第043話「賭博堕天使ナユタ④」
「オープンリーチ!」
天和をあがって続いての連荘――俺は牌を全オープンしてのリーチを仕掛けた。
『ええええーーーー! ナユタ選手、なんとオープンリーチです! しかしこれはリーチしか役がないぞぉ! まだ3順目でいくらでも役を作れるというのに、一体なにを考えての行動だぁぁーーーッ!?』
俺のまさかの暴挙に、会場内が騒然となる。
そんな会場の困惑も意に介さず、俺は山から牌をツモると、それを卓に叩きつけながら高らかに叫ぶ。
「カン!」
『ナユタ選手、今度はカンだぁぁーーーー! し、しかもこれは……カンドラが乗っているぞぉぉーー! 槓子の四枚が全てドラに変貌したぁぁーーッ!』
実況うるせぇな……。
ていうかこの声、草サッカーの実況をしていた歌い手のお姉さんじゃん。こんなとこでなにやってんだよ。
まったく……どいつもこいつも借金借金って。もっと計画性を持って人生を送らなきゃダメだろ。やれやれ、俺はこんな大人にだけはなりたくないね。
と、余計なことを考えている場合じゃないな。まだ最後の締めが残っているのだ。
「咲き乱れよ――俺の桜華!」
俺は嶺上牌をツモると、 それをそのまま河に叩き付ける。
『な、なんとぉぉーー! ナユタ選手、"
ざわざわと会場内が騒めくなか、俺はちっちっちと指を振る。
そして、ニヒルな笑みを浮かべてこう言ってやった。
「まだ、俺のターンは終わってないぜ?」
二枚の裏ドラに指を添え、それをくるりと回転させて卓上に晒す。
「な……」
「嘘だろう?」
「ば、馬鹿なぁぁぁーーッ!?」
優羽さんと小金さんが信じられないといったような表情を浮かべて俺を見る。武手木に至っては口から泡を吹いて、白目を剝いていた。
『なんということだぁーーッ! 裏ドラが五枚も乗っています!! ということは、オープンリーチで二飜、リャンシャンツモで二飜、ドラが九枚で……これは数え役満だぁぁーーッ!!』
これで俺の持ち点は96,500点。同時に優羽さんと小金さんがハコ割れとなり、俺の勝利が確定する。
実況のお姉さんが興奮しきった声で叫び続けているなか、俺がドヤ顔で両手を挙げてコロンビアポーズを決めると、VIPルームの外から割れんばかりの拍手と歓声が鳴り響いた。
「ふ、ふざけるな! イカサマだ! こんなのイカサマに決まっている!」
「難癖つけるのはやめてくださいー。ちょっと運が良かっただけですー」
武手木が唾を飛ばしながら抗議してくるので、俺はヘラヘラと笑いながら受け流してやった。
……まあ、やってるけどさ。イカサマ。
最初の天和は、床に落ちた百円に全員が一瞬気を取られた隙に、あらかじめ上がりを積み込んであった目の前の牌山と自分の牌を全て入れ替えたんだよね。
これは"
非常に難易度が高い技だが、【いかさま師】を所有しており、これが【全能力+1】の効果でさらに強化されている俺なら難なく成し遂げることができる。
俺の"
画面越しならスロー再生すればバレるだろうが、このVIPルームが全自動麻雀卓を使用していないことからわかるように、この部屋はイカサマ公認なのだ。
対戦相手にバレなければイカサマも合法。それがギャンブルなのだよ。
……というか武手木。お前だってイカサマしてただろうが。俺はちゃんと気づいていたけど、場を盛り上げるためにわざと指摘しないであげたんだよ。感謝しろよな、まったく。
そして最後の数え役満は、全員が動揺していたので仕込み放題だった。役なしを数え役満まで持っていくのはなかなかの難易度だったが、勝負の締めに相応しい美しいあがりだっただろう?
ともあれ、これで俺の勝ちだ。盟約通り、彼らには血を提供してもらうことにしよう。
「クククク……決着はついたようですな。それでは敗者の皆さんには、この注射器でたっぷりと献血していただきましょう!」
VIPルームの扉が開き、悪そうな顔をした信濃川さんと大勢の黒服がどかどかと入ってくる。
彼らは素早く武手木たち三人を椅子に拘束すると、その腕に注射針をぶっ刺した。
「そ、そんな! まさかナユタちゃんがスポンサー『X』だったなんて!?」
「く……くそ! こんなところで俺は終わっちまうのか……」
「ぼ、僕はまだ死にたくなぁーーい! 許してくれぇぇぇーーッ!」
悲鳴を上げる優羽さんたち。だが信濃川さんはそんな彼らを嘲笑うと、コップ一杯ほどのボトルの中に抜き取った彼らの血を回収していく。
「クククク……ミスナユタ。彼らが干からびたミイラになるまであと何分か、実に見ものですなぁ?」
え、えっと……? 一滴でよかったのですが? 優羽さんたち、めっちゃ泣いて悲鳴あげてるんだけど……。
外からはこの残虐ショーを見学しているクズの金持ちどもが大盛り上がりしている声が聞こえてくる。
「ささ、ミスナユタ。好きなだけ飲んでいただいて結構ですよ?」
なみなみと血で満たされたボトルが目の前に置かれ、信濃川さんがクククと笑う。
い、いや……こんなにいらないんだが。え、え~……これを全部飲むの?
「ナユタちゃん助けてーーッ! まだ死ぬのは嫌ーーッ!」
「君には人の心がないのか! 彼女はプレイの最中、ずっと君のことを気遣っていたんだぞ!?」
「うぁ……。ふはは……これは夢だ。悪い夢なんだ……」
「クククク、こんな残虐なショーは私でも思いつきませんよ。ミスナユタ、あなたという人間は本当に最高だ!」
優羽さんたちが泣き喚き、信濃川さんや黒服たちは腹を抱えて笑っている。
VIPルームは阿鼻叫喚の地獄絵図と化し、もはや収拾のつかない状態になっていた……。
◇
あの後、結局俺は彼らから血を一滴だけ貰って解放することにした。
信濃川さんは「なんだ、死ぬまでやらないのですか?」と残念そうな顔をしていたが、やるわけないだろう……。これだから裏社会の連中は……。
控室の扉を開けると、優羽さんと小金さんがガックリと項垂れているのが目に入る。命は助かったが、一億円を入手することはできなかったので、絶望に打ちひしがれているのだろう。
ちなみに、武手木は失禁しながら気絶してしまったので、黒服にどこかに運ばれていった。
「ナユタちゃん……」
「ナユタくん! 君は――」
俺に気づいた優羽さんが目に涙を浮かべながらこちらを向き、小金さんが少し怒ったような表情でなにかを言おうとしたが、俺はそれを手で遮る。
そして床に銀のアタッシュケースを置くと、彼らにそれを開けるよう促した。
中に入っている札束を目の当たりにし、二人は驚いた表情を浮かべる。
「それ、優羽さんにあげます。ああ、小金さんの借金は確か1000万円でしたっけ? 小金さんもこの中から借金分だけ持っていっていいですよ? 残りが優羽さんの取り分です」
彼らはまだ事態が呑み込めていないのか、口をパクパクさせている。
俺は背負っていたギターケースの中から『癒しの杖★★★』を取り出すと、"エクストラヒール"で小金さんの膝を治療してやった。
「き、君は……何故俺たちにこんな……」
「小金さんはついでですよ。ただの気まぐれです。……優羽さん、俺はあなたのファンだったんですよ」
アイドルグループ、"桃色スターチス"の市川優羽。学生時代に俺が一番好きだったアイドルだ。
彼女たちの歌う『カムバックトゥアナザーワールド』は、俺の人生最大のヒット曲だと言ってもいい。めちゃくちゃハマって何度リピートしたかわからない。
特に「記憶の糸が途切れても君を見つけたらきっと思い出す」のフレーズが超絶エモくてさぁ。
当時は男だったからカラオケで歌うのはさすがに恥ずかしかったけど、今はカラオケでも路上ライブでも真っ先に歌っちゃうくらい好きな曲なんだよね。
それに、麻雀の最中も彼女は自分が勝つことより、ずっと俺のことを心配してくれていた。
だからそんな彼女を助けるなんて、俺からすれば当然のことなのだ。一億円くらい、今の俺ならもう一度稼ぐのはそれほど難しいことじゃないしね。
優羽さんは目元をグシグシとこすると、感極まったようにポロポロと涙をこぼしながら抱き着いてくる。
「ナユタちゃん……ありがとう。あなたのことは一生忘れないわ……」
「もうギャンブルにハマって借金とかしないでくださいよ?」
「ええ、約束するわ。これから私は……あなたのようなファンに恥じない生き方をしていくわ」
彼女はそう言って俺から離れると、涙を拭って微笑んだ。
「やれやれ……また善行を積んでしまったか。俺は吸血鬼として、もっと悪徳を極めたいと思っているんだがなぁ」
肩を竦めて首を左右に振りながら家路に着く。
マンションのエレベーターで自分の住む階まで上がると、廊下を歩いて部屋のドアを開けた。
すると既に帰っていたのか、パタパタという足音が聞こえて、エプロン姿の十七夜月が出迎えてくれる。
「先輩、お帰りなさい。ちゃんとお金は稼げましたか?」
「ふ……金なら人助けに使ってしまったさ。やれやれ、俺は吸血鬼失格だな……」
「は? なにカッコつけて意味不明のこと言ってるんですか? お金を稼げなかったのなら、今日の晩ご飯は抜きですからね!」
「う、うわぁぁぁん! ごめんなさいー! ご飯抜きだけは許してー!」
意地悪なことを言ってきた十七夜月だったが、俺が泣きながらしつこく足に縋り付くと、溜め息を吐きながらも夕食のハンバーグを作ってくれたのだった。
【名称】:ビューティフルダンサー
【詳細】:その踊りを見たものは、誰もが心を奪われて目を離すことができなくなる。しなやかな動きと、完璧なリズム感に裏打ちされたダンスは、まさに芸術と呼ぶに相応しいだろう。
【名称】:リバウンド王
【詳細】:凄まじいジャンプ力と滞空時間を誇る、まさに空中の覇者。その跳躍力は、まるで空を飛んでいるかのようにさえ錯覚させるほどである。こぼれ球への反応速度や、競り合いの強さも群を抜いている。
【名称】:カリスマ大道芸人
【詳細】:非常に身軽かつ手先が器用で、ジャグリングやアクロバットといった曲芸から、手品やバルーンアート、ナイフ投げに至るまで幅広い芸をこなす。その技術はまさに神業と呼ぶに相応しく、観客の心を一瞬で鷲掴みにする。
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