第062話「人形の街③」

 激レアなアイテムを入手することはできたが、危機的状況が去ったわけではない。このダンジョンを脱出することができなければ、なにも意味が無いのだから。


 その後も俺たちは廃墟の街を駆け抜けて、襲い来る様々な人形モンスターたちを返り討ちにしながら帰還の転移陣を捜索した。


 人形の強さはピンからキリまであり、人面犬や最初の子供型くらいならまだ余裕で倒せるのだが、中にはショウタを庇いながらじゃとても倒せないレベルの奴もチラホラおり、そいつらからは逃げるしかなかった。


「ねえ、おねえちゃん。あそこの屋上……なんか光ってない?」


 ショウタの指差す方向を見ると、確かに青白い光が天に向かって伸びている。どうやらあれが帰還の転移陣の可能性が高そうだ。


「よく見つけたな! 偉いぞショウタ!」


「えへへへ……」


 だけど、その光は学校のような建物の屋上から発せられていた。なんとかしてあそこまで登らないといけないのだが……。


 学校の周辺には人形モンスターがうようよと徘徊しているのが見える。しかもグラウンドの中央には、明らかに他とは違う威圧感を放っている一体の人形モンスターがいた。


 そいつはピエロのような格好をしており、どういう原理か足が地面から浮いてるように見える。


 ……あいつと戦うのは避けたほうが良さそうだ。


 この様子ならおそらく校舎の中にも大量にモンスターがいるのだろうが、屋上に行くには校内に侵入する必要がある。


「行くしかねぇか……。突っ込むぞ、ショウタ!」


「う、うん……」


 ショウタが不安げにうなずく。俺は彼の手を握ると、意を決して校舎に向かって駆け出した。


 襲い来る有象無象の人形モンスターを蹴散らしながら校舎の中に侵入すると、そのまま階段を駆け上がって屋上を目指す。


「お、おねえちゃん……なんか変なのがいるよ!」


「うぇ……なんだあれ……」


 途中にあった職員室と思われる部屋の前に、全長五メートルはありそうな血走った目をした赤ん坊型の人形モンスターが佇んでいた。


 その赤ん坊は、ぎょろりとした大きな目で俺たちを見据えるが、どうやらそこから動く気配はなさそうだ。無視して屋上に向かうとしよう。


 俺たちは赤ん坊をスルーしてそのまま階段を駆け上がっていく。そしてようやく屋上へと続く扉の前にたどり着いた……のだが、扉には鍵が掛けられており、押しても引いてもビクともしなかった。


「そんな……。せっかくここまで来たのに!」


「ふふん、慌てるなよショウタ」


 俺は得意げに笑うと、スカートのポケットからヘアピンを取り出して、それを鍵穴に突っ込んでガチャガチャと動かす。すると数十秒後、カチャリという音と共に扉が開いた。


「す、すごい! おねえちゃん、なんでもできるんだね!」


「ふっ、まあな。さあ、早く屋上へ行くぞ!」


 ショウタの手を引いてそのまま屋上へと出ると、そこには案の定帰還の転移陣が青白く輝いていた。奥にある貯水槽の陰に隠されるように設置されており、その周囲には人形モンスターの姿は見当たらない。


 よし、これでやっと帰れるぞ! 早くこんな不気味なダンジョンから出て、いつもの日常に戻らなくちゃな。


「行くぞショウ――」



『テメェェェーー! 正規ノルートヲ無視シテンジャネーゾォォ!』



 帰還の転移陣に近づこうとしたところで、突如グラウンドの方から一体の人形が奇声を上げながら飛び上がってきて、俺たちの前に着地した。


 ピエロのような見た目をしたそいつは、その顔を怒りに歪めながらこちらに詰め寄ってくる。


『ワテヲ倒スカ、中ボスヲ倒シテ屋上ノ鍵ヲ入手スルカ、ドッチカダローガ!』


 知らねーよボケ! ピッキングで開いちゃったんだから仕方ないだろ!


 しかし厄介なことになったぞ。こいつのセリフから察するに、どうやら職員室の前にいた赤ん坊が中ボスで、このピエロがダンジョンのボスらしい。雑魚ですらあんなに強かったのに、今の俺がこいつを倒せるのか?


 そもそもこいつ、どうやってグラウンドから一気に屋上まで飛んで――


「――ぐげぇあ!?」


「おねえちゃん!!」


 突如顔面に衝撃が走り、俺は地面に叩きつけられた。


 なんだ、一体何が起きた!?


 鼻血を垂らしながらも、慌てて地面を回転して受け身をとって立ち上がる。


 だが、ピエロは俺たちの前方10メートルほどの位置から微動だにしておらず、どうやって攻撃されたのか見当もつかなかった。


「俺のことは気にしなくていいから転移陣まで走れ! ショウタ!」


「う、うん!!」


 ショウタは俺の指示に従って転移陣に向かって走り出すが、ピエロはそんな彼を見てケタケタと笑いながら、腕をクルクルと回転させる。


『逃ガサヘンデーーッ!』


 ピエロがそう言った瞬間、突然貯水槽がぐらりと傾くと、転移陣の上に向かって倒れだした。


 慌てて飛び退くショウタ。なんとか押しつぶされずには済んだようだが、その拍子に転移陣が貯水槽の下敷きになってしまった。貯水槽から流れ出た水が、滝のようにグラウンドに降り注ぐ。


 転移陣が使えなくなった……だと!?


『ケケケケッ! コレデワテヲ倒サナイト、ココカラ出ルコトハデキヘンゾー!』


 ピエロがゲラゲラと笑いながら、再びこちらに詰め寄って来る。


 俺は慌ててショウタの所まで走ると、彼を背中に庇いながらバットを構えた。


 ……くそ、結局こいつを倒すしかねーのかよ!


『ホイ、ホイ、ホイットナァァァーーーッ!!』


「――ぐぅ!?」


 先ほどと同じように、今度は手に突然衝撃が走り、バットが吹き飛ばされる。


 そして、ピエロはそのままふわりと浮き上がると、上空から弾丸のように突っ込んできて、俺の腹部に強烈な蹴りをめり込ませた。


「おげぇぇぇぇ!!」


 その衝撃は凄まじく、俺は数メートル後方に吹き飛ばされると、校舎の壁に激突して地面にずり落ちる。


 内臓にダメージを負ったのか、口から大量に血を吐き出してしまう。


 つ、強すぎる! 今の俺に敵う相手じゃない!? しかもどうやって攻撃しているのかも全く分からない!


 ピエロはケタケタと笑いながら、地面に這いつくばる俺を見下ろしている。

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