第046話「石化事件」
《次のニュースです。日本全国で多発している、人々が唐突に石化してしまうという怪事件ですが、昨夜も新たに一名の被害者が報告されました。被害者は北海道に住む二十代の男性で――》
テレビから流れてきた音声に、俺は思わず食事をする手を止めて聞き入ってしまう。
――石化事件。それはここ最近、日本中で発生している怪現象だ。
ある日突然、人が石になって動かなくなってしまう。原因は一切不明。その数はすでに二桁を優に超えており、被害者は増える一方であった。
被害者は老若男女問わず日本全国で確認されており、新たなウイルスだとか宇宙人の仕業だとか、ネット上では様々な憶測が飛び交っている。
テレビのコメンテーターたちがあれこれと持論を述べているが、結局それらも推測の域を出ず、なんの進展もないまま日本全土は不安に包まれていた。
「物騒な事件ですよねー」
「被害者が全て日本人っていうのも不気味だよなぁ……。警察ではなにか掴んでないのかよ?」
「実は掴んでます」
「え、マジで!?」
十七夜月の発した言葉に、俺は驚いて大声を上げてしまう。
てっきり、政府も警察もまだなにも掴んでいないと思っていたから、びっくりだ。
「被害者の全員が、石になる前にスマホかパソコンでとある動画を見ていたことがわかっているんです。なんでもその動画は、ダンジョン配信者の実況動画だそうで」
「……それって、カズトの動画か?」
「知ってましたか」
「そりゃ日本で有名なダンジョン配信者なんてあいつくらいしかいねぇだろ」
「ええ、だから彼が重要参考人なのは間違いないのですが……如何せん被害者が石化した時間は彼はダンジョンの中ですからね。アリバイが証明されているので、捜査本部も頭を抱えていますよ。動機も方法もなに一つわかってない状況ですし」
確かにそうだ。動画の配信中はカズトはダンジョンの中にいる。そこから視聴者に対して犯行を行うのは物理的に不可能だ。
……
「ダンジョンのスキルか、もしくは魔導具による超常的犯行……てことか?」
「だとしたら現状、警察ではお手上げですねー。もぐもぐ……うん、先輩本当に料理の腕が上がりましたね。美味しいです」
俺の作った料理を頬張りながら、十七夜月は呑気にそんな感想を述べる。
最近は当番制で料理を作るようにしている。最初はちょっと面倒だったけど、こうして自分の作った料理を誰かに食べてもらうのは案外悪くないものだ。美味しいという感想をもらえると、素直に嬉しいし。
「ところで、そんな重要な内部情報を俺に話してよかったのか? 守秘義務違反とかにならない?」
俺の心配に対して、十七夜月はさもはおかしそう笑う。
「なりますよ? 人にならね。でもペットの前で飼い主が独り言を呟くなんて、よくある話でしょう?」
「誰がペットじゃい!」
「お手」
「わん!」
手を犬のようにして差し出すと、十七夜月はそこにデザートのプリンをのせてくる。
もぐもぐ……うまし。
所詮俺は戸籍もないノラ吸血鬼よ。ご主人さまの命令に逆らうことはできないのである。この生活を守るためならペット扱いも甘んじて受け入れようじゃないか。
くぅ~ん……。
◇
「ふむ、今日の配信はこのくらいにしておくか。血袋ども、今日もご苦労だったぞ。それではゆっくり休むのだぞ?」
:ナユたそもお疲れ~
:今日もかわいかったよー!
:おつおつー
:ちゃんと宿題してから寝るんやで
:ナユたその声聞いてると癒されるわ~
:ナユタ様に吸血されたい
今日も俺のファンたちは元気そうで何よりだ。チャンネル登録者数も順調に増え続けているし、登録者数20万人という目標もそう遠くないうちに達成できそうだな。
しかし吸血か。そろそろオフ会を開催して、文字通り血袋どもから血を頂戴してもいい頃合いかもしれない。
問題は参加メンバーだが……。ふむ、一度『血袋同盟』のヒロポンさんに連絡を取ってみるか。あの人は是非とも吸血したいメンバーの一人だからな。
「……ん? そういえばヒロポンさん、最近俺の切り抜き動画を上げてないな?」
以前は毎日のように切り抜き動画を上げてくれていたのだが……。
忙しいのだろうか? それとももしかして推し変されてしまったのか? 彼は最古参のファンだし、そうだったらちょっとショックだなぁ。
「あれ? よく見たらSNSも更新止まってるな」
ヒロポンさんのSNSアカウントを覗いてみるが、ここ一週間ほど投稿がない。
ううむ、ちょっと気になるな……。
「オフ会の件もあるし、一度こっちからコンタクトを取ってみるか」
意を決して、俺はヒロポンさんにダイレクトメッセージを飛ばす。
するとすぐに既読がついた。どうやらSNSの投稿が止まってただけらしい。……しかし返信はなかなか返ってこない。
それから一時間後、ようやく返信が届いた……のだが、その内容は驚くべきものだった。
〈初めましてナユタ様。ヒロポンの母で御座います。息子は先日、ニュースでも話題になっている石化事件に巻き込まれ、現在も生きているか死んでいるかもわからない状態です。息子はナユタ様の大ファンで、よく配信を拝見させて頂いていたようです。この度はわざわざご連絡いただきまして、誠に有難う御座いました。ナユタ様に気にかけて頂いて、息子もきっと喜んでいることと思います。息子に代わって御礼申し上げます〉
メッセージはそこで終わっていた。
ヒロポンさんが、石化事件に巻き込まれた……?
「…………」
会ったこともなければ顔も知らない、通話どころかSNSでメッセージのやり取りすらしたことがない相手だ。年はいくつで、どこに住んでいて、どんな人なのかも俺は知らない。
だけど、それでも……彼は俺のファン第一号で、チャンネル登録者数が12人しかいなかった頃から、ずっと応援し続けてくれた人だったのだ。
リビングまで戻ると、俺はソファーに座ってスマホをいじる十七夜月の隣に腰を下ろす。
「……先輩? どうかしたんですか?」
「なあ、十七夜月。もしカズトが石化事件の犯人な証拠を摑んだとして、警察は逮捕できると思うか?」
「う~ん、その証拠が魔法みたいな力だったら難しいかもしれないですね……。ダンジョン関連は法の整備が追い付いていないのが現状ですし、仮に逮捕できても司法に死刑の判決が下せるかは怪しいですねー」
そうか。そうだよな……。
ダンジョンの中から魔法のような謎の力で人を石にしました。なんて言われても、法律や常識が追い付いていない現状じゃ裁きようがない。それが法治国家だ。
「カズトの動画配信を強制的に停止させることはできると思うか?」
「まだ疑惑の段階ですし、海外の動画サイトを使用しているのでそれも難しいと思いますね。仮にマスコミに情報を流して動画を見ないように働きかけたとしても、ネット上では逆に話題になってカズトの人気が高まる可能性もありますし」
そうなんだよぁ……。視聴者の心理ってのはそういうもんだからなぁ。
今はまだダンジョン配信イコール『死んでみた動画』っていう認識が強いから、カズトの動画も爆発的にはバズってないけど、マスコミが取り上げ始めたら一気にブームが加速する恐れがある。
逮捕もできない、動画を見ないよう呼びかけることもできない、八方ふさがりな状況だ。
「もしかして、先輩。カズトを捕まえようなんて思ってます?」
「悪いか?」
「いえ、ダンジョン関連の事件なんて警察の手に余る案件ですからね。先輩が動くというなら、応援しますよ?」
「もしかしたら、俺は人を殺すことになるかもしれない」
「……法では裁けない悪人を征伐する吸血鬼、ですか。かっこいいですね!」
茶化すな。こっちは結構真剣に悩んでいるんだ。
しかし、そんな俺の気持ちとは裏腹に十七夜月はケラケラと笑いだす。
「あはは。でも安心してください先輩。もし先輩がやむなくカズトを殺めることになっても、私が一緒に背負ってあげますよ。ペットの不始末は飼い主の責任ですから」
「警察官がそれでいいのかよ……」
「いいんですよー、それが私という人間なので。それに、先輩ならきっと上手くやれますって」
根拠のない自信だが……。それでも、十七夜月の言葉は俺の心に染み渡った。
ソファーから立ち上がると、俺は自室に戻って準備を始める。次回のカズトの配信は三日後。初の星二ダンジョンに挑戦すると告知している。
俺にとっても初めての星二ダンジョンだ。万全を期して挑まなければ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます