第070話「山荘の人々」
「先輩、さっそく露天風呂でも入ります?」
「う~ん、俺は飯食った後にゆっくり入りたい派なんだよなぁ~」
「じゃあ夕飯の時間まで遊技場でも行きますか?」
「お、いいな!」
そんなわけで俺たちは浴衣に着替えると、温泉は後回しにして遊技場へ向かった。
ここの遊技場はビリヤード、卓球、ダーツ、麻雀などの定番ゲームから、なんとカラオケまで完備されているそうだ。
しかも全部無料だ! さすがは秘境の温泉宿、設備も充実してやがるぜ。
「おや? 先客がいるようですね」
「女将さんによると、俺たち以外に
遊技場の入り口をくぐると、そこには三人の男女の姿があった。彼らは麻雀卓を囲んでおり、俺たちに気付くと全員が手を止めて振り返った。
「あら? あなたたちも遊びに来たの?」
最初に声をかけてきたのは眼鏡をかけたポニーテールの女性だった。30歳前後くらいだろうか、地味な見た目だが、どこか知的な雰囲気を感じさせる。
「ちょうどよかったぜ、三麻はやっぱ味気ねーからな。美人のねーちゃんにかわいい嬢ちゃん、どっちか入ってくれねーか?」
次に口を開いたのは、金髪で耳にピアスをジャラジャラつけたチャラ男だ。20代前半くらいで、チャラい恰好をしているがあまりイケメンとは呼べない風貌だ。
「一人だけ入ってもらうのも悪いですし、僕が抜けましょうか? ちょっと旅館内を散策したいと思っていたところですし」
そう言って手を軽く挙げたのは、長身瘦軀の大学生くらいの青年だった。童顔で少し気弱そうに見えるが、その顔立ちは整っており女性受けが良さそうだ。
やはり彼らも俺たちと同じく宿泊客のようである。……ふむ、せっかくだし軽く交流でもしておくか。
「あーはいはい! 俺が入りまーす!」
「お、嬢ちゃんできるのか? じゃあ一局お相手願おうかね」
「ういーっす! 雛姫ねーちゃん、悪いけどちょっとその辺で暇潰しててくれ」
「しょうがないですねー。じゃあダーツでもやってようかな……」
十七夜月は彼らに一礼すると、ダーツコーナーの方へとことこ歩いていった。
それを見送ってから、俺は麻雀卓につく。そしてまずは自己紹介から始めることにした。
「俺の名前は十七夜月ナユタです。警察官である姉と一緒に旅行に来てます。よろしくお願いしまーす」
「へ~、あの美人さん警察官なんだ! 秘境の宿に休暇中の警察官……なんだか事件が起きそうなシチュエーションじゃない?」
ポニーテールの女性が興味深げに眼鏡を輝かせる。
彼女の名前は"
「物騒なこと言うのはやめてくださいよ椎名さん。僕、この旅行が終わったら幼馴染の女の子に告白するつもりなんですから」
長身瘦軀の優男が、冗談でもやめてくれとでも言いたげに苦笑する。
この人は大学生の"
「はは! 事件が起こるとしたら俺の親父が殺されるとかだろうな! あのデブはわりぃことばかりやってっからなぁ!」
金髪のチャラ男が豪快に笑い声を上げる。
彼の名前は"
本日この宿に泊まっている客は、俺と十七夜月を除けば、この三人に加えて資産家である新杜の父と、その愛人の女性の計五人とのことだ。
う~む……なかなかに濃いメンツだな。俺の経験上、キャラの濃い奴らは面白い長所を持っていることが多いし、ここは一つこいつらからも血を頂戴しておきたいところだが……。
そうだ! 麻雀といえば例の方法が使えるじゃないか。
「それより皆さん、せっかく麻雀やるんだしなにか賭けません?」
「別にいいがよぉ、警察官の妹さんから金を巻き上げたり、夜の相手を要求したりはさすがにできねぇし、なにを賭けりゃあいいんだよ?」
「もっと軽いものでいいんですよ。例えばこの後の夕食を一品とか、可能な範囲で希望を言い合いましょう」
新杜が訝しげに尋ねてきたため、俺は適当にそれらしい提案をする。
「あら、面白いじゃない。じゃあ私が勝ったら皆のデザートでも貰おうかしら?」
「いいですね。じゃあ僕は――」
くくく……どうやら上手くいったみたいだな。
俺は自分の提案が受け入れられたことにほくそ笑むと、ゲーム開始の合図を出すのだった。
……
…………
………………
「ツモ!
ゲーム開始から一時間、俺は麻雀卓の上に「ターンッ!」と牌を叩きつけながら、意気揚々と勝利宣言をする。
「かーーーッ! 嬢ちゃん強すぎだろ! プロかなんかかよ!? 金賭けてなくてよかったわ!」
「凄いですね……。僕、九蓮宝燈とか初めて見ましたよ」
「……本当よ。あなたまさかイカサマとかしてないでしょうね?」
「いやいやしてませんよ! 純粋に運が良かっただけですって」
当然してますがなにか? でもお金を賭けてるわけじゃないし、許してね?
さあ、それではお三方から報酬を貰うとしましょうかねー。
「じゃあ約束通り皆さんの血を一滴貰いますよ?」
「吸血王にあやかって血を飲んでみたいとか、嬢ちゃんも物好きだなぁ……」
まずは金髪チャラ男おぼっちゃまの新杜から血を頂戴することにする。
彼は大人しく自分の右手の指に安全ピンを刺すと、俺の口元まで差し出してきた。滴り落ちる血をゴクンと飲み込む。
《【ゲームの達人】を獲得しました》
う~ん? 彼はゲーマーかなにかなのだろうか? 確かに麻雀はそこそこ強かったが……。
まあ、詳細を確認してみればわかるだろう。
【名称】:ゲームの達人
【詳細】:幼い頃から数々のゲームソフトを買い与えられてきたボンボンの腕は伊達ではない。格ゲー、パズルゲー、音ゲー、FPS、はたまた桃○などのボードゲームに至るまで、大抵のゲームでプロ顔負けの腕前を発揮する。
なるほど、テレビゲームのほうか。どこかで使い道がある能力かもな。
とにかくこの調子で他のメンツからも血を頂いていこう。
「美少女に血を吸われるって経験も、漫画のネタになりそうで悪くないわね。はいどうぞ」
椎名さんが血の滲んだ右手の人差し指を差し出してきたので、俺はそれをパクリと咥えると、ちゅーちゅーと吸い上げた。
《【エロ漫画先生】を獲得しました》
……漫画家ってそっちかよ!?
地味目の印象のお姉さんだったから、てっきり少女漫画家だと勝手に思い込んでたわ!
【名称】:エロ漫画先生
【詳細】:エッチでドスケベな漫画を描くことに命を懸ける、エロの権化。特にかわいい女の子の裸体を性的に強調した描写が秀逸である。ただし男性キャラはあまり得意ではない。
これはVtuberやSNSの活動で使えそうな特技だな。上手く利用すれば俺の人気が更に上がるかもしれん。
さて、最後は羽田さんに血を貰おうかな。
「痛ぁっ!? ちょっと刺しすぎちゃったかな? まあこれくらいの傷ならすぐ治るから別にいいか」
羽田さんが右手の人差し指からだらだらと血を流している。どうやら必要以上に深く刺してしまったようだ。
それに彼だけは俺が新品を渡す前に、遊戯室に置いてあった古ぼけて錆の浮いた安全ピンを使用してしまったようだし、大丈夫なんだろうか?
まあいいや、とりあえず血を飲ませてもらおう。ゴクゴク……。
《【旗折り】を獲得しました》
……なんぞこれ? 今までに獲得した長所の中でも、最も意味不明な能力だぞ。
ううむ……詳細を確認してみるとわかるかな。
【名称】:旗折り
【詳細】:旗が立ちそうな危険な発言や行動をしても、生存できる可能性が高まる。高まるだけで確実ではないので過信は禁物。言葉や行動にはくれぐれも気をつけよう。特に、閉ざされた山荘のような場所ではね……。
……はい? どういうことやねん。詳細を見てもよくわからんぞ?
もったいぶらずにもうちょっと親切に教えてくれませんかね……この詳細くん。たまに変な解説入れてくるし、一体誰が書いてるんだろこれ。
ま、まあ……生存できる可能性が高くなるってことは悪い能力ではないだろ、たぶん……。
とにかく三人もの血を頂くことができたし、満足だな。この調子でこの山荘にいる人間全員の血を狙ってみても面白いかもしれないな。
「くくく……血の宴はまだまだ始まったばかり――」
「おいたはいけないねぇ……お嬢ちゃん」
突如背後から聞こえてきた声に驚いて振り返ると、そこには怪しげなお婆さんが立っていた。
いつからそこにいたのだろうか? ぎょろりとした大きな目が、まるで俺を見透かすかのようにこちらを見つめている。
「血の匂いに惹かれて、吸血王がやってくるよ……。ほどほどにしときな、キーヒッヒヒヒッ!」
それだけ言い残すと、お婆さんはのそのそとした足取りで遊戯室を出ていった。
……え? なにあのお婆さん? 怖いんだけど……。
「す、すみません皆さん。まったく、信奈さんは……またお客様を怖がらせるようなことばかり言って……。どうかお気を悪くしないでくださいね」
お婆さんと入れ替わりに優しげな雰囲気のおじさんが遊戯室に入ってきた。
胸には名札がついており、『
「皆さま、お食事の準備ができましたので、食堂の方へどうぞお越しください」
おお、もうそんな時間か。どうやら麻雀に熱中するあまり、時間を忘れてしまっていたようだ。
俺たちは麻雀卓を片付けると、ぞろぞろと遊戯室をあとにして食堂へと移動していった。
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