第051話「パパ②」

「ど、どうも~。へへへ……旦那、あっしの名はナユタ。お嬢さんのお世話をさせていただいている、ケチな野郎でございやす」


「なんでそんな三下口調なんですか……。それとお世話してるのは私ですからね? 変なこと言わないでください」


 もみもみと揉み手をしながらペコリと頭を下げた俺に、十七夜月がすかさず突っ込みを入れてくる。


 しかし親父さんはそんな俺たちをスルーして話を進めた。


「やあ、君が例の動画を投稿した人物だね?」


「……え? どうしてそれを……」


「まずは最初に自己紹介をしておこうか。僕はダンジョン管理局の次長を務めている、十七夜月かのう英明ひであきという者だ。以後お見知りおきを」


「ダンジョン管理局? お父さんって公安所属じゃなかったっけ?」


 十七夜月が訝し気な表情で親父さんに訊ねると、彼はコホンと一つ咳払いをしてから俺たちに説明してくれた。


 ダンジョン管理局とは、日本政府が秘密裏に設立したダンジョンを攻略するための組織らしい。以前から自衛隊が密かに攻略を開始してるって噂はあったけど、どうやら本当だったみたいだ。


 管理局ではカズトとともに、都内のダンジョンを攻略して回っている謎の人物……つまりは俺についても調査していたらしいのだが……。


「もしかしてカズトが先輩のことを警察にチクったんですか?」


「え~……俺、ちゃんとフードを深くかぶってたし、ダンジョンは暗かったから小柄な女であることと、あとは声くらいしかわからなかったはずなんだけど……」


 俺たちの会話を聞いていた親父さんは、苦笑いをしながら首を振る。


「いや、カズトはちょっと精神に異常をきたしててね。話を聞けるような状態じゃないんだ。僕が君のことに気づいたのはもっと単純な理由さ」


 親父さんによると、石化事件の容疑者としてカズトにはダンジョン管理局の局員が常に一人は張り付いていたらしい。


 そして例の日、奴に張り付いていた局員が、カズトを追ってダンジョンの中に入っていく俺に気付き親父さんに報告。すぐに親父さんは現場に向かい、ダンジョンから出てきた俺の尾行を開始した。


 すると、なんと自分の娘が住んでいるマンションに入っていくではないか。これは一体どういうことだ、と親父さんは急遽十七夜月に事情を聞きに来たというわけだ。


「ちょっと先輩……。なにやってんですか?」


「い、いや……だって自分の後ろを誰かが尾行しているなんて思わないじゃん……」


 くっ、そういや漫画とかでは尾行してる最中は自分の背後にも気を配れってよく言われるけど、まさかそれを実際に体験する日が来るとは……。


 色々と工作してネットに痕跡を残さないように頑張ったのに、こんな単純なミスでバレちまうなんて。


 だが、親父さんから俺に対して敵対心のようなものは感じられない。


 ……しょうがない、ここまで来たら言い逃れはできまい。この人は【直感】だが信用できそうな人だと思うし、正直に全て話すか。


 ……


 …………


 ………………


「なるほど……にわかには信じ難い話だが、ダンジョンについては未だに謎な部分も多い。そういうことも起こり得るのかもしれないね」


 これまでの経緯を話し終えると、親父さんは腕を組んで神妙な面持ちで頷いていた。


 そしてしばし考え込んだあと、真剣な眼差しを俺に向けてくる。


「どうかな? ナユタくん。我々のダンジョン管理局に入らないか? 君さえよければ、こちらで衣食住や給料の保証など、全てを用意することを約束するが」


 ううむ、まさか政府に勧誘される日が来るとは……。


 戸籍もない住所不定の吸血鬼の俺としては、正直魅力的な提案ではあるんだけれども……。


「う~ん……。申し出はありがたいんですけど、お断りさせてもらいます」


「理由を聞かせてもらえるかね?」


「私は今の生活を気に入ってますし、それに親父さんは信用できそうですが、なんというか国や政治家の人たちは信用できないというか……」


 俺の返答に親父さんは、ふむ……と顎に手を当てて考え込む。


「確かに君の懸念は理解できる。君の存在を知った大物がなにか良からぬことを企んだり、悪ではなくても正義感や国への忠誠が強すぎるあまり、国益のために君を利用しようとする輩も現れる可能性も否定はできないからね」


 そう、それが一番の問題だ。俺はただ静かに暮らしたいだけなのだ……。


 好きなときに寝て、好きな物を食べて、好きな漫画を読んで、ゲームをして……。そんな食う寝る遊ぶの三連コンボの生活を死ぬまで続けたいだけなのに……。


「わかった、勧誘は諦めよう。君の存在は僕と局長の間だけの秘密にしておくことにしよう」


「それは助かります」


「ただ、協力関係は結んでほしい」


「……と、いいますと?」


「君は現在不要な魔導具を裏ルートで売りさばいているそうだね? それをダンジョン管理局で買い取らせてほしい。それとできればダンジョン関連の情報の共有もお願いしたい」


 う~ん、それくらいなら別にいいか。元々売り場に困って裏ルートに流していたわけだし、国が買い取ってくれるというならむしろ助かる。


 情報の共有も、俺としては別に構わない。親父さんの部下から犠牲者が一人でも減るのならそれは良いことだろうし、俺にとって有益な情報も手に入るかもしれないしね。


「わかりました。協力関係を結びましょう」


「そうか、感謝するよ」


 俺は親父さんと握手を交わし、ダンジョン管理局と協力関係を結ぶことになった。


 よし……せっかく俺の秘密を打ち明けたんだから、親父さんにも一つお願いしておこう。


「あのー、ちょっとお願いがあるんですけど」


「なんだね?」


「はい、親父さんの血を一滴頂けないかと思いまして……」


「ああ、血を吸うとパワーアップするんだったね。うむ、無理を言って協力関係を結んでもらった身だしね。そのくらいはお安い御用だよ」


 俺の申し出を快諾してくれた親父さんは、安全ピンで自分の指をぷつりと刺して血を流す。


 指から滴り落ちる血を俺がごくりと飲み干していると、事の趨勢を見守っていた十七夜月が口を挟んできた。


「じゃあ先輩は今まで通り私が面倒を見るっていうことでいいの?」


「そうだね、気心も知れているようだし……それに女同士のほうが色々と相談し易いこともあるだろう。ナユタくん、雛姫のことよろしく頼むよ」


「任せてください!」


「特に男の影がないかどうかは、逐一報告してくれたまえ。いやぁ、君が女の子で良かったよ。吸血鬼でしかも男なんて存在が娘と同棲してようものなら、アレを銃で撃ち抜いたあとに研究機関にでも引き渡していたところだ。はーはっはっは!」


「は、はい~。わたくしたち百合の園に、男なんて汚らわしい存在は一歩入れない所存ですわ~ (アニメ声)」


「うんうん、いい娘だ。では僕はこれで失礼するよ」


 親父さんはそう言って玄関に向かうと、そのまま帰って行った。


 ふぅ……助かったぜ。元は十七夜月の高校時代の先輩だとまで説明はしていたが、どうやらナユタって男女どっちでも通用する名前と、今の印象から俺が元々女だと思い込んでくれたみたいだ。今は亡き股間のアレが一瞬ヒュンと縮み上がったぞ。


 もし元男だってバレたら……。いや、やめておこう。想像するだけで身震いしてしまう。


 でも、まさか俺がダンジョン管理局に目を付けられていたなんて……。これからはもっと慎重に行動しなくちゃな。








【名称】:凄腕ガンマン


【詳細】:ハワイで親父に……ではなくて警察学校でちゃんと射撃訓練をして免許皆伝とまで言われた超一流の拳銃使い。その腕は警察の中でも群を抜いていて、犯人の撃った拳銃の弾を自分の銃弾で撃ち落としたり、車のタイヤを的確に狙撃したりという伝説があるとかないとか。

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