第042話「賭博堕天使ナユタ③」
はっ、この勝負もらったな。この面子なら、僕が負ける要素などどこにも存在しない。
卓上の牌をジャラジャラとかき混ぜながら、僕――"
数局様子を見たが、他の参加者にプロ級の打ち手はいない。それどころか、全員が至って普通の腕前だ。
元アイドルの市川優羽はそこそこやるようだが、バスケ選手の小金は素人に毛が生えた程度の実力。
そして――
「……あっ」
ナユタという少女が積んでいた牌を崩してしまい、急いで山を作り直していた。
「落ち着いて、ナユタちゃん。大丈夫よ、お姉さんと一緒にゆっくりやりましょう」
「はい、ありがとうございます」
市川優羽が優しく微笑みかけながら、ナユタを落ち着かせている。
その光景を見て、僕は心の中でせせら笑う。
あの巨乳のガキは完全に初心者だな。大方クズ親の借金のカタに強制的に連れてこられたってところか。ま、だからといって僕が手加減してやる義理はないけどな。
僕はこれでも大道芸の世界ではそれなりに名の知れた存在だ。
体型こそは少し小太りだが、身軽さや手先の器用さには自信があって、ジャグリングやアクロバットといった曲芸から、手品やバルーンアート、ナイフ投げといった芸まで、幅広い技を習得している。
毎年静岡で行われる、大道芸ワールドカップでは優勝経験もある。当然ファンも多く、女の子にもモテモテだ。
だが、調子に乗ってファンの女の子たちを食い散らかしていたのが仇となった。僕が美味しくいただいた女の子の一人が実は未成年で、しかも極道の世界では名の知れた組長の箱入り娘だったのだ。
それを知った組長の怒りは凄まじく、僕はその命をもって償うか、一ヶ月以内に慰謝料として一億円を支払うかの選択を迫られることとなる。
当然そんな大金を払えるはずもなく、こうして泣く泣く裏カジノで借金返済のために麻雀を打つハメになったというわけだ。
だが、僕は運がよかった。一億円を簡単に入手できそうなうえに、女二人を自由にする権利までついてくるとは……。
今夜のことを考えると、自然と口元がニヤついてしまう。
市川優羽は二十代半ばの食べごろな美女で、しかも元人気アイドルだ。そして、ナユタという少女は顔もなかなかだが、なによりその身体はちょっとそこいらではお目にかかれないほどの逸品である。
年齢的に犯罪のにおいがするが、そもそもが裏ギャンブルでの敗北の結果によるものなので、法の外で行われる行為だ。表沙汰になることは絶対にない。
男の小金はどうでもいい。がたいのいい大男なので、変態親父にでも売り飛ばして小遣い稼ぎでもさせてもらおう。
『さあ、東風戦も終了して、いよいよ後半戦が始まります! 勝てば一億円、そして負ければ全てを失う命懸けの麻雀対決! 果たして勝つのは誰か!? 実況は私、裏カジノの常連客"
スピーカー越しに、よく通る女性の声が響き渡る。
こちらからではマジックミラーになっているので見えないが、外では悪趣味な金持ちどもが、高級ワインでも飲みながらこの勝負を見物しているのだろう。
『ルールは半荘1回、持ち点は25,000点の赤ドラなし。食いタン、後付け有りのオーソドックスなルールで行われております。ただし、今回の勝者は一位のみ! つまり二位以下は等しく敗者となりますのでその点はご注意ください!』
一位が一億円と他の参加者を自由にする権利を手に入れ、二位以下は全てを失う。
なので自分が二位や三位のときに最下位が飛ばないようにしたりと、そういう立ち回りも必要になってくるわけだ。
その他には"オープンリーチあり"、"オーラスで親の上りやめなし"など盛り上がるための細かいルールがいくつか採用されているが、基本的には通常の麻雀と変わらない。
『裏カジノに通い詰め、背負った借金のカタに実況をさせられている私ですが、なんと今日のギャラでその仕事も終わりです! なので今日はテンション高めに実況していきますよ!』
実況がハイテンションで喋り続けているなか、卓の準備が整った。
南一局、親は僕だ。
そこから市川優羽、小金健司、ラス親にナユタという席順である。
……さて、親番も来たことだしそろそろ本気を出すとするか。
この面子の中で、実力は自分が一番だろうと僕は確信している。
だが、実力だけで決まらないのが麻雀だ。ギャンブルは運の要素も大きく関わってくるから面白い。
だけどな、こと今日の麻雀に関しては、僕が負けることはあり得ないんだよなぁ。
なぜなら――
「ツモ! タンピンドラ1。2,600オール」
「う、うそ……早すぎる!」
「馬鹿な! まだ4巡目だぞ!」
僕の先制パンチをモロに喰らい、優羽と小金が驚愕に目を見開いた。
ナユタはなにが起こったのか理解できてすらいないのか、目をぱちぱちとさせている。
『おおーーっと! 武手木選手、南場が始まってすぐ、あっさりツモ上がりだ! これでトップに躍り出ました!』
実況が興奮したようにまくし立てるなか、素早い手つきで卓上の牌を積み上げて山を作り直す。
くっくっく。これが、僕の負けない理由だ。
金持ちたちが集まる裏カジノのVIPルーム。当然目に映る調度品も金のかかった豪華な品々ばかりだ。
なのにどういうわけか、麻雀卓は全自動ではなく、アナログの手打ち麻雀卓をわざわざ使用しているのだ。
これがどういうことかというと――
ニチャリと口の端を吊り上げながら、手の中の牌を弄ぶ。
先ほどは積み込みとサイコロ技術を併用して、自分に有利な牌を仕込む"爆弾"というイカサマと、左手で不要牌をすり替える"ぶっこ抜き"というイカサマを駆使して、たったの4順で上がることができた。
だが、これは始まりにすぎない。
「ロン! タンピン三色ドラ1! 満貫、12,000だ!」
「……あ」
ナユタという巨乳少女が僕から直撃を喰らい、泣きそうな表情を浮かべる。
ハコ割れこそ免れたものの、これでナユタの点棒は2,000を切った。もう最下位はほぼ確定だろう。
『おぉーーっと! ナユタ選手、親の満貫に振り込んでしまいました! これは大丈夫かぁーーー!? 敗者は勝者の自由にされてしまうんですよ!! 少女の貞操が危なぁーーーーいっ!』
実況が大袈裟に煽り、会場の客がヒューヒューと騒ぎ立てる声が聞こえる。
盛り上がる客たちとは裏腹に、卓上の三人は全員悲痛な表情を浮かべていた。
そんな彼らを見て、僕の気分はますます高揚していく。
「ふ……ダブルリーチだ!」
「な、なんだと!」
「そんな……!」
連荘が始まってすぐ、いきなりのダブルリーチに、小金と優羽がそろって揃って焦りの声を上げた。
それもそうだろう。ここでツモったらナユタが飛んでしまう可能性が高いので勝負は終了、僕が勝者になってしまうのだから。
『武手木選手なんとダブリだぁぁーー! これは勝負ありか!? 小太りの男に元アイドルとドスケベな身体をした少女は好きなようにされてしまうのかぁーーーッ!? いやいや、男性も安心とはいきませんよ! 全員まとめて美味しく頂かれてしまう可能性もありますからねぇーーっ!!』
……それにしてもこの実況、いちいちテンションがうぜぇな。
心の中で文句を言いながら手元にある牌を捨てると、優羽が苦虫を嚙み潰したよう表情で声を発した。
「ポン!」
優羽は僕の捨て牌を鳴くと、続けて小金の捨てた牌をチーして、僕があがる前に見事ツモあがりを決めてみせた。
「……ツモ。タンヤオのみ。300、500」
「ちっ」
舌打ちをして、点棒を投げるように優羽に差し出す。
これで親が流れてしまった。だが十分点は稼いだし、ナユタはハコ割れ寸前だ。もう勝負は決まったようなものだろう。
しかし僕のそんな予想に反して、ここから優羽によるナユタを介護するような打ち回しが始まり、彼女の神がかった引きが僕のあがりを阻み続け、勝負の行方はナユタの親番であるオーラスまでもつれ込むこととなった。
『さあ、泣いても笑ってもこれが最後の戦いとなります! 最後の親番はナユタ選手。現在、武手木選手が大きくリードしていますが、果たして大逆転劇はあるのでしょうか!?』
現在のトップは僕で52,000点。
続いて27,000点の優羽、20,500点の小金、最後に大きく離されてナユタは500点でリーチすらかけられない状態である。
「ふん、もう僕の勝ちは決まったようなものだな。ぐふふふ、一億円に美女と巨乳少女を好きにする権利か……。今日は最高の夜になりそうだぜ」
手牌を眺めながら、じゅるりと舌なめずりをする。
配牌の時点ですでに
しかもイカサマを駆使すれば僅かに存在するであろう奇跡も、全て闇に葬ることができる。まさに完全勝利目前である。
――チャリ~ン。
そのときだった。VIPルームの中に、小銭が落ちるような音が響いた。
チラリと目線を床に向ける。どうやらナユタがポケットから財布を落として百円玉が転がったようだ。敗北が間近に迫り、精神的に動揺しているのだろう。
慌てて財布と小銭を拾ってから、手牌に目を戻すナユタ。しかし、そのまま動かない。
「……おい、ガキ。いつまで迷ってんだよ、早く切れよ」
親だというのに一向に手牌を切ろうとせずに、腕を組んで「う~ん」と唸っているナユタに、思わず苛立ちの声を上げる。
「大丈夫よ……私がなんとかするから諦めないで」
「まだ勝負は終わっていないぞ。最後までなにが起こるかわからないのが麻雀だ。さあ、勇気を出して牌を切るんだ。ナユタくん」
優羽と小金が励ましの声を上げるが、奇跡なんて起こるはずがないのだ。
僕は余裕綽々の表情で、ナユタを挑発するようにニヤニヤと嗤ってみせる。
「なにを切ったところで同じさ。僕が勝つという結末は変わらない。さあ、早くしな」
「いや~……それがですねぇ~。えぇ~? これ、どうしましょうかね?」
「おい! 意味不明なことを言っていないで早く切れ!」
「ナユタちゃん?」
「ナユタくん?」
……なんだこいつ? ビビり過ぎて頭のネジが外れちまったのか?
だけどいつまでもこんな茶番に付き合うほど、僕の気は長くない。こいつはもうリーチすらかけられないのだから、なにをしようが無駄なのだ。
「いい加減にしろ! 往生際が悪い――」
「いや、だから……」
眉を八の字にして、困ったように頰を搔く少女。
「なんかこれ、もうあがっちゃってるみたいなんですよね……」
ナユタは手牌をパタンと倒して全員に見せつける。
その瞬間、ざわ……ざわ……とマジックミラーの外が騒がしくなった。
『ああーーーっと! ナユタ選手! な、な、な、なんと配牌の時点ですでに役が完成している! こ、これは……"
天和――それは麻雀における最高の役である役満の中でも、最もあがることが難しいといわれている役の一つだ。
親の配牌の時点ですでに和了の形が完成している場合にのみ成立する役であり、33万回に1回しか発生しないという、チートレベルの豪運が要求される麻雀界における伝説の役満である。
「はぁぁ!? あ、あり得ない! そ、そんなことがあってたまるか!」
イカサマ? いや、天和だなんて手牌を全てすり替えでもしない限り不可能だ!
一個や二個ならまだしも、この僕に気づかれずに全ての牌をすり替えるだなんて、そんなこと……伝説のギャンブラー"ゲン"くらいにしかできない芸当だぞ!?
だが、何度見てもナユタの手は確かに完成していて、それは天和以外のなにものでもなかった。
「な、ナユタちゃん凄いじゃない!」
「優羽さん……俺たちも逆転されてしまったんですよ? まったく、対戦相手を褒めている場合ではありませんよ」
「あり、あり……あり得ない……」
そ、そんな……このままでは僕の人生は……。ガクガクと膝が震え、歯がカチカチと音を立てる。
だが、そんな僕に追い打ちをかけるように、ナユタは先程までとは人が違ったようにニヤリと嗤いながら、二個目の爆弾を投下した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます