第040話「賭博堕天使ナユタ①」

 夜の繁華街。


 怪しげなネオンの明かりが点滅するビルに挟まれた路地を、俺は歩いていた。


 辺りには人気が一切なく、まるでこの道には俺以外の人間が存在していないのではないかと錯覚してしまう。


 だが、俺は吸血鬼。人間より遥かに優れた五感は、この先に感じる人の気配を正確に捉えている。


 しばらく進むと、細い路地の途中に隠されるようにして、地下へと続く階段があった。


 俺は躊躇うことなくその階段を降りていくと、やがて煌びやかな装飾が施された看板が見えてくる。



 ――『秘密倶楽部信濃川』



 看板には、そう書かれていた。


 入口にいる黒服に会員カードを提示すると、あっさりと中へと通される。


 店の中に入ると、そこには高級クラブのような品のある空間が広がっており、センスの良い調度品や落ち着いた色合いの照明が目を惹く。


「クククク……。ウェルカム、ミスナユタ。今日はどのようなご用向きかな?」


 正面のカウンター席の奥にいた角刈りの中年男性が、俺に気付いたのか不敵な笑みを浮かべながらこちらに近寄ってくる。


 彼の名は"信濃川しなのがわ満男みつお"。このクラブの支配人であり、裏社会ではそこそこ名の通った人物だ。


「こんにちは、信濃川さん。今日も魔導具の買い取りをお願いします」


 鞄に手を突っ込んで、ポーションやスキル鑑定機など、いくつかのアイテムをカウンターに並べていく。


 続いて背中に背負っていたギターケースの中から杖の束を取り出してカウンターの上に乗せると、信濃川さんは興味深げにそれを手に取った。


「これはこれは……今日は随分と大量ですね」


「ええ、余剰のアイテムが増えたので、いらないのは全部売りに出そうと思って」


 あれからもちょくちょくと星一ダンジョンを攻略する日々を続けていた俺は、かなりの数の魔導具を入手することに成功していた。


 杖は合成を重ねてパワーアップさせていたのだが、どうやら『★★★』が限界値だったようなので、一本だけ完成品を手元に残して残りは全て売り払うことにしたのだ。


 スキル鑑定機に関しては、こちらは『★★★』まで合成したら、なんと"アイテム鑑定機"という俺が超欲しかったアイテムに変化したので、それだけは手元に残してある。



 それでは、合成で完成したアイテムの能力を、いくつかお見せしようか。




【名称】:火炎の杖★★★


【詳細】:杖の先端から強力な火炎弾を放つことができる。弾数は10発で、撃った弾は24時間経てば補充される。また、弾数10発分を一度に全て消費することで、広範囲に灼熱の炎を撒き散らす"ファイアストーム"を放つことができる。



【名称】:毒弾の杖★★★


【詳細】:杖の先端から毒弾を放つことができる。毒弾を喰らうと、少し動きづらくなり持続的にダメージを受けるが、三分ほどで自然回復する。弾数は10発で、撃った弾は24時間経てば補充される。また、弾数10発分を一度に全て消費することで、猛毒の他にランダムで様々な状態異常を付与する"ヘルポイズン"を放つことができる。



【名称】:癒しの杖★★★


【詳細】:一振りで赤のポーション一個分に相当する怪我と体力を回復させることができる。弾数は10発で、撃った弾は24時間経てば補充される。また、弾数10発分を一度に全て消費することで、欠損以外の殆どの怪我を治療することができる"エクストラヒール"を放つことができる。



【名称】:アイテム鑑定機


【詳細】:画面に対象のアイテムを映して使用することで、そのアイテムの名前や詳細な性能を確認できる。




 どうよ? 凄いだろ!


 前回の探索で一番レアな癒しの杖がようやく完凸したので、余剰の杖だけじゃなく、今回は赤ポーションも数個だけ残して全て売り払うつもりだ。これで俺の懐はウハウハになるに違いない。


 信濃川さんは、自分のアイテム鑑定機を使ってカウンターの上に並べられたアイテムを一つ一つ丁寧に確認しながら、買い取りの査定を行っていく。


「ふむ……これは素晴らしいですな。特に癒しの杖があるのはありがたい。この杖は、かなりの需要がありますからな」


 他の杖はダンジョン以外ではあまり使い道がないけど、癒しの杖は怪我の治療に使えるから、ダンジョン探索をする人以外にも欲しがる人が多いらしい。


「これなら合計で……一億円で買い取らせて頂きましょう」


「ほ、本当ですか!? やったー!」


 マジかよ! 一気に億万長者だぜ!


 これだけの大金があれば、もう十七夜月に小言を言われることもなくなるだろう。


 信濃川さんは、カウンターの下から取り出したアタッシュケースを俺の前に差し出してきた。中には一億円分の札束がぎっしりと詰まっているのが見える。


「ところでミスナユタ。せっかくなのでこの金でギャンブルでも楽しまれては如何です? ククククク……」


 邪悪な笑みを浮かべながら、信濃川さんは店の奥にあるVIPルームを指差す。



 ――ここは非合法の裏カジノだ。



 毎日のように借金まみれのクズどもや、そいつらがギャンブルで全てを失う様を見て楽しみたいという金持ちたちが集まる、悪趣味な遊戯場。


 秘密の会員制倶楽部ということもあり、この場で起きたことは決して口外されることがなく、警察もここを摘発することはできないのだ。


 ちなみに俺がここを発見できたのは、桃華をいじめていた国会議員の息子のイケメンからスリ取った財布の中に、ここの会員証が入っていたからだった。


 信濃川さんは裏社会の人間なだけあって、ダンジョンの魔導具も裏ルートで引き取ってくれるし、その出自を詮索されることもないので非常にありがたい存在だ。


 彼にとっても俺は貴重な魔導具を持ってきてくれる上得意客なため、VIPルームでのギャンブルを許してくれているほどの関係を築けている。


「クククク……。今日は借金まみれのゴミどもによる麻雀大会が開かれる予定です。どうです? スポンサーとして参加してみては?」


「スポンサー、ですか?」


「ええ、あなたが負けた場合はこの一億円を賞金としてゴミどもに提供する。そして……あなたが勝った場合はゴミどもの全てがあなたのものになります」


 なるほど、そういうことか。


 借金まみれの素寒貧たちはお金が払えないので、自らの体を担保にしてギャンブルに挑むというわけか。


「体を弄ぶなり、なんなら臓器を売らせるなり、どうぞ好きに使ってください」


 ククク、と下品な笑みを浮かべて頷く信濃川さん。


 ふむ……体も臓器もいらないけど、これなら同意の上で血をいただくことができそうだな。


 俺は負けたところで失うのは金だけだし、今ならダンジョンに潜ればいくらでも稼げるので気楽なもんだ。


 ……もちろん、麻雀で俺が負けることなんてあり得んがね。


「いいでしょう。スポンサーとして、その麻雀大会に参加させてもらいます」


「さすがはミスナユタ。これは面白いものが見られそうですな……」


「ふふふふふ……」


「クククク……」


 信濃川さんと二人、悪い顔をして笑い合う。


 こうして俺は裏カジノでギャンブルをし、クズどもの血を回収するという遊びを始めることにした。

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