第050話「パパ①」

《ご覧いただけたでしょうか? このように臼澤うすざわ和人かずと容疑者はダンジョン内から視聴者を石化させていたらしいんですよねぇ~》


《スキル……でしたっけ? 恐ろしいですね。まるで漫画やアニメの世界じゃないですか》


《我々はダンジョンのことをなにも知らないんですから、今後もこうした犯罪が起きる可能性は十分にあるでしょう。政府はそろそろダンジョンに関する法整備や、このような犯罪者を取り締まれるような組織を作るべきだと思います》


 あれから一週間が経ち、テレビでは連日のようにカズトの起こした事件が報道されていた。


 配信を利用して視聴者に石化の呪いをなすりつけていたカズト。この事実が明るみに出たことよって、ブームになりかけていたダンジョン配信は一気に下火になっていくだろう。


 奴のチャンネルもすでにBANされており、ファンだった者たちも今や反転してアンチに転じている。


 小学校から大学までのカズトの事細かな個人情報までもがネットに流出しており、世界で初めてダンジョン内からスキルを使って犯罪を起こした男として、日本だけじゃなく世界中の人々がこのニュースに釘付けだ。


 歴史に名を残すと息巻いていたカズトだったが、皮肉なことに最悪の犯罪者として後世に語り継がれることになるのだろう。


 テレビでコメンテーターたちが、俺の投稿した動画を再生しながら、ダンジョンについてあれこれと議論を交わしているのを聞き流し、俺は淡々と夕食を口に運ぶ。


「それにしても先輩お見事でしたね。カズトを生かしたまま警察に引き渡し、彼の犯罪は世間に公表され、先輩の正体は誰にも知られることはなかった……。まさに完全勝利って感じですね」


「ふっ、まあな」


「これで石化解除のアイテムでも見つけた日には、謎のヒーローとして世界中の話題をかっさらっちゃうんじゃないですか?」


「……やれやれ、俺は吸血鬼としてもっと闇に潜んで生きたいんだがなぁ」


 十七夜月がべた褒めしてくるので、眉尻を下げつつ肩を竦めておどけてみせる。


 ただ普通に行動しただけなのに、世間から称賛を受けてしまう。やはり最強無敵の美少女は大変だぜ……。


《それにしても、この動画を撮影した人物は一体誰なんでしょうか?》


《正義感のつもりかもしれませんが、僕ぁどうかと思いますね。だって臼澤容疑者が視聴者にスキルを使ってるときも呑気に撮影してますよね? これは少し無責任じゃないですかねぇ。ここで彼を止めていれば少なくとも一人は犠牲者を出さずに済んだんですから》


《承認欲求が勝ってしまって、他のことに目が向かなかったのかもしれませんねぇ》


《いやいや、もしかしたら臼澤容疑者の共犯者かなにかかもしれませんよ?》


《あり得ますね。ダンジョンのドロップアイテムを横取りする目的で仲間割れした可能性も十分にあるでしょう》


《いずれにしても、良識ある人間であるのなら、きちんと説明責任を果たすべきですよ! 動画を撮影したあなた! もし番組を見ているのなら、名乗り出なさい!》



「…………」



「先輩! どうどう! 落ち着いてください! マスコミなんて自分勝手で上から目線な発言しかしないんですから、いちいち気にしていたらキリがありませんよ!」


 ピキピキとこめかみを痙攣させながらテレビに向かって拳を振り上げた俺を、十七夜月が慌てて宥めてくる。


 こいつら人が気にしていたことをズケズケと……。


 こっちは命がけだったんだよ! あいつの能力を一回はこの目で確認してからじゃないと対策も練れないし、確実に勝てるかどうかもわからなかったんだからな!


 それにこれから石化解除のアイテムをちゃんと探して、被害者全員を救おうと計画してるのに!


 それを自分たちはなにもせずに安全な場所でぬくぬくとしながら、おまけにその無責任な動画を使って視聴率を稼いでるくせに、好き放題言いやがって……。


「やはり……人間は愚かな生き物だ。我がこのまま進化し吸血鬼の王へと至った暁には、人類は我らが血袋として人権を剥奪し……」


「先輩が闇落ちしそうになってる! 落ち着いてください、ほら美味しいケーキを買ってきましたから」


「――はむぅ」


 もぐもぐ……。うん、うまし。


 でもこんなんじゃ誤魔化されないんだからね! 俺はそこまで単純じゃないからな! 闇の吸血鬼となって愚かな人間どもの敵になってやる!


 もきゅもきゅ……。うまうま……。もぐもぐ……。


 ……ふう、ケーキの美味しさに免じて今回は許してやるか。




 夕食を済まして風呂にも入り、俺はリビングのソファーに寝っ転がって漫画を読んでいた。十七夜月も同じく俺の隣に座り、スマホをポチポチと弄っている。


 ――ピンポ~ン♪


 まったりとした時間を過ごしていると、不意にインターホンが鳴った。もう夜の21時を過ぎているというのに、こんな時間に来客か?


 十七夜月が玄関に向かって行ったので、俺は漫画を読みながら大人しく待つことにする。


 だが、慌てた様子でリビングに戻ってきた十七夜月は、「せ、先輩隠れてください」と、いきなり俺をクローゼットの中に押し込んだ。


 ……はて、一体なにごとだ?


 十七夜月の慌てぶりが気になりながらも、俺はとりあえず指示に従ってクローゼットに身を潜める。


 直後、玄関のドアが開く音がして誰かが家の中に入ってきた。


 声からしてどうやら男みたいだ……。なんだなんだぁ、これまで男の影なんて見えなかったのに、ついに彼氏ができたのかぁ?


 クローゼットの隙間からこっそりと外の様子を覗き見ると、そこにはスーツ姿のイケオジが立っていた。年は40代半ばから後半といったところか。

 

 キチッと整えられた清潔感のある黒髪に、ピシッとした姿勢。長身でスラッとした手足にはワイシャツを着こなし、シワ一つない綺麗なジャケットを羽織っている。まるで芸能人のような出で立ちだ。


 しかしカッコいいおっさんではあるが彼氏にしては年配だな。ま、まさかパパ活とかか!? ナユタちゃんはそんなの許しませんよ!


「そ、それでパ……お父さん。今日はどういった用件で?」


 なんだパパ活じゃなくて本物のパパか。そういえばよく見ると十七夜月と目元がそっくりだし、雰囲気もなんとなく似ているな。


「うむ……。単刀直入に言うが。雛姫、お前が隠している少女をここに連れてくるんだ」


 親父さんの口から出た言葉に、俺は思わず耳を疑ってしまった。


 は? なんで俺が十七夜月に匿われてることを親父さんが知ってんの?


「なんのこと? 私は一人暮らしよ? 誰も匿ってなんかいないけど?」


「いや、いるね。それも別の部屋でなく、今もこのリビングのどこかに隠れているんだろう? 例えばクローゼットの中……とかね」


 え……? このおっさん名探偵かなんかなの? なんでわかったんだ?


 十七夜月も動揺しているようで、目を泳がせて冷や汗をかいている。


「な、なんでそんなことが言い切れるの……?」


「だって雛姫、お前いつも僕のことをパパって呼ぶだろう? 今パパって呼びかけてお父さんって言い直したじゃないか。この部屋に隠れている誰かに聞かれてはまずいと思って咄嗟に言い換えたんだろ?」


「ぶふぅーーーーっ!」


 思わず吹き出してしまった俺は、慌てて口を塞いで息を殺した。


 あいつ父親のことパパって呼んでるのかよ! 23にもなって! 見た目は大人っぽくなったけど、中身はまだまだ子供だな! ぷくくくくーー!


「ちょっと先輩……ふざけてるんですか?」


 クローゼットの中でカタカタと体を震わせて笑っていると、十七夜月がガラリと扉を開いて鬼の形相で睨みつけてきた。


 やべっ、バレた。

 

 まあこうなっては仕方ない。クローゼットから這い出た俺は、ゆっくりと親父さんの前へと歩み出る。

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