第053話「推しのアイドル①」

「ちょっとみんな! もっと真面目に練習してよ!」


 レッスンルーム内に、私――"白月しらつき愛那あいな"の声が響き渡る。


 しかし、メンバーのみんなは一瞬だけこちらに視線を向けたものの、すぐにどこかおざなりな様子に逆戻りして、だらだらと好き勝手な行動をとり始めた。


 私はそんなみんなの様子を見て、思わず溜め息を吐く。


「ねえ、エミリア……。もうすぐライブなんだし、もうちょっと真面目に練習しよ? ね?」


 今度は個別に注意しようと、隅っこのほうでぼんやりとやる気なく練習している金髪碧眼の美少女に声をかける。


 この子は"赤川あかがわエミリア"。


 イギリス人とのハーフらしく、その日本人離れした美しい容姿は見る者を魅了してやまない。スタイル抜群のうえに小顔で色白で肌もスベスベと、まるでモデルさんのような女の子だ。


 しかし、超がつくほど怠惰でマイペースな彼女は、努力や練習といったものが大嫌いなのだ。


 そして練習なんて一切しないくせに、グループで二番目にダンスも歌もうまいし、ファンサービスなんかのアイドル的な能力も高いから余計に質が悪い。


「オ~ウ、ワタシはいつだって真面目デスヨ? でも、練習なんかしなくてもワタシは最高なのでノープロブレムデース」


「日本生まれの日本育ちで私よりも英語の成績悪いくせに、その喋り方やめてよね……」


「だって、このほうがファンの人たちにウケるんだからしょうがないじゃん。デ~ス!」


 エミリアは悪びれもせずに、ケタケタと笑いながらクルクルと華麗にターンを決めると、その長い金髪がふわりと宙に舞った。


 ぐぬぬ……このエセ外国人。確かにダンスは上手いけど、みんなと合わせる必要もあるんだからもうちょっと歩調を合わせてくれたっていいじゃない……。


「亜莉朱もスマホばっかりいじってないで、練習しようよ! 」


 次に私は、スマホでさっきからずっと動画を見ているショートカットの小柄な女の子に声をかける。


 この子は"青山あおやま亜莉朱ありす"。


 小学生とも間違われるほどの低身長と童顔だが、これでも私やエミリアと同じ17歳だ。丸っこい大きな目とぷにぷにのほっぺたは、まるで小動物のように愛らしい。


 彼女はゲーム、漫画、アニメなどのオタク文化に精通しており、その知識量からファンの間では"歩くサブカル辞典"とまで呼ばれている。


「うるさいなぁ……。今ボクは今期のアニメをチェックするのに忙しいんだよ」


「で、でも……。今日はダンスのレッスンの日なんだから、練習しないと……」


「いいんだよボクは。ファンがボクに求めているのは、歌やダンスの上手さなんかじゃない。アイドルでありながら自分たちと同じ目線のオタクである"亜莉朱ちゃん"なんだから」


 やっぱりダメだ、この子にはなにを言っても響かない……。


 でも……実際に亜莉朱はオタクの人たちに大人気で、握手会なんかでもグループの中で一番っていうくらい列に人が並ぶから、私も強く注意しづらいんだ。


「ね、ねぇ……。ナユタもなんか言ってよ……」


 最後に私は、部屋の真ん中でさっきからシャドーボクシングをしたり、バク中をしたり、逆立ちをしたりと、ダンスの練習といえないような謎の行動を繰り返している女の子に声をかけた。


 彼女の名はナユタ。


 元々3人だったグループに、最近社長が連れてきて加入した、ミステリアスな雰囲気を醸し出す謎の少女だ。


 亜莉朱と同じくらい小柄で童顔だけど、そのスタイルはありえないレベルで、胸なんかはハーフのエミリアよりおっきいし、お尻もプリンッてしてるのに、ウエストは引き締まってくびれてるし……なんというか凄くエッチな身体をしてて見てるだけでこっちが恥ずかしくなってくる。


 しかも歌もダンスもプロ級だし、楽器もギターとピアノが弾けるらしく、総合力では間違いなくグループ随一の超ハイスペックな女の子なのだ。


「んあぁ? でも俺、今必殺技のモーションを考え中だからさ……」


「アイドルなのに必殺技!? もう! ダンスの練習してよ!」


 でもこの子もダメ……。スペックは高いのに奇行が多すぎて、いまいちキャラが掴みきれない。


 一見すると大人しそうなのに、口を開けばアホなことばっかり言ったりするし……一体どんな生活を送ってきたらこんな子に育つんだろう?


 私が頭を抱えて唸っていると、社長がレッスンルームに入ってきた。


「みんなお疲れ様。レッスンは順調かしら?」


「「「お疲れ様で~す!」」」


 社長が入ってきたことで、ようやくみんな練習を再開する。


 だけど、それも長くは続かず、またすぐにダラダラとし始めた。


「社長……。みんな真面目に練習してくれないんですよ……」


「うちの子たちは能力は高いけど、ちょっと癖が強いからねぇ」


 私が不満をこぼすと、社長は苦笑いで返す。


 うちの社長は、今は解散してしまった人気アイドルグループ"桃色スターチス"のメンバーだった人で、アイドル時代に稼いだ資金を元手に、最近新たな芸能事務所、ここ――『アナザーワールドプロモーション』を立ち上げたのだ。


 まだ弱小なので、所属アイドルは私たち"アストラるキューブ"の4人だけだけど、これからどんどん拡大していく予定らしい。


 でも……現在はまだ地下でのライブ活動がメインで、テレビに出たり大きな会場でのワンマンライブなんて夢のまた夢だ。


「その点……私、愛那ちゃんには期待しているのよ。あなたは他の子と違って真面目で努力家だものね。だからリーダーに指名させてもらったわけだけれども」


 そう、私は一応リーダーということになっている。でも――


 チラリと他の3人に目を向ける。


 はっきりいって、彼女たちと比べて私は見劣りする。容姿だけなら正直負けてないと思う、社長もみんなもよくかわいいって言ってくれるし……。


 だけど、歌もダンスもファンサービスやトークの面白さも、みんなと比べると全然だ。一度ライブの後にSNSでエゴサーチしてみたことがあるけど、"顔だけ"とか書かれていて、正直かなり凹んだ。


 アイドルを目指して田舎から上京してきたばかりの、ド素人の私を拾ってくれた社長に報いるためにも、リーダーとしてもっと頑張らなきゃっていつも思ってるんだけど……どうしても空回りしちゃって上手くいかない。


 そんな私の気持ちを見透かしたのか、社長が優しく声をかけてくれた。


「大丈夫よ、あれでもあの子たちはあなたのことを信頼しているわ。だから、あなたもあの子たちのことを信じてあげてちょうだい」


「社長……」


「みんなもあまり愛那ちゃんを困らせちゃダメよ? 今度のライブには某大物プロデューサーもお忍びで来てくれる予定だから、無様なパフォーマンスは見せられないわ。みんな、気合を入れて頑張ってちょうだいね」


「「「は~い」」」


 事の重大さがわかっているのかいないのか、みんなは気だるそうに返事をする。


 そして社長が去った後のレッスンルームには、またしてもダラダラとした空気だけが残った。


 ……はぁ、こんなんで本当に大丈夫かなぁ?

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