第049話「因果応報」

 震える足で近づいてくるカズトを無視して首の折れた骸骨に向かって駆け出すと、そのまま飛び上がって千切れかけた首に強烈なアッパーカットを叩き込む。


 骸骨の首はまるでボールのように高く飛び上がり、天井へと衝突する。首がなくなると同時に、骸骨の体は地面へと崩れ落ちた。


 だが、相手はアンデッド。首を飛ばしたくらいじゃ死なないだろう。


 俺は即座に骸骨へと走り寄り、その手足を関節技で一つ一つ丁寧にへし折っていく。


《オオォ……オ……》


「や、やめろ! 倒すな! 倒すなぁぁーーッ!」


 カズトが涙を流しながら必死に叫ぶが、そんな懇願など聞き入れる価値もない。俺は構わずに骸骨の手足を全てへし折り解体する。


 やがて、骸骨はサラサラと砂のように崩れ落ちていき、最後には塵となって消え去った。


 ――カラン、カラン……。


 静寂の中で、骸骨がいた場所に一丁の鎌が音を立てて落ちる。


 ……おお、初めての武器だ。どうやら星二ダンジョンでは武器系のアイテムもドロップするらしいな。


 鎌を拾い上げてクルリと一回転させてみる。うん、なかなかにかっこいい。


 俺はそれを背中に背負うと、カズトの方に向き直る。


「おいガキィィィ!! 俺の苦しみを引き受けろーーッ!!」


「……」


「き、聞けよクソガキィィーーッ!! 俺の痛みを引き受けやがれぇぇーーッ!!」


「…………」


 醜く叫ぶカズトを無視して俺は周囲を見渡す。ダンジョンはキラキラとした光を放ちながらその形を崩していき、今にも消えてしまいそうだ。


 カズトの上空には禍々しい巨大な魔法陣が、今にも霧散しそうな雰囲気でぼんやりと浮かび上がっている。


「これだけデカいと確実に全身が石化して死ぬ! お前のせいだぞ! 人殺し! この人殺しがぁぁぁーーーーッ! 人殺しになりたくなかったら俺の代わりに石化の呪いを引き受けろぉーーーッ!!」


「…………」


「おいッ! 聞こえているんだろ!? 俺はまだ死にたくないんだよぉーーッ!!」


 身勝手極まりなく、自分本位な叫びを上げ続けるカズト。


 股の間からは黄色い液体がチョロチョロと流れ落ち、鼻水と涙と汗で顔はぐしゃぐしゃだ。


「あ、あああぁぁーー!! 消えるなぁぁーーッ!!」


 ダンジョンの崩壊は止まらず、やがて俺たちは眩い光に包まれていく。




 光が収まると、目の前には大きな木がそびえ立っていた。辺りからは蝉の鳴く声が聞こえてくる。ダンジョンの入り口のあった街外れにある小さな森の中だ。


 どうやら戻ってきたようだな。


「……どれ、早速拾ったアイテムを鑑定でもしてみるか」


 鞄からアイテム鑑定機を取り出して、骸骨からドロップした鎌を画面に映してみる。




【名称】:冥府の鎌


【詳細】:アンデッド系のモンスターに対して特効を持つ。また、実体を持たないモンスターにも攻撃が当たる。




 なるほど、これはいい武器だぞ。


 それにしてもアンデッド特効か……試しに自分の手でもちょっと切ってみるかな。


「…………」


 ……はッ!? いかんいかん。また十七夜月に「先輩ってアホなんですか?」と罵られちまう未来が視えたぞ。危ない危ない……。やめておこう。


 それより、もしかしたら星二ダンジョンはモンスター特効系の武器がドロップするダンジョンなのかもしれないな。これらを集めれば、星三のダンジョンのボスにも対抗できるようになるかもしれない。


 まあ、でもそれはまだ先の話だな。



「お、おおぉ……。う、あぁぁ……」



「……なんだお前、生きてたのか?」


 ふと視線を横に向けると、傍らには涙をボロボロとこぼしながら嗚咽を漏らす石像の姿があった。


 全身が石になっているが、奇跡的な悪運……とでもいえばいいのだろうか。ちょうど顔の半分と口元部分だけが石にならずに元のままである。その表情からは、絶望や恐怖といった感情がひしひしと伝わってくる。


 どうやって生命を維持しているのかはわからないが、まあ……ダンジョンのスキルなんて俺の【モンスター憑依】しかり、謎だらけだから気にするだけ無駄だろう。


「皮肉なものだな……。お前に石化を押し付けられた罪もない人々は全員がものも言わぬ石像と化したのに、元凶のお前だけがこうして生きているなんて」


 腕を振り上げて思いとどまる。こいつが死んだところで、石になった人々はきっと元に戻らない。


 もっと難易度の高いダンジョンを攻略すれば石化解除のアイテムもドロップするかもしれないし、こいつは生かしておいて、この状態のまま晒し者にするのが一番の罰かもしれないな。


 俺は木に寄りかかると、壊したと見せかけて回収していたカズトのスマホを使って素早く動画の編集作業を始める。


 タイトルは【俺が石化事件の犯人です】だ。


 こっそり隠し撮りしていた、カズトが上空にある巨大な魔法陣を視聴者になすりつける様子や、自白も同然の俺との会話を編集してそれを動画に組み込んでいく。


 もちろん【パソコンの大先生】で色々と加工して俺の正体はわからないようにしてあるぞ。


 カズトの能力の詳細や悪行も説明文で書き連ねて、最後に他人に押し付けるのを失敗して自分自身が石化してしまったカズトの写真をサムネに、奴のチャンネルに動画をアップロードした。


 実況配信が途中で途切れてしまってやきもきしていたのか、大量の視聴者が待機していたようで、動画がアップされた瞬間ものすごい勢いでコメントが流れ始める。



:カズトさん!?

:え? なにこれ?

:カズトが石化事件の犯人ってマ?

:マジかよ……俺いつも引き受けるってコメントしちまってたぞ

:うわあああ!?

:は? こいつクズすぎだろ

:カズト石になってて草w

:死刑でいいよこんな奴

:チャンネル登録解除したわ

:てかこれ撮ったの誰だよw



 SNSで拡散されたのか、瞬く間にカズトの悪行が世間に広まっていく。とりあえずこれで、少しは被害者たちへの報いになるだろうか。


 ふむ、どうせなら英語や中国語に翻訳したバージョンも流しておくか。ダンジョンの中からスキルを悪用して犯罪を行った人間なんてこいつが世界で初めてだろうし、注目度は高いはずだ。


「よかったな、明日にはきっと世界的有名人だぞ?」


 歴史に名を残したいとか言っていたが、案外それは叶うかもしれない。


 ……ただし、世紀の犯罪者としてだがな。


「く、苦しい……。助けてくれぇ~……。う、動けないんだぁ……」


「警察を呼んでおいてやるよ。一生その姿のまま、檻の中で自分の罪としっかり向き合うんだな」


 声を変えて警察に通報し、不要になったカズトのスマホを破壊すると、涙を流す石像に背を向けて歩き出す。


 やれやれ……ようやくお金も稼げるようになって、平穏な暮らしができるようになったから、無理して難易度の高いダンジョンには潜らなくてもいいかもしれないなと思っていたのに、石化解除のアイテムを見つけるまではダンジョン探索を続けることになりそうだ。


 後ろからはカズトの悲痛な叫びが聞こえてくるが、俺は振り返ることもなく街へと戻るのだった。

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