第052話「トレジャーボックス」

「グギャギャギャーーッ!」


 全身が緑色で、人間の子供ほどの身長に醜悪な顔をした人型モンスターが、こん棒を振り回しながら襲いかかってくる。


 だが、俺はそれを軽々と避け、カウンターの右ストレートを顔面にぶち込んでやった。


 攻撃を受けた魔物――"ゴブリン"は、顔面を陥没させながら吹っ飛んでいき、木に激突して動かなくなる。しかし間を置かずに、今度は後方の茂みからもう一匹のゴブリンが姿を現す。


 俺はすかさずそいつの腕を掴むと、そのまま一本背負いで地面に叩きつけ、その首をねじ切るようにへし折った。


「「「グギャギャーーッ!」」」


「おいおい、一体どんだけ湧いてくるんだ? これじゃキリがねぇぞ」


 ガサガサと茂みが揺れ、次々とゴブリンが飛び出してくる。


 クソ雑魚のくせして、こいつらには俺の【強そうなオーラ】が効かないのだ。おそらくアホすぎて俺に敵わないという発想が出てこないのだろう。


 飛びかかってくるゴブリンの首を片っ端からへし折りながら、俺は深い溜め息を吐いた。



 ――ここは森林型、難易度星二のゴブリンダンジョンだ。



 深い森が延々と続くダンジョンで、出現するモンスターはゴブリンのみという極めてシンプルなもの。しかしこいつらの数が多いこと多いこと……。


 こんな雑魚がどれだけいても俺が負けることは絶対にありえないのだが……


「「「グギャグギャ♥」」」


「……くそったれが」


 奴らが下半身に身につけている粗末な布が盛り上がっているのが視界に入って思わず顔を覆いたくなった。


 よくあるファンタジーのゴブリンと同様で、この世界のダンジョンに生息するゴブリンも例に洩れず、性欲旺盛であり、他種族の女を襲って繁殖するクソの極みみたいな存在のようだ。


 ギロリと周囲を囲むゴブリンどもを睨みつけると、奴らはビクッと体を震わせて逃げ腰になる……が、すぐに涎を垂らしてにじり寄ってきた。


 どうやら【強そうなオーラ】が効いていないわけじゃなさそうだ。それよりも俺の性的魅力が強すぎて、俺を襲うことのほうが優先順位が高いらしい。


「まあいい、戦闘訓練といこうじゃねーか!」


 俺は足元に転がっていたゴブリンの死体を蹴り飛ばすと、拳を構えて群れの中に突進した。


 ……


 …………


 ………………


「大した訓練にもならんかったなー」


 全身に血しぶきを浴びながら、俺は倒れ伏すゴブリンの死体の山の中に立っていた。


 軽く汗をかいた程度で特に疲労もない。むしろ俺の滴り落ちる汗やフローラルな体臭に興奮した奴らが次から次へと飛びかかってくるので、いいストレス解消になったくらいだ。


 星二ダンジョンくらいならもう楽勝かもしれんな。そろそろ星三ダンジョンの攻略を考えても……いや、慎重すぎるくらいが丁度良いか。特効武器の蒐集、それにもっと長所も集めて、来年になってから星三ダンジョンに挑戦するとしよう。


 ゴブリンたちの死体はどれも光の粒子となって消え去る気配はない。どうやらレアモンはいなかったようだ。


 ならそろそろボスの攻略にいくかね……と、ダンジョンの奥に向かって歩き出そうとしたとき、背後からカサカサと茂みをかき分ける音が聞こえた。



『……にゅ?』



 振り向いた俺と目が合ったのは、宝箱にコミカルな手足が生えたような謎の生物だった。大きなくりくりお目々が可愛らしく、全身は銅色に輝いている。


 その謎の生物は、俺を視界に捉えると凄い速さで逃げていく。


「あ、あいつは!?」


 確か十七夜月パパからの情報によると、あれは"トレジャーボックス"という激レアモンスターだ。


 星二ダンジョンから出現が確認できたという報告があり、倒すと本来はそのダンジョンより上の難易度のダンジョンでしか手に入らないようなアイテムや、中にはこいつからしか入手できないような激レアアイテムまで手に入ることもあるらしい。


「待てやこらぁ!」


 俺は地面を蹴ると、その銅色の宝箱を猛然と追いかけ始めた。


 トレジャーボックスは木々の隙間をスルリスルリとすり抜け、ジグザグに跳ねながら進んでいく。見た目のコミカルさに反してかなりの速さだ。俺が全力で走っているのに一向に距離が縮まらないどころか、徐々に引き離されていく。


 マズい……このままでは追いつけない!


「グギャ?」


「お? いいところに」


 ちょうど前方にゴブリンを発見した俺は、すぐさまそいつを上空に蹴り上げると、飛び上がって回転しながらオーバーヘッドキックをぶちかましてやった。


 速度、精度ともに申し分ない。吹っ飛んでいったゴブリンはトレジャーボックスの後頭部に直撃し、 奴はバランスを崩して転倒する。


「ここっ!」


 その隙に俺は周囲の木々を足場に跳ね回ると、トレジャーボックスの頭上に躍り出た。そのまま落下の勢いを利用して奴の脳天にかかと落としを喰らわせる。


『にゅーーーーッ!?』


 だが、足技の長所を持っていない俺では、奴を絶命させるには至らなかったようだ。


 それでもフラフラになったトレジャーボックスに追い打ちの右ストレートを炸裂させると、奴の体は粉々の金属片となり光の粒子となって消え去った。



 ――カランカラン……



 地面に転がったのは、銅色に輝く小さなランプ。


「おお! 武器でも杖でもポーションでもないアイテムだ!」


 きたんじゃねーのこれ! これぜってーレアアイテムだろ! トレジャーボックスからしかドロップしないタイプのやつ!


 俺は大慌てでアイテムを拾うと、すぐにアイテム鑑定機で確認をする。




【名称】:魔法のランプ (手乗り妖精)


【詳細】:召喚者に忠実な妖精を呼び出すことのできる魔法のアイテム。妖精の大きさは手のひらサイズで、飛行能力を有している。召喚者以外には視認できないが、実体はある。倒されると24時間経たないと再召喚はできない。一キログラムまでの重さの物体しか持つことができず、また、心優しい性格故に破壊や略奪、誰かを傷つけるような命令をするとランプに帰ってしまう。とてもかわいい。




 おおおぉーー! 思った通りレアアイテムっぽいぞ! しかも可愛い妖精だと!?


「早速召喚してみるか!」


 ランプをこすってみると、ボワンと煙が巻き起こる。


 そして煙の中から現れたのは、 雪のように真っ白い肌に、銀色でサラサラな長い髪をした手のひらサイズの小さな女の子だった。


 まん丸の蒼い瞳はまるで宝石のようで、服装は白いワンピースを着込み、頭頂部にはアホ毛が一本だけぴょこんと立っている。


 背中には半透明の羽が生えており、彼女はくるんと空中で一回転してから俺の手の上へと降り立った。


「うおおぉぉーー! きゃわええ! なんだこの可愛い生き物は!」


 思わず叫ぶと、妖精さんはきょとんとした顔で首を傾げる。どうやら言葉は喋れないようだが、俺の言ってることはわかるみたいだ。


 試しにポーションを放り投げてみると、妖精さんはパタパタと羽を動かして飛び上がり、空中でポーションを掴むと俺の肩へと戻ってきた。


「うむ、戦闘には使えなそうだが可愛いから許す! 今日からよろしくな!」


 俺がそう言うと、妖精さんはニッコリと微笑んでコクンと頷いた。




「記憶の糸が途切れても~♪ 君を見つけたら~きっと思い出す~♪」


 妖精さんを肩に乗せて、俺はハイテンションに鼻歌を歌いながらダンジョンの奥を目指す。


「お、いたいた! あいつがこのダンジョンのボスだな!」


 茂みをかき分け、ダンジョンの最奥へと到着した俺を出迎えたのは、先ほどのゴブリンたちとは比較にならないほど大柄なゴブリンだった。身長は二メートルをゆうに超えており、筋骨隆々で左右に二本の剣を携えている。


 だが、所詮はゴブリン。今の俺の敵ではない。


「グギャ! グギャギャギャーーッ!」


 大ゴブリンは、俺を視界に捉えると即座に襲いかかってきた。


 俺は奴の攻撃を軽いフットワークでかわしながら、無防備になった鳩尾に拳を叩き込む。そして胃液を吐き出しながら膝を折る大ゴブリンの後ろに素早く回り込むと、頭部を完全にロックして締め落とす。


 バタバタと暴れ、二度三度俺の腕に大ゴブリンの爪が掠った。しかし再生能力を持つ俺にはその程度はかすり傷にもならない。


 やがて大ゴブリンの抵抗が弱まると、俺は奴の首をそのまま『ゴキリ』とへし折った。


 どさりと地面に倒れ、大ゴブリンの体が光の粒子となって消え去っていく。


「うお! でかっ!」


 そしてその場に残されたのは、巨大な斧だった。バトルアックスと呼ばれるタイプの武器で、俺の身長よりも大きいかもしれない。


 バトルアックスを拾い上げ、アイテム鑑定機を使って詳細をチェックしてみる。




【名称】:魔獣の斧


【詳細】:動物系のモンスターに対して特効を持つ。ただし非常に重く、力がないと扱うことは難しい。




「おおう……確かに重いな」


 吸血鬼の俺ならなんとか振り回せる重さなのだが、使いにくそうだし、そもそもこれを持ち歩くのは大変そうだ。


「やっぱり収納系のレアアイテムが欲しいところだよなー。なぁ、妖精さん?」


 妖精さんにそう問いかけてみるも、彼女は俺の肩の上でスヤスヤと寝息を立てていた。かわいい。


 まあいいか。これからもトレジャーボックスを狩っていけば、きっといつか手に入るだろう。


「しかしこの斧を持って街中を歩いてたら公僕どもがすぐに飛んできそうだな……」


 ダンジョンを出たら十七夜月か親父さんに車で迎えに来てもらうかぁ。


 光に包まれるダンジョン内で、俺は肩に乗る妖精さんの頬をぷにぷにと突きながら、今後の予定を頭の中で立て始めた。

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