第048話「ペン回し」

 俺は100メートル9秒50の快速でカズトの横を通り過ぎると、同時に奴の持っていたバッグをスリ取った。


 カズトは突然の出来事に呆気にとられたのか、その場で棒立ちになっている。


「へえ、予備のスマホを三個も持ってんのか。クズにしてはなかなかに用意周到だな」


 バッグの中に二つ、ポケットにも一つ隠し持っていた。それを全て空中に放り投げて雷光の杖で破壊する。


 すると、その破壊音を聞いてようやく我に返ったのかカズトが大声を張り上げた。


「な、なにしてんだこのガキがあぁぁーーッ!!」


 ものすごい形相でこちらに突っ込んでくるカズト。


 だけど、俺はこいつと戦う気なんてさらさらない。こいつの【転傷】とやらはダメージをそのまま相手に返せるらしいからな。まともに戦うメリットが欠片もない。


 くるりと踵を返して走り出すと、カズトは焦ったように俺の後を追ってくる。


「ま、まてこのクソガキ! お前も自分のスマホ持ってんだろ! それを俺によこせぇぇぇーーッ!!」


 必死だな。まあ自分の命がかかってるんだから当然か。


 それより俺にだけ気を取られてていいのかな? ここは凶悪なモンスター蔓延る星二ダンジョンだぜ? 周りにも注意を払っておかないとなぁ!


 俺は走りながら、わざとモンスターがうじゃうじゃいるダンジョンの通路に飛び出した。


 すると、案の定カズトはそのままついてきたので、俺は大きくジャンプして壁を蹴り、そのまま空中で一回転しながらモンスターどもの後ろに着地してそのまま走り抜ける。


「な、なあっ!?」


 後方からカズトの驚愕するような声と、モンスターたちの咆哮が聞こえてきた。


 ふっふっふ。【リバウンド王】と【カリスマ大道芸人】を手に入れた今の俺は、こうしたカッコいい動きやアクロバティックなアクションが簡単にできてしまうのだ。


 それに、半屍吸血鬼に進化した影響もあってか身体能力もだいぶ上がっているようだ。今なら空だって跳べそうな気がするぜ!


 まあ……それは言い過ぎか。


 さて、ここまで進んできて確信できた。今の俺なら星二ダンジョンも難なく踏破できるであろうことが。


 なので本来であればダンジョン内をじっくりと探索したいところなのだが……今回はカズトとの決着が先だ。このままボス部屋まで突っ走ることにしよう。



 それから俺はダンジョン内を全力で駆け抜けて、あっという間にボス部屋の前までやってきた。


 しばらく巨大な扉の前で待っていると、肩で息するカズトが姿を現した。無傷ではある、だがその表情は絶望に染まっている。


 カズトの上空には禍々しい巨大な魔法陣が浮かび上がっていた。あれが【転傷】の代償だろうな。


 生身の体でスキルを使わずにここまで来れるわけもなく、能力を使用しすぎてもう破裂寸前といったところか。


 ニュースでやってた情報と照らし合わせると、おそらく代償は石化だと思われる。それを外部に溜めておいてダンジョン内から視聴者になすりつけることで、自分はノーリスクでスキルを発動できるってわけだ。


 ダンジョンに入ってからずっとこいつをストーキングしながら観察していたが、あれを誰かになすりつけるには、あいつが「引き受けてくれ」と声に出して頼み、相手がそれを了承しなければならないという制約があるようだ。


 だけど今は俺がスマホを全部壊してしまった影響で、視聴者に押し付けることができずにどうしようもなくなっている、ってとこだろう。


「て、てめぇのスマホをよこせ……。今ならまだ許してやる……」


「何故俺が見知らぬ男に自分のスマホを渡さなきゃいけないんだ? 頭沸いてんのか?」


「殺されてーのかクソガキがッ!!」


 カズトが一歩前に踏み出した瞬間、俺はボス部屋の扉を開いた。


「俺は今からボスを倒す。ついてきてもいいが、怖いならそっちにある帰還の転移陣で帰っていいぜ?」


 部屋の隅に設置されている光り輝く転移陣を指差して、俺は挑発的な笑みを浮かべた。


 すると、カズトは激しく狼狽した様子を見せる。


 当然だろう。ダンジョンの外ではスキルは使えない。このまま帰還の転移陣で外に出るか、俺に攻略されてダンジョンが消えてしまえば、溜め込んでいるデバフが全て自分へと跳ね返ってくるからだ。


 奴にはもう、どうにかして俺にデバフを押し付けるか、もしくは俺の持っているスマホを奪って外にいる視聴者にデバフを押し付けるかの選択肢しかない。


「さて、俺がボスを倒す前に、あんたはスマホを奪えるかな?」


「く、クソがあああぁぁぁぁぁーーッ!!」


 バッグからスマホを取り出してひらひらさせていると、カズトは血相を変えて飛び掛かってきた。


 そのまま流れるようにボス部屋の中へとなだれ込む。


 部屋の中には三メートルはあろうかと思わしき巨大な骸骨がいた。その骨には無数の鎖が巻き付いており、右手には禍々しい装飾の施された大鎌を握り締めている。


「さすがは星二ダンジョンのボスだな……。星一とは比べ物にならない迫力だ」


 ボスに目を向けていると、背後からカズトが襲い掛かってきた。俺はその攻撃を難なく躱し、すれ違いざまに足を引っかけて転ばせる。


 カズトは倒れた拍子に後頭部を強打したようで、痛みに悶えて頭を押えながらその場に蹲った。



《オオオオォォ……》



 骸骨がゆっくりと大鎌を振り上げる。どうやら戦闘開始の合図のようだ。


 俺は骸骨に向かって駆け出しながら、まずは相手の攻撃方法や耐性を見るために杖から雷光を放つ。が、その全てが大鎌に弾かれてしまう。


 ……どうやらあの鎌には雷属性が効かないらしい。


 ちっ、持ってくる武器を間違えたかもしれない。あー、全部の杖を持ち運べるような収納アイテムがあったらいいのになぁ。


《オオォオ!!》


 咆哮を上げながら大きく振りかぶって大鎌を振り下ろしてくる骸骨。俺はそれを紙一重で躱し、そのまま骸骨の懐へと潜り込んだ。


「いくらデカくても人型なら関節は弱点だろ!」


 骸骨の膝裏を蹴って転倒させると、頭を掴んで首の関節を完全に極める。


 骨に巻き付いている鎖の隙間からなにやら毒々しい液体が滴り落ちてくるが、【状態異常耐性・中】を持つ俺に通じるはずもない。そんなものはお構いなしに首をへし折った。


 しかし、骸骨はそれでもなお動き続ける。やはりアンデッドタイプはしぶといな。


「ガキがぁ! 死にさらせやゴラァ!!」


 背後で倒れていたカズトが、血走った目で突進してくる。


 俺はそれをフットワークで避けながら、その無防備な顎をかすめるようにフックをかました。


「かはッ!?」


 カズトが後方にひっくり返る。ダメージを返されると厄介なので、手加減しつつ脳を揺さぶる感じで殴ったが、上手くいったようだ。


 しかしウザいなぁ……ボス攻略に集中できないじゃん。


 ぺろり、と拳についたカズトの血を舐めつつ再び骸骨と対峙する。


「や、やめろぉーーッ! ボスを倒すなぁーーッ!!」


 床に這いつくばりながら、俺に向かって必死に手を伸ばしてくるカズト。


「被害者の石化を解いて、警察に自首するなら考えてやるよ」


「自分で石化が解けるならわざわざ誰かに押し付けたりしねえよボケェッ!!」


 まあそうだろうな。じゃあ結局は石化解除のアイテムを見つけるしか、ヒロポンさんたちを救う道はなさそうだ。


 でも、石化させる能力があるのなら、きっとそれを解除する方法もあるはずだ。それはこいつをぶっ倒してからゆっくり探すことにしよう。


「お、俺は! 俺は選ばれた存在だぞ!! そこらの有象無象のモブどもとはわけが違うんだよッ! 才能も! 頭脳もッ! カリスマ性も!! なにもかもが他の奴らとは違うんだッ! 俺は神に選ばれた特別な存在なんだ! こんなところで終わるような人間じゃねぇんだよおぉぉーーッ!!」


 ガクガクと足を震わせながら、必死に立ち上がって喚き散らすカズト。


「選ばれた存在? お前が?」


「そうだ! 実際に俺だけがソロでダンジョンを攻略できている! 世界中でただ一人! この俺だけがだッ!!」


「お前がダンジョンを攻略できているのは、罪もない視聴者に自分が受けるはずだった石化の呪いを押し付けるという、いわば一種の間接的な殺人行為をしているからだろ?」


「それがどうした! どこの誰かもわからないモブどもがものも言わぬ石像に変わったところでなんだってんだ! 歴史に名を残すほどの才能を持ったこの俺の糧になれただけでも光栄に思えってんだよ!!」


「……お前、救えないよ」


 先ほどこいつの血から手に入れた長所、それは――




【名称】:ペン回し


【詳細】:指を使って器用にペンを回せる。ペン回しに集中すればするほど他の行動が疎かになるので注意が必要。集中力を切らすとすぐに明後日の方向にペンが飛んでいく。




 生まれつきである先天性の才能も、必死の努力で身につけた後天的な才能も、こいつにはなにもなかった。


 今まで俺が獲得してきた長所の中で最もくだらない能力だ。それこそクソみたいな犯罪者ですら、なにかしら特技があったというのに。


 こんなものは授業中に適当にペンを回してるだけの子供でも獲得できる。これが一番の長所ということは、きっと今までなに一つ努力してこなかったのだろう。


 努力もせずに、才能もないくせに、自分は特別だと勘違いをして、頑張っている他人を見下し続けて生きてきたのだ……。


 ヒロポンさんも、こいつに石化の呪いを押し付けられた大勢の人々も、きっとこいつより遥かに素晴らしいなにかを、その魂に宿していたはずなのに。


 だけど、こいつはそんな人たちを嘲笑うかのように石に変えてきたんだ。


 その報いを、ここで受けてもらう。





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ナユタの【吸血】は、生まれつきの才能や、努力によって後天的に獲得した技能等、あくまでその人本人の長所を取り込む能力であり、ダンジョンスキルのように超常的な存在から与えられた、後天性の後付け能力は取り込むことができません。ただし、もし前世からの持ち越しや転生特典等が存在したり、異世界出身だったりで、生まれつき魔法や謎の能力を持っている人がいれば、それは本人の才能とみなされて取り込める可能性はあります。

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