第047話「カズト」

「ヘイヘイヘイ! ついにやってきたぜこの日がよぉ! 俺様の記念すべき星二ダンジョン初配信の日がやってきたぜ!! お前ら、準備はできてるかー!?」



:待ってた!

:相変わらずテンション高いwww

:カズト様ー! 抱いて―!

:星二を単独攻略とか前代未聞だろ……

:チャンネル登録者数51万超え。流石だぜカズト様!

:盛り上がって参りました!



 俺がカメラの前でテンション高く叫ぶと、配信を観に来た大勢の視聴者たちから続々と応援や期待のコメントが投げかけられる。


 いつ見てもゾクゾクするな、この瞬間は。俺という人間が特別であることを実感できて、最高に気持ちがいい。


 子供の頃から自分は特別な人間なんだという自覚はあった。特に勉強や運動ができたわけじゃなかったけれど、それでも他の連中とはどこか違う。そんな確信めいた予感が俺の中にあったのだ。


 だから、他人が部活だの受験だの必死に努力しているのを、どこか冷めた目で見ていた。


 俺は特別なんだ。お前らは頑張ってせいぜい凡人止まりの人生を送ってくれ。ああ、なんて可哀想な奴らなんだろうと蔑みながら……。


 そして実際、俺は特別な存在として今ここにいる。有象無象のモブ共とは一線を画する、物語の主人公のような存在としてな!


「さあ、行くぜ! 目指すは星二ダンジョンボスの単独撃破! そしてチャンネル登録者数100万人だ!」


 目の前の木に浮かび上がっている、骸骨剣士のようなモンスターと二つの星の描かれた魔法陣に手を乗せると、俺は転移の感覚に身を任せた。


 転移した先は、古びた遺跡のような場所だった。壁には苔のようなものがビッシリと生えており、地面には無造作に骨が転がっている。


「ホラーゲームにありそうなダンジョンだな! 全員トイレは済ませたか? 俺の動画は少し刺激が強めだから漏らすなよ?」



:死なないけどグロいもんなw

:おい、今なんか動いたぞ!?

:スケルトンダンジョンかよ

:今日は一段とグロそうだなおいw

:カズト様死なないでー!

:幽霊系は苦手なんだよー

:今カズトの後ろに女の影が見えたような……



 視聴者が騒ぐ通り、どうやらここはスケルトン系のモンスターが出現するダンジョンのようだ。


 だが、どんなモンスターだろうと俺の敵ではない。俺は左手をポケットに突っ込むと、右手でカメラを回しながら悠々とダンジョンの中を進んでいく。


 と、そのとき。ふいに廊下の角からガシャガシャと音を立ててモンスターが現れた。


 それは身の丈二メートル近くはある巨体の骸骨剣士だった。二本の剣を両手に握りしめ、ギロリと俺を睨みつけてくる。


 そして勢いよく地面を蹴って飛び上がると、その巨体からは想像もつかないほどのスピードで俺に斬りかかってきた。


「ぐあぁぁぁぁーーーーッ!」


 左手を肩から切り落とされ、身体にも一直線の深い裂傷が入った。


 痛ぇ、痛ぇぇよ……チクショウ!!


 が、次の瞬間には俺の身体は元通りになり、傷口のあった場所から魔法陣のようなものが浮かび上がってきた。


 それを骸骨剣士にぶつけてやると、奴の左手が吹っ飛び、身体には先程の俺と同じような深い裂傷が入る。そして、そのまま粉々に砕け散ってダンジョンの床に散らばった。



:相変わらずグロいw

:無敵すぎぃぃぃwww

:うおぉぉぉぉ! カズト様ぁぁあああ!!

:ダメージそのまま返せるとか強すぎるだろ

:チート過ぎひん?

:カズト様……好き……

:かっこいいぃぃぃい!

:無敵だけど痛みはあるんやろ?

:↑俺なら一回でも無理だわ。イカれてやがるぜ……



 骸骨剣士を仕留めた俺は、カメラに向かって決め顔を作りながら視聴者に向かって堂々と言い放つ。


「どうやら星二ダンジョンのモンスターも俺の【転傷】の前には無力だったようだな! お前ら、俺の勇姿をちゃんと目に焼き付けたか? 星二ダンジョンを初見でソロ攻略する男、カズトの動画を生で見れてるお前らは運がいいぞ」


 これが俺のチートスキル【転傷】だ。


 あらゆるダメージを魔法陣に変換して、自分ではない別の誰かに押し付けることができる。


 即死してしまえばさすがに生き返ることはできないので気をつけなければならないが、前に一度うっかり首を切断されてしまったときも、しっかりこのスキルは発動してくれた。


 完全に死ぬまでのタイムラグというのは案外大きいもので、殆ど無敵のスキルであるといっても過言ではない。


「さあさあ、どんどん先に進むぜ!」


 視聴者の称賛コメントを糧に、俺はモンスターを倒しながらダンジョンの中を意気揚々と進んでいく。


 ……おっと、そろそろアレ・・をなんとかしないとな。


 チラリと天井を見上げると、禍々しい巨大な魔法陣が視界に飛び込んできた。カメラには映らないようにしているので視聴者は当然これの存在には気づいていない。



 最初、大学の馬鹿どもに無理やりダンジョンに同行させられたときは、こんなくだらねーことで俺の人生が終わっちまうのかとヒヤヒヤしたもんだが……。


 俺を配信用のカメラマンにしようと、暴力で脅迫してきたゴミどもが全員無様に散って逝ったのは、今でも笑いが込み上げてくる。

 

 特別な俺だけがチートスキルに目覚めて生き残った。まさに主人公補正ってやつだろう。


 しかし、チート能力にはそれ相応のデメリットがつきものだ。俺の【転傷】にも当然、とてつもないデメリットがある。


 それは、能力を使うごとに体のどこかが石化してしまうという呪いだ。


 どの部分が石化するかはランダムだが、最悪の場合一回の使用で鼻や口の部分が石化して窒息死しまう……なんてこともあり得る、普通なら絶対に使えない欠陥スキルだ。


 だけど、天才的な俺の頭脳は解決策をすぐに閃いた。


 俺の【転傷】を使って石化現象ですら誰かに押し付けちまえばいいんじゃないかってな。


 だが、そううまい話はないものらしく、ダメージと違って呪いや病気などの強力なデバフは相手にぶつけることができなかったのだ。


 強力なデバフを誰かに移すには、俺が「引き受けてくれ」と頼み、相手がそれを了承しなければならないらしい。


 当然知能もなく、敵であるモンスターにそんなお願いは通じない。つまりダンジョンの中で誰かに石化を移すのは実質不可能ということだ。


 ――でも、やはり俺は選ばれた人間だった。


 ボスは倒せたが、外部に溜めていた石化のデバフは破裂寸前の状態で、このままダンジョンの外に出れば俺は無残に石化して死ぬ。もう駄目かと膝を折ったとき、地面に転がっている配信中のスマホが目に入ったんだ――。



「くそ! やはり星二ダンジョンは一筋縄じゃいかないな。視聴者のみんな! どうか俺の痛みを、悲しみを、そして苦しみを……引き受けてくれぇぇぇぇーーッ!!」



:任せろカズト!

:俺たちがその痛みを引き受けてやるぜ!

:だから安心して戦ってくれ!

:頑張れカズトー

:カズト様の痛みは私共が引き受けます!

:みんなでカズトの苦しみを分かち合おう!



 視聴者たちによる熱烈な応援コメントが届いた瞬間、天井に浮かんでいた禍々しい魔法陣が光を放ち霧散する。


 クククク……。今、石化の呪いは間抜けな視聴者の誰かに押し付けられた。これで俺への呪いは解除されたわけだ。


 視聴者に俺の呪いを全てを押し付ける。これが俺の編み出した無敵の作戦だった。


 スキルはダンジョンの中でしか使えない。だけど、発想を変えれば俺さえダンジョンの中にいれば、ダンジョンの外にいる相手にもその効果を発揮することができる。


 これで本来はまともに使えないはずのチートスキルを、俺だけがなんのデメリットもなく使い放題ってわけだ。


 こんなことを考えつくのはきっと俺みたいな天才だけだろう。


 最近アメリカでは星三ダンジョンが攻略されたらしいが、エリートたちが大勢でようやくってところらしいじゃないか。俺のようにたった一人でダンジョンを攻略している人間なんて、世界中を探しても俺くらいしかいないに違いない。


 俺は特別なんだ。いずれは星四……いや、星五のダンジョンすら攻略して世界史にその名を残す偉人となってやる!


「まだまだ俺の進撃は止まらないぜ! お前ら、俺の雄姿をその目に焼き付け――」



 ――バリンッ!!



 突如ビリっとした感覚が右手に走ったかと思うと、持っていたカメラが大きな音を立てて地面に落下して、爆発するように木っ端微塵に砕け散った。


 ……は? え? なにが起きたんだ……?


 呆然と立ち尽くす俺の後方から、やけにイケボの女の声が聞こえてくる。



「なるほど、そうやってなんらかのデメリットを視聴者に押し付けてたってわけか。とんでもないクソ野郎だなお前?」



 振り向くと、そこにはフードを被った怪しげな少女の姿があった。


 非常に小柄で、小学校高学年から中学生くらいに見える。しかし、その身体は服の上からでもわかるほどスタイルがよく、胸は服がはち切れそうなほどに大きい。


「な、なんだお前は!?」


 モンスター!? いや、こんな知性ある人型のモンスターが星二程度のダンジョンで出現するはずがない! 人間か!?


 だが、星二ダンジョンに俺以外の人間が単独で潜れるはずが……。


 右手に杖を持っている。あれは"雷光の杖"か? あれでカメラを破壊した?


 そうじゃない! 今はそんなことを考えている場合では! カメラが壊れたのはマズい! 視聴者がいなければ石化の呪いを誰かに押し付けることが……。


 だけどこんなときのために、まだ予備のスマホがいくつか――


 急いで鞄を探ろうとした瞬間、少女は凄いスピードで俺に向かって突っ込んできた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る