第069話「温泉旅行に行こう」
「ひゃっほーいっ!」
真っ白な雪の上を、俺は叫びながら高速で滑走していた。
スノーボードが雪を搔くたびに、キラキラした氷の結晶が宙を舞う。心地好い風圧を顔に受けながら、俺は斜面をジグザグに駆け下り、ジャンプ台から勢いよく空中に飛び出した。
「とりゃあああああああ!」
そのまま空中でくるりと縦に一回転して、雪をまき散らしながら綺麗に着地を決める。
すると周囲から歓声と拍手の音が聞こえてきて、俺は余裕の表情でゴーグルを上にずらした。
「すげーぞあの子!」
「プロかな? いや、プロでもあんなことできないだろ!?」
「しかもめっちゃかわいくね?」
「ああ、おっぱいも大きいし、顔もすげー美少女だ……」
……やれやれ、どうやら俺の魅力がまた罪のない男たちを虜にしてしまったようだな。このスキー場に雪の妖精ナユタちゃんの噂が広まってしまうのも時間の問題か。
帽子を脱いで、髪についた雪を振り払いながらゲレンデの麓にある休憩所まで戻ると、テーブル席に座っている十七夜月の向かいに腰を掛けた。
「ふぅ、いい汗かいたぜ!」
「お疲れ様です先輩。はい、どうぞ」
「お、サンキュー」
十七夜月からタオルとスポーツドリンクを受け取ると、汗を拭きながらゴクゴクと飲み干す。
ふぅ、冷たい飲み物が火照った体に気持ちいいぜ。
俺たちは今、北海道のリゾート地にあるスキー場を訪れていた。井張からスノボーの長所をゲットできたことだし、せっかくなので十七夜月の休みに合わせて旅行に来たのだ。
半吸血鬼に進化したことで、あまりにも強い日差しでなければ太陽も大丈夫になってきているので、昼間のスキー場も問題なく楽しめている。
ダンジョン管理局と取引関係を結んだことでお金の心配もなくなったし、十七夜月には今回は俺の奢りでたっぷりと豪遊させてやるつもりだ。
「それで先輩、旅行のプランは全部自分に任せろって意気込んでましたけど、これからどうするんですか?」
「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれたな」
俺はポーチの中からゴソゴソと旅行のパンフレットを取り出すと、テーブルの上に広げる。
そこに載っているのは、このスキー場の奥の奥に隠された、知る人ぞ知る秘境の温泉宿の特集だった。
「"吸血山荘"……ですか?」
「ああ、かつてヴァンパイアハンターに追われ、ヨーロッパから日本に渡ってきた吸血鬼の王が、その傷を癒すために作ったという秘湯の宿。それがここだ!」
「うわ……なんですかその胡散臭い話は……」
「まあ確かに胡散臭い設定だけどな、この宿の温泉から見ることのできる雪景色は絶景で、湯には美肌効果や疲労回復など、様々な効能があるらしい。飯も美味くてネットの評価もめちゃくちゃ高いんだぞ」
「なるほど。温泉と美味しいご飯は魅力的ですねー」
「だろ? というわけで、今日はここに泊まる。すでに予約は取ってあるから安心しろ! それも一番いい部屋のな!」
「さすが先輩ですね。できる女は違います!」
十七夜月がパチパチと拍手をして、俺の株を上げようとしてくる。ふっふっふ、もっと褒めるがよいぞ!
「でもこの部屋、二人用ですよね」
「……この宿は人気だけど、元が別荘だったせいか部屋の数があまり多くないんだ。だから一部屋を取るのが精一杯だったんだよ……」
「ふ~ん、それならまあ仕方ないですね」
あ、いいんだ。ちょっと怒られるかとも思ってヒヤヒヤしてたんだけど……。本当は空室があと一部屋だけあったんだけど、俺もこっちの大きな部屋に泊まりたかったから、つい嘘をついてしまった。
それにしても最近、こいつには俺が元男だったという設定を忘れ去られてる気がするんだが……。
ま、実際に俺はもう女だから別にいいんだけど。それはそれでなんだかちょっと寂しいぜ。
そんな複雑な気持ちを抱えながらも、俺はスキー場をあとにして宿へと向かう。
「やっぱそのポーチめちゃくちゃ便利ですよねー」
「まあな! トレジャーボックスの金箱からでた激レアアイテムだからなぁ」
腰に巻いているポーチをポンポンと叩きながら、俺は十七夜月に自慢げに言う。
スノボーの板や、旅行の荷物なんかも全部この中に入ってるから、俺たちは手ぶらで移動できるのだ。
「売れば数億どころの話じゃないかもですね……」
「いくら積まれようが絶対に売らんわ。これは夢とロマンが詰まった俺の宝物だからな!」
十七夜月と軽口をたたきあいながら、車では通れない細道を進み、雪に覆われた林の中を歩いて行く。
そして歩くこと20分、大きな橋を渡ったところでようやく目的地の"吸血山荘"が見えてきた。
「おお、結構雰囲気ありますねー」
「だろ?」
宿の外観は、まるで貴族でも住んでいそうなヨーロッパ風の大豪邸だ。辺りの雪景色と相まって、どこか幻想的な雰囲気を醸し出している。
中に入ると、俺たちを出迎えてくれたのは着物姿の綺麗なお姉さんだった。長い黒髪に色白の肌、切れ長の目にすっと通った鼻筋。その美貌はまるで雪女のようだ。
「十七夜月雛姫様と、ナユタ様ですね? わたくしはこの山荘の女将、"
どうやら彼女がこの宿のオーナーらしい。なんだか吸血鬼というより雪女の宿といわれたほうがしっくりくるな。
ちなみに、俺と十七夜月は姉妹という設定で予約してある。俺は戸籍なしの吸血鬼なので、身分のしっかりした十七夜月を姉にしておいたほうが面倒が少なそうだからだ。
「それではお部屋のほうをご案内いたします。こちらへどうぞ」
俺たちは女将さんのあとに続いて長い廊下を進んでいく。
「「おおー!」」
そして通された部屋を見て、二人して感嘆の声を上げた。
そこは畳敷きの大きな和室だった。外観は中世風だったが、中は意外にも純和風だ。それに窓の外には美しい雪景色が広がっており、まさに絶景といったところだな。
さらに驚くべきことに、この部屋にはなんと専用の露天風呂までついているらしい。さすがは一番いい部屋だけのことはある。
部屋の中をきょろきょろと見回していると、女将さんが俺の手に部屋の鍵を渡してくれた。
「こちらがお部屋の鍵になります。鍵はこれ一つしかありませんので、お二人で大切に保管なさってください。万が一紛失された場合は、わたくしがマスターキーを持っていますので、一言お声がけくださいね」
ふむ、これは非常にピッキングされにくいディンプルキーだな。【ピッキング王】を持つ俺でも、鍵なしに開け閉めするとしたら
さすがは秘境の温泉宿、セキュリティも万全なようだ。
「大浴場はこの廊下の突き当たりを右へ、食堂はここを出てすぐ左手にあります。遊技場は食堂を通過した先の左手にございます。お食事は19時から食堂でご用意いたしますので、遅れないようにお願いいたします」
女将さんは一通り設備の説明を終えると、腰を折って優雅に一礼して去っていった。
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