第041話「賭博堕天使ナユタ②」
「勝ったら……本当に借金がチャラになるんでしょうね?」
私――"
男は、「はい」と鷹揚に頷くと、今日の麻雀大会の賞金が入ったアタッシュケースをテーブルの上に置いた。
「一億円あります。これが勝者への報酬となります」
「い、一億円……」
思わずごくりと生唾を飲み込んでしまう。
これだけの金があれば、借金どころかかなりの額がプラスとして手元に残る。人生をやり直せるのだ。
私はこれでも10代の頃は、そこそこ有名なアイドルグループのメンバーとして活躍していた。
顔は中の上くらいだけど、メンバーの中で一番運動神経が良く、特にダンスが上手かった私は、ファンからの人気もそれなりにあったと思う。
だけど20代になってから、若手アイドルに仕事がどんどんと奪われていって、やがてグループは解散。
その後も細々と芸能活動を続けていたけど、日々のストレスからギャンブルにハマってしまい、気が付けば多額の借金を抱えていた。
もう風俗かAVに落ちるしか道はないとまで思い詰めていたところ、芸能関係の知り合いからこの裏カジノを紹介されたのだ。
「そして、勝者には賞金とともに他の参加者を自由にする権利が与えられます」
「じ、自由にする権利ですって!?」
「例えば……その体を抱かせるとか。もしかしたら臓器を要求されるかもしれませんが」
「なっ!? そんなことが許されると思ってるの!」
私はテーブルを叩いて怒りを露わにする。
だが、黒服の男は平然としたまま、小さくかぶりを振った。
「一億という金はそれほど重いものなんですよ。金がないなら提供できるのはその体しかありません。それが嫌なら、真っ当な方法で稼ぐことです」
「……」
それができないからここにいるのだ。
ぐうの音も出ない正論に、私は唇を噛みしめながら俯く。
「ああ、ちなみに参加者の中に一人、スポンサーが混じっています。『X』とでもお呼びしましょうか。あなたが勝利しても『X』を自由にする権利はありませんのでご注意ください。その方が賞金の出どころですので」
参加者の中にスポンサーがいるのか……。
おそらく、私たち借金まみれの人間が悶え苦しむのを間近で見て、愉悦に浸りたいのだろう。『X』……なんという悪趣味なヤツだ。
「ちなみに……ですが、『X』は自分が勝利した暁には、血を頂戴したいと申しております。あなたの……生き血をね。ふふふふ……」
男は下卑た笑みを浮かべながら、恐ろしい事実を伝えてくる。
私は思わず自分の体を抱きしめるようにして身震いした。
まさか麻雀に負けたら血を奪われるなんて……。『X』とは一体どんな変態野郎なんだ。
もしかしたら、あのエリザベート・バートリーのように、女の血で満たした浴槽に入浴するような猟奇的な奴かもしれない……。
だとしたらそいつに負ければ私の命は……。
だけど、もう後戻りはできない。ここで勝たなければ、どの道私の人生に先はないのだ。
「の、望むところよ! 勝てばいいだけだわ! さあ、戦いの場へ案内してちょうだい!」
「ふふふ、それではこちらです。どうぞお入りください」
男に案内されるがままに、私は奥の個室へと通される。
そこには既に三人の男女が待機しており、私を見ると値踏みするような視線を向けてきた。どうやら彼らが私の対戦相手のようだ。
一人はとても背の高い30代前半くらいの男性で、どこかで見たことがあるような気がしたが、すぐには思い出せなかった。
「……君は、もしかして市川優羽ちゃんかい? アイドルをやっていた」
「え、ええ。そうですけど……。どこかでお会いしましたっけ?」
「はい、もう10年近く前に、番組で一度だけですが」
長身の男性は、はにかみながらそう答えた。
ああ! 思い出したわ! この人は確か……。
「バスケットボール選手の……"
そうだ……10年近く前に人気絶頂のアイドルだった私が、バスケットボールのプロリーグが始まる際、盛り上げのためにと企画されたスポーツバラエティ番組にゲストとして出演したときの出演者の一人だ。
彼は私の知り合いには一人もいないほどの超長身で、当時は日本一のジャンプ力を持つ"リバウンド王"としても有名だったので、印象に残っていた。
「小金さんがなんでこんなところに……」
「それはこっちのセリフだよ……。あの優羽ちゃんがこんな場所に……。まさか君まで借金で首が回らなくなったのかい?」
どうやら彼も私と同じ境遇のようだ。
見ると右の膝に痛々しいまでのテーピングが巻かれている。どうやら怪我をして、彼も道を踏み外してしまったようだ。
「「…………」」
昔は二人共、勝ち組として持て囃されていたのに、今はこんな裏カジノで借金返済のために麻雀をするハメになるなんて……。
まるで人生の転落を象徴しているかのようなその境遇に、私たちはしばしの間なにも言えず黙り込んでしまう。
と、そんな私たちの様子を見て、もう一人の参加者の男がニヤニヤしながら声を掛けてきた。
「へー、あんたたちスポーツ選手に元アイドルか。これまたずいぶんと豪華なメンツが揃ったもんだなぁ。でも、悪いけど勝つのは僕さ」
年齢は30歳くらいで、やや小太りの男だ。
どうやら彼は麻雀の腕に自信があるらしく、麻雀牌を両手でもてあそびながら、余裕の表情で私たちを見下してくる。
「僕の名は"
男は手際よく麻雀卓に牌を並べる。その動作は非常に慣れたものだった。
この余裕そうな態度……。こいつが例の『X』かもしれない。よく見たら女の血を啜ってそうないやらしい目つきをしているし……。
「はぁ……どうでもいいからさっさと始めようぜ」
壁に寄りかかり、退屈そうに佇んでいた小柄な少女が、ダルそうに呟いた。
うわ……凄いエッチな身体をした女の子だ。芸能界でもあんなスタイルを持った子は見たことない気がする。しかも外見的にまだ中学生くらいじゃない? こんな裏カジノにいていい年齢じゃないと思うけど……。
だ、大丈夫かな? この娘負けたら勝者に絶対エッチなこと要求されるでしょ。
あの小太りの男は当然として、真面目そうな小金さんでも「自由にしていい」なんて言われたら、さすがに我慢できずに手を出してしまう気がするし……。
うん、ここは私が勝利して、この娘だけは守ってあげないと。
少女は自分の名前を"ナユタ"と名乗った。これで全員の自己紹介が済んだことになる。
全員が席に着くと、突如部屋の壁にかけられていたカーテンが外された。
どうやらマジックミラーになっていて、外から趣味の悪い金持ちたちが私たちの勝負を観覧できるようになっているようだ。
「クククク……。準備はよろしいようですな。それでは始めましょうか……全てをかけた戦いを!」
部屋の外から聞こえてきた裏カジノの支配人である信濃川の声を合図に、運命の麻雀勝負が幕を開けた。
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