第063話「勇気の心」

「おねえちゃん大丈夫っ!?」


「近寄るなショウタ! ピエロから見えない位置に隠れてろ!」


 慌てて俺の元に駆け寄ろうとしたショウタを怒鳴りつけ、再びピエロと対峙する。


 ふらつきながら立ち上がると、ポーチから赤ポーションと緑ポーションを取り出して一気に飲み干す。すると、傷が回復すると同時に身体能力が跳ね上がったのが感じられた。


 緑ポーションの効果が切れる10分以内にこいつを始末するしかない!


「うおおおおぉーーーーっ!!!」


 俺は雄叫びを上げながらピエロに向かって駆け出した。


 そして顔面を右ストレートで殴りつけようとするが、奴は素早い動きでそれを回避する。だが、そのまま回転して後ろ回し蹴りを放つと、ピエロの側頭部に見事ヒットしてその体を吹き飛ばした。


『ヌオ! ヤルヤンケ!』


「まだまだぁ――うぐぅ!?」


 追撃をしようとしたところで、不意に腹部に強烈な衝撃が走る。


 まただ、距離も離れているし、奴は明らかに俺に攻撃が届くような位置にはいない。だというのに何故――


 くそったれ……! おそらくこれまでの敵にはいなかった魔法のような力を持っているんだ。俺は強くなったといっても、攻撃手段はあくまで人間の技術のみ。どうすればいいんだ……。


「ちぃ!」


『効カンデ、効カンデェーーッ!』


 アクロバティックな動きで何度も攻撃を当てるが、ピエロは余裕の表情で俺に反撃してくる。


 とにかく攻め続けるしかない。緑ポーションを飲んだ今の俺であれば、少なくとも攻撃は当てられることがわかったんだ。


 ピエロに肉薄して、左右の連打を放つ。だが、よろめいた奴にトドメを刺そうとしたところで、再び腹部に衝撃を感じて吹き飛ばされてしまった。


 しかし俺は怯まない。すぐに立ち上がると、再びピエロに向かって駆け出す。


 打撃だ。よくわからんがとにかく不可視の打撃攻撃を食らってしまう。だけど、来るとわかっていれば耐えられない威力ではない。俺とピエロ、どっちが先に倒れるか根比べだ。


『シ、シツコイデェーー! コノオッパイ女ァァーッ!!』


 腹に、顔に、肩に、次々と衝撃が走るが、俺は【ミニマムチャンピオン】と【カポエイラマスター】の力を駆使しながら、ひたすらにピエロの顔面に攻撃を繰り出し続ける。


 すると、ピキリと奴の顔面に亀裂が入った。


 行ける! このまま攻め続ければ押し切れ――


「うっ!?」


 しかし突然、俺の身体から一気に力が抜ける。


 まずい、緑ポーションの効果が切れたんだ! すぐに新しいのを飲まないと……。


 いや、違うだろ! 一度緑ポーションを飲んだら10分のインターバルが必要なんだ! 10分待たないと再使用できない!


 俺の身体が一瞬硬直したのを見逃さず、ピエロがその腕を高々と振り上げ――そして、目にも止まらぬ速さで振り下ろした。



 ――ベキッ! ボキッ!



「ぎぁ、あぁああぁぁぁーーーっ!?」


 その攻撃は、俺の左手を手首ごと叩き折ると、そのまま地面に叩き伏せた。


 しかしそれで終わりではなかった。不可視の攻撃が次々と倒れ伏す俺に向かって繰り出される。服が破れ、皮膚が裂け、骨が砕ける。俺は血反吐をまき散らしながら絶叫を上げる。


 や、やばいっ! そんな……嘘だろ!? せっかく美少女になれたのに! ここまで強くなったのに!


 こんな所で死ぬのかよ!? 嫌だ、死にたくない、俺はまだ何も成し遂げていないんだっ!!


『トドメヤデェェェーーッ! ソノ、アバズレボディガ完全崩壊スルマデ、グチャグチャニブッ潰シテヤルゥーーーッ!!』


 ピエロがそう叫んだ瞬間、その腕が俺の顔面に向かって振り下ろされる。


 ……ちくしょう! 畜生っ!! 俺は……俺はっ……!!



 ――ドゴォォンッ!!



 激しい轟音が、俺の鼓膜を揺さぶった。しかし、いつまで経っても衝撃はやってこない。


 恐る恐る閉じていた瞼を開くと――そこには、俺を庇うように立ちはだかるショウタの姿があった。その全身は真っ赤に染まっており、手足はおかしな方向にねじ曲がってしまっている。


「……しょ、ショウタ。な、なんでお前……」


「へへへ……僕だって男なんだ。おねえちゃんを……守るよ……」


 そう呟くと、ショウタはそのまま崩れ落ちる。その身体からは夥しい量の鮮血が噴き出しており、その命の灯が今にも消えかかっていることは明らかだった。


 俺は慌ててポーチの中から赤ポーションを取り出してショウタに飲ませるが、一個では到底足りるはずもない。


 追加でもう一個飲ませようとするが、ポーチの中にはもう緑ポーションが一個残っているだけであり、回復用のアイテムはもうなかった。


「あ、ああ……。お、俺のせいで……おれ、が……」


 目の前が真っ暗になる。俺があのとき柵を壊していなかったら……。俺がもっと強かったら……。俺が、俺が……。後悔が、絶望が俺を押しつぶそうとする。


 しかしショウタは、そんな俺の頬を優しく撫でると、血まみれの顔でにっこりと微笑んだ。


「……逃げて……おねえちゃん。……綺麗で、カッコいい、正義の味方の……おねえちゃん。いつか……もっと強くなって……あいつを倒して……」


 そして、ショウタはガクリと首を垂れる。まだこと切れてはおらず、胸は微かに上下しているが……もう長くはもたないだろう。


 俺は思わず彼の身体を強く抱きしめた。……熱い。人の体温が、こんなにも熱かったなんて知らなかった。


 頬についたショウタの血をぺろりと舐める。



《【勇気の心】を獲得しました》



 体の内側から力が湧いてくるような、そんな不思議な感覚を覚えた。


 そっとショウタを地面に寝かせると、俺はゆっくりと立ち上がる。そして、ピエロを睨んだ。


 ……正義の味方? 俺が? そんな柄じゃねーんだよ!


 でもな、こんな臆病なガキが命を懸けて俺を守ってくれたんだ。だったらよ……最後までカッコよく戦ってやろうじゃねーか!



【名称】:勇気の心


【詳細】:勇気の心は勇者の証。臆病な者が、自分ではない誰かのためにそのなけなしの勇気を振り絞ったとき、その力は数倍に跳ね上がるだろう。




《肉体の性能が一定に達しました。【進化】を開始します》



 

 頭の中に無機質な声が響くと同時に、俺の全身が淡く発光し始める。


 そして――ドクン、と心臓が大きく跳ね上がり、身体が燃えるように熱くたぎった。





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戦闘の途中ですがこれにて三章は終了です。

このまま四章に突入します!


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