第045話「ダンジョン配信者」

「……というわけで、我はフロラと結婚するのである。光の羽衣も貰えるし、彼女は最強の攻撃呪文も覚えるのだから当然の帰結であろう?」



:おい、やめろ

:てめーは全幼馴染派を敵に回した

:ナユたそ現金すぎワロタ

:僕はナユたそと結婚したいです!

:さすが吸血鬼、人の心がない

:フロラ派の俺氏大歓喜w



 コントローラーを操作して、金髪の幼馴染ではなく青髪のお嬢様を結婚相手に選択すると、リスナーから大バッシングを受ける。


 だが、俺は構わずに「はい」を選択して、青髪のお嬢様を結婚相手として確定させた。


 コメント欄はいっきに大荒れとなり、非難轟々である。


「ええい! 黙らんか血袋ども! 我はこれからフロラと勇者の生産に勤しむのだからな。貴様らがいくら騒ごうと無駄なのだ!」



:くっ、この外道が……

:勇者の生産は草

:ナユたそ子供の作り方知ってるの?

:ぐへへ……おじさんが教えてあげる

:↑消えろ

:リアルJCに下ネタはやめろマジで

:ナユタ様ちゃんと受験勉強もするんやで

:ナユたそ……ゲームは一日一時間だぞ

:お前らお父さんかよw



 某国民的RPGを実況プレイする俺に、血袋こと視聴者たちが次々とツッコミを入れてくる。


 あれから既に二週間が経過しており、ネットの片隅で密かにバズったあの動画の影響で徐々に数を増やしていった俺の"吸血姫ナユタちゃんねる"の登録者数は、10万人に届こうとしていた。


 今日も同時接続数は1000人を超えており、超とまではいかないまでも、はっきりいって人気Vtuberの仲間入りを果たしたといってよいだろう。


 SNSのフォロワー数もどんどんと増えていて、先日ついに2万人を突破。軽くエゴサーチをしてみると、俺の熱狂的なファンとして『血袋同盟』なるコミュニティまで出来上がっていた。まさに飛ぶ鳥を落とす勢いというやつである。


「おっと、今日はそろそろ時間であるな。それでは、血袋ども。明日もちゃんと見にくるのだぞ? おやすみなのである」



:おつかれ~

:ナユたん、おやすみ~

:乙!

:また明日も楽しみに待ってるよ~

:これだけが生きがい

:毎日の楽しみが終わってしまう……



 配信ソフトを終了させ、カメラをしっかりとオフにしてから、今度はSNSのチェックを行う。


 ……まったく、人気者は忙しいぜ。


 ちなみに『異世界空戦記』はもう引退した。一ヶ月もログインしなかったのでさすがに巻き返すのは難しく、元トッププレイヤーの俺としてはエンジョイ勢に混じって遊ぶのはどうしても気が引けたのだ。


 まあ、Vtuberだけじゃなくダンジョン攻略もしなきゃならないので、ゲームに割ける時間が減ってしまったというのも引退の理由の一つではあるが。


 この間ライソで連絡を取ったら、どうやら桃華も引退したらしい。真面目に学校に通ってたら人気ソシャゲでトッププレイヤーを維持するなんて不可能だし、当然といえば当然か。


 俺がVtuberを始めたって言ったら羨ましそうにしてたし、今度あいつも誘ってみるか。あいつは特徴的なアニメ声だし、ネット上ではトーク力も高いからVtuberに向いてそうなんだよな。


「……お? "ヒロポン"さんが早速切り抜き動画をアップしてくれてるな」


 そんなことを考えつつSNSを眺めていると、先程の配信の切り抜き動画が早くも拡散されていた。しっかりと俺のチャンネルに誘導してくれている辺り、さすがヒロポンさんといったところだな。


 ヒロポンとは、俺のチャンネル登録者数が12人しかいないころからの古参視聴者で、例の動画を拡散してくれた人物でもある。今こうして俺が人気Vtuberとして活動できているのは、彼の功績も大きいだろう。


 彼は『血袋同盟』の創設者でもあって、顔も知らないし直接DMでやり取りしたこともないが、俺としては感謝してもしきれない相手だ。


 もう少し人気が安定して余裕ができてきたら、吸血オフ会を開こうと思っているので、そのときはぜひとも招待したいと思っている。


「げ……またカズトからDMが来てるじゃねーか……」


 血袋たちとのオフ会を妄想して綻んでいた俺の顔が、画面に映ったDMの通知を見て一瞬にして曇る。



 ――ダンジョン配信者"カズト"。


 こいつはダンジョンに入ってすぐに死ぬのが当たり前のダンジョン配信者の中において、ソロでダンジョンの探索を続けながら何故か毎回無傷で生還するという、謎の偉業を成し遂げているやつであった。


 ダンジョン配信イコール『死んでみた動画』という認識を覆し、現在俺に匹敵する勢いで登録者数を伸ばしている、若きカリスマダンジョン配信者である。


 俺がリアルボディを晒した例の動画を見たらしく、オフで会わないかとしつこく誘ってくるのだ。



「会うわけねーだろ。文面から性欲と性格の悪さが滲み出てるんだよ」


 メッセージでは「本当に現役JCなの? もちろん処女だよね?」だの、「俺の裸の写真を送るからナユタちゃんの裸も見せてよ」だの、非常に不愉快な内容しか送ってこない。


 しかもあの動画以外、普段の俺の動画は全く視聴していないらしく、身体だけが目当てでVtuberとしての俺にはまるで興味がないのが丸わかりだった。


 はっきり言って俺が生理的に無理なタイプの男である。


「くそ……。こんなクズ男なのに、なんで俺よりチャンネル登録者も再生数も多いんだよ……」


 DMを既読スルーして、顔をしかめながらも俺はカズトの動画を視聴する。


 今のところ攻略しているのは全て星一ダンジョンであるが、動画の中のカズトは俺と同じくらい慣れた手つきでサクサクと先へ進んでいく。


 しかも、武器も防具も使わない徒手空拳でだ。


「……こいつ、やはり俺と同じチート能力持ちか?」


 モンスターの爪で切り裂かれたカズトの身体だったが、彼がなにかを呟くと傷は瞬く間に元通りになり、代わりに傷のあった場所から魔法陣のような文様が浮かび上がった。


 そして、その魔法陣を別のモンスターにぶつけると、そのモンスターの身体が先程のカズトと同じように切り裂かれる。


 続いて剣を持ったボスモンスターに右手を切断されたカズトだったが、再び瞬く間に元通りになり、今度はそこから浮かび上がった魔法陣をボスにぶつけると、ボスの右腕が切り落とされた。


「これは……カウンター系か? 受けたダメージを自分以外の誰かに移しているのか? ……無敵じゃねーか」


 即死でもしないかぎりどんな傷も一瞬で癒し、しかもダメージを別の人間やモンスターに肩代わりさせられる。まさにチートとしか言いようがないスキルだ。


「だが、これほどのスキル……大きすぎるデメリットがなきゃあり得ない。絶対になにか秘密があるはずだ……」


 俺の【直感】が、あのスキルには大きなリスクがあると告げていた。


 チート級の能力には、かつて俺が持っていた【吸血】のように本来はまともに使えないレベルの代償が必要なはず。そうじゃないとあまりにも不公平だ。ダンジョンを作った誰かは、きっとそんな不平等を許しはしない。

 

 今の俺の【吸血改】は吸血衝動以外に大きなデメリットはないが、それは【吸血改】は人間のスキルではなくモンスターの特殊能力という扱いだからだと俺は睨んでいる。


 だからカズトがただの人間である以上、ノーリスクであれだけのスキルを連発できるはずはないのだ。



《勝った……勝ちはしたが今日も苦しい戦いだった! 視聴者のみんな! どうか俺の痛みを、悲しみを、そして苦しみを……引き受けてくれぇぇぇぇーーッ!!》



 画面の中では、崩れ落ちるボスを前にカズトが絶叫している。


 ボスを倒した後の決め台詞なのか、コメント欄は「いいぜ」だの、「任せろ」だのといった言葉で溢れていた。


《ありがとう! 本当に……みんな、愛してるぜーーーーッ!!》


 カズトはそう叫ぶと、ボスが残したドロップアイテムを拾い、満面の笑顔を浮かべながら光に包まれダンジョンから消えていった。


 動画はそこで終了している。



「……なんか気になるな」


 最後の視聴者とのやり取り、あれ……なにか意味がありそうな気がする。


 だけど、今は考えてもわかりそうにない。


「まあいいか。DMを無視してりゃー、俺がこいつと関わることなんてないだろうからな」


 俺はそう結論づけて、パソコンの電源を落とした。



 ……このときの自分の考えが甘かったことを、俺はすぐに思い知らされることになるのだった。

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