を浮かべながら聞いてくる武藤氏。
俺はそんな彼に、笑顔で親指を立ててやった。
「合格! お礼にこの"人形砕きの鉄扇"を差し上げましょう!」
「あ、ありがとう! ありがとう!」
涙を流しながらお礼を繰り返す武藤さんを適当にあしらいつつ、俺はダンジョンの攻略を再開するのだった。
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