第044話「Vtuberになろう」

「先輩、頼まれていた例のモデル、完成しましたよ」


「お、マジで?」


 夕食を終えてリビングでダラけていると、十七夜月がノートパソコンを持って話しかけてきた。


 俺は急いで身体を起こすと、その画面を覗き込む。


 画面には、黒を基調として赤のラインが入ったドレスを着た美少女のキャラクターが映っていた。


 所々に白のメッシュが入った腰まである長い黒髪に、クリムゾンレッドの瞳。勝気そうなツリ目に、スラリと通った鼻筋。小柄な身体と透き通るような白い肌は、どこか儚げで庇護欲をそそられる。


 だがその小さく華奢な身体つきに反して胸は豊満で、胸元が大きく開いたドレスから溢れんばかりの双丘が覗いている。


「おお! めちゃくちゃかわいいじゃん!」


「ふふん、当然です。私が丹精込めて作ったんですから!」


 くるくると画面を回転させながら、ドレスを着た美少女をあらゆる角度から確認する。


 これは俺が進化に進化を重ねた結果、最終的にはこうなるんじゃないかという予想の元に作られた最強無敵の美少女キャラ、"吸血姫ナユタ"だ。


 俺のモチベアップのため、そしてネット上で活動するためのアバターとして、十七夜月に頼んで作ってもらったのだ。


 さすがは学生時代から同人活動に勤しんでいるだけあって、その技術はプロ級。俺のイメージ通り、いやそれ以上のクオリティだ。


「……ん」


「なにその手は」


「お金ですよ、お金。先輩、私への報酬がまだですよ?」


「お前公務員だろうが……。こういう金銭の授受はダメなんじゃねえの?」


「居候が勝手に食費等を渡してきただけなのでなにも問題ないですー」


 こいつ……警察官としてそれで大丈夫なのか……?


 ……まあ、クオリティの高いアバターを作ってくれたし、ここは素直に感謝しておくとしよう。


 俺は財布から諭吉さんや渋沢さんをごそっと取り出し、それを彼女に手渡した。


 ダンジョンで魔導具を入手して裏ルートで売れるようになったので、最近はお金に苦労しなくなってきているからこの程度の出費は別に構わない。


「くふふ、せっかくかわいいモデルができたんだし、Vtuberデビューでもしてみようかなー」


 異世界空戦記のときと同じようにネット上で俺の信者を増やせれば、プロフィールを送らせて有用な長所を持った人間を選別できるから、より効率よく新たな能力を獲得する土台が作れることだろう。


「頑張ってくださいねー。応援してますからー」


 まったく興味なさそうに諭吉さんと渋沢さんを分別している十七夜月をその場に残して、俺は自分の部屋へと戻る。


 そして、早速"吸血姫ナユタ"としてVtuberデビューするべく、必要なソフトや機材を通販サイトでぽちったのだった。





「な、なんでチャンネル登録者数が全然増えないんだ……?」


 一週間後、俺はパソコンの前で頭を抱えて絶望していた。


 ネット上にアップされている俺の動画は、最高でも再生数は三桁止まりだ。チャンネル登録者数に至っては、一週間経ってもまだ12人しかいない。


 おかしい……。俺の予想では、今頃は登録者数が数十万人を超えててもおかしくなかったはずなんだけど……。


 モデルは控えめにいっても最高だし、声も他のVtuberには出せないような特徴ある美声なのに。


 試しにF5キーを連打してページをリロードしてみるが、何度見てもチャンネル登録者数は12万人ではなくたったの12人だった。


「今はみんな企業所属ですからねー。個人勢の新人なんて相当個性がないと厳しいですよ。先輩、声はいいですけど別に面白くないですし」


 ぱりぽりとポテチを頬張りながら、十七夜月が画面を覗き込んできた。


 お……面白くないだと!? 俺のトークスキルはピカイチだっていうのに、なんて言い草だ!


 お前だっていつも「先輩って本当に面白いですね、アホすぎて笑いが止まりません」とか言ってるじゃないか。


 だが、実際に再生数が伸びないということは、そういうことなんだろう……。くっそ、Vtuberを舐めていたぜ……。


「それでもなにかきっかけがあれば一気にバズったりもするんですけどねー」


「……きっかけか」


 そう、今求められているのはなにかバズる要素なのだ。


 いや……待てよ? 俺はリアルでは芸能人でもいないレベルのボディを持った少女だし、それを上手く生かすことができればあるいは……。


「くっくっく……。いい作戦を思いついたぞ! 十七夜月、お前も協力してくれ!」





 それから数日後、作戦決行の日は来た。


 今日は今までで一番同時接続数が多い日だ。SNSでの宣伝もしっかり行っているし、ここが勝負どころとみて間違いないだろう。


 数少ないリスナーに向けて俺は軽快なトークを繰り広げていく。


 ……そして、ついにその時がやってきた。


「それじゃあ、血袋ども (リスナーの呼び方)。今日も我の配信を閲覧しにきてくれたことを感謝してやるのである。また明日も配信してやるので、チャンネル登録を忘れずにするのだぞ?」



:相変わらず声がイケボすぎる!

:もっと知名度上がってくれ!

:無理しないで、毎日配信してくれるだけで幸せやで

:かわいいよ~

:歌も上手いしな、もっと評価されていい

:おやすみ、ナユたそ~



 よし、終了の挨拶を済ませてもまだ20人以上の同時接続者がいる。これをうまく利用できれば、人気は確実に出るはずだ!


 俺は大きく深呼吸をして、ついにそれを実行に移した。


「ふぇ~……疲れたよぉ~。がんばってVtuberになってみたけど、私って才能ないのかなぁ~ (アニメ声)」



:ふぁ!?

:カメラ切り忘れてる!?

:え、待って待って待って

:まじか

:リアルナユたそ映っちゃってるやん

:やばすぎwww



 配信を切り忘れた風を装ってリアルの肉体をわざと晒すと、コメント欄が一気に加速した。


 よしよし、いいぞいいぞ。まだ人が大分残ってる。この勢いに乗るんだ!


 俺は胸元がカメラにアップで映るように、できるだけ前傾姿勢になって【アニメ声】を使用して舌っ足らずな喋り方を意識する。


「でもぉ、もうちょっとだけ頑張ってみようかな。少しだけど、応援してくれる人いるし…… (両腕で胸を挟むポーズ)」



:おっぱいでかすぎ!

:やべえよ、やべえよ

:これは……いいものだ……

:く、顔がギリギリ見えない

:顔見たい!

:声かわいすぎじゃね?

:普段のイケボはキャラに合わせてたってことなのか……

:ふぅ……

:めっちゃいい匂いしそう



 配信が終わったあとだというのに、同時接続数がむしろどんどん増えていく。おそらく誰かがSNSで宣伝しているのだろう。


 いいぞ、この調子で畳みかけよう。かもん! 十七夜月!


「ナユタ~、ご飯できたよ~?」


「あ、お姉ちゃん。もうそんな時間なんだ~」


「あら? また動画配信してたの? お母さんにバレると怒られるから、ほどほどにしときなさいよ (迫真の演技)」


「うん、わかってるよ~。お姉ちゃんも内緒にしてくれてありがと~」


 うーん、と伸びをして立ち上がる。今度はカメラにおへそとふともも部分がアップで映るように体の位置を調節する。



:なんかお姉ちゃんきたw

:ナユたそ幼い感じだけどいくつくらいやろ?

:声だけだけどお姉ちゃんもたぶん美人やな

:ナユタちゃん妹なのか、これは良き

:JCか、JKか……

:うお! お腹が映った

:ふとももエッッッッッ



 同時接続数はどんどんと伸びていき、コメント欄もさらに加速する。


「ご飯食べたら宿題もちゃんとやりなさいよ?」


「はぁ~い」


「来年は高校受験もあるんだから、そろそろ勉強も頑張らないとね (現役JCを強調)」


「わ、わかってるよ~」


 最後に、カメラに顔から下が全部映るような位置に体をずらして、俺の【神乳】、【超美脚】、【引き締まった肉体】、【桃尻】が全て見えるように調節する。


 ちなみにキャミソールに短パンというラフな格好なので、かなり肌色成分が多めだ。



:リアルJC……だと!?

:JCでこのボディはやばい

:チャンネル登録しました!

:顔はわからないけど、身体はアバターと殆ど一緒じゃん!

:エチエチすぎる

:これは神回確定ですわ~

:誰か切り抜き班、動画の拡散はよ

:明日の配信が楽しみだw

:絶対にバズるぞこれ……



 しばらくその状態で静止して惜しみなく肉体美を見せつけていると、コメント欄はかつてない程のスピードで流れていき、そして同接者数1000人という数字が映し出されていた。


「ちょっとナユタ、もしかしてそのカメラ切れてないんじゃないの?」


「え? うそっ!? きゃー!」


 胸を押し付ける勢いで慌ててカメラに向かい、ドアップの胸の谷間を最後に映してそのまま配信を終了する。


 チャンネル登録者数をみると、なんと既に500人以上も増えており、この勢いだと明日にはとんでもないことになっているかもしれない。


 カメラやマイクがちゃんと切れているのを確認してから、俺は顔を歪めてガッツポーズを決める。


「くっくっく……。中の人が実はアバターとほぼ一緒な身体をした美少女でした、とかバズらないわけがないんだよなぁ!」


「いやー、よく考えましたよねー。そのドスケベボディを利用してバズらせようだなんて。こういう姑息な手段だけは先輩、得意ですよね」


「はっはっは、よせやい。照れるじゃねーか」


「褒めてないですからね? 調子にのって、台本よりサービスしすぎてたのもマイナスですよ。あれ、一生ネットに残るんですからね?」


「う、うるせー! お、お前だってノリノリだっただろうが!」


 ぎゃーぎゃーと二人で騒ぎながら、俺たちは今日の作戦の成功を祝して夜遅くまで飲み明かしたのだった。

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