第039話「ダンジョン管理局」

「なんだと? 都内の星一ダンジョンが何者かに次々と攻略されている?」


「はい、皇局長。我々のマークしていたダンジョンが、この短期間に少なくとも五つほど消失したのが確認されています」


 ダンジョン管理局の局長――"すめらぎ一彦かずひこ"は、部下である"十七夜月かのう英明ひであき"の報告に険しい表情を浮かべた。


 目の前のモニターには、管理局が把握している東京都内のダンジョンが表示された地図があり、それらのダンジョンの場所を示す赤い点が着実に減っていっているのがわかる。


「……例のあいつじゃないのか? カスだかクズだかそんな名前の」


カズト・・・ですか?」


「そうそうそいつだ。はた迷惑なダンジョン配信者の分際で、何故か死亡せずにダンジョンを攻略しまくってるっていうあの男だ」


 通常、ただの目立ちたがり屋の素人配信者なんて存在は、ダンジョンに入ってすぐに死ぬのが当たり前だ。


 ダンジョンは綿密な計画をもって、そしてエリートである管理局員たちで構成された集団で挑み、ようやく攻略できるかどうかの代物。


 しかし、件の配信者はそんな常識を覆し、たった一人で何故かダンジョンから生還し続けているというので、管理局も要注意人物として目をつけていた。


「いえ、動画を見ましたが、彼は自己顕示欲の塊のような人物です。あの男なら自分が攻略したダンジョンを秘匿したりはしないでしょう。同じようにダンジョン探索会社も、自社の宣伝に利用するはずです」


「……では、外国人か?」


「それも違うと思います。星一ダンジョンくらいなら世界中のどこにでも存在しますから、わざわざ日本のダンジョンを攻略する必要はないでしょう」


 管理局の一室で、二人は顔を突き合わせて考える。


 ダンジョン管理局とは、秘密裏にダンジョンを攻略するために設立された日本政府直轄の組織だ。


 所属するメンバーは、全員が自衛隊や警察官などの中から厳選されたエリート中のエリートで、その目的はダンジョンを攻略することで手に入る魔導具の国による独占である。


 彼らは家族にも自分の所属を明かすことは許されず、表向きは普通の公務員として働いている。


 局長の皇一彦は精悍な顔つきをした50代後半くらいの男で、表の顔は防衛省のエリート官僚だ。


 そして彼の右腕として働いている次長の十七夜月英明は、40代半ばほどの優しそうな見た目の男で、普段は公安警察に所属している。


「ならば、一体どこの誰にダンジョンが攻略されている?」


「もしかしたら、一般人の中にこれまでにない特殊な能力に目覚めた者がいるのかもしれませんね」


「チート級、だったか? そういったスキルは存在しないという話じゃなかったのか?」


「いえ、実はあるにはあるんです。ですが、そういったスキルはあまりにもデメリットが大きすぎて実際は使用できないとされています。しかし、もしそのスキルを何らかの方法でデメリットなく使用できる人間がいるとしたら……」


 十七夜月の推測に、皇は顎に手をやって考える。


「魔導具を独占するために、目立たずにひっそりと攻略してるというわけか」


「おそらくそうでしょうね。非常に狡猾で用心深い相手です」


「ちっ、あのカズトとかいう男のように、配信でもして目立つことを優先してくれればこちらも対策のしようがあるんだがな」


 皇は忌々しそうに舌打ちすると、机を人差し指でトントンと叩く。


 そしてしばらく黙り込んでから、十七夜月に向き直った。


「なんとかしてそいつの正体を探れないか? できればウチにスカウトしたい」


「そうですね。どうやら活動拠点は都内に絞られているようですし、我々のほうでも調査してみましょう」


「ああ、頼む」


「はい。では失礼します」


 十七夜月は一礼すると、局長室を退室する。


 一人残された皇は、再びモニターに映るダンジョンの地図に目を向けると、静かに呟いた。


「冷静で狡猾な……チートスキル持ちか。一体どれほど優秀な人物なのやら。できれば、その者とは良好な関係を築きたいものだな」





◆◆◆





「あんぎゃぁぁぁぁーーーーッ!」


 手首から真っ赤な鮮血を撒き散らしながら、俺は部屋の中をゴロゴロと転がり回る。


 痛い! 痛いよぉーーーー!


「先輩、どうしたんですか!? ちょ、なにこの血!? え? 手首切ったんですか!?」


 俺の悲鳴を聞いて、隣の部屋から十七夜月が慌てた様子で駆けつけてきた。


 そして部屋の惨状を見ると、すかさずリビングに戻って、救急箱を取ってきて俺の手首の傷口に消毒液を吹きかけてから、包帯を巻いてくれる。


 さすがは現役の警察官なだけあって、傷の応急処置も的確で手慣れたものだった。


「一体全体どうしてこんなことになってるんです?」


 包帯を巻き終えた十七夜月が、部屋のそこかしこに飛び散る血の跡を見ながら、溜め息混じりに問いかけてくる。


 俺は涙目になりながら、この不幸な事故のあらましを語って聞かせた。


「いや、ほら……。俺、吸血鬼になって牙が生えたでしょ?」


「ええ」


 鋭く尖った可愛らしい八重歯を十七夜月に見せつけながら、説明を続ける。


「だから、これからは牙でガブっと直接血を吸う機会も増えるかなと思ってね?」


「あ、なんかもう結末が読めてきたんですが……一応続きをどうぞ」


「うん、それで他人に嚙みつく前にまずは自分で練習して慣れておこうと思って、自分の手首にガブっと噛み付いたわけよ」


「……はあ。それで?」


「そしたら思ったよりも深く噛み切っちゃって……。ぶしゃーって血が噴き出してさ」


「……」


「そりゃもう、手首からどばーっと」


「はぁ……ちょっとは成長したと見直してたのに、相変わらずのアホでしたね。こんなのがダンジョンを攻略して回ってるなんて、きっと誰も想像すらしてないですよ。正体がバレる危険がなくてよかったですね?」


 ひどくない? 俺はこんなに頑張ってるのに。


 しくしく……。


「でも最近の先輩、凄いじゃないですか。昨日もまた一つダンジョンを攻略したんでしょう?」


「ふふん、まあねー。俺にかかれば赤子の手をひねるよりも簡単な仕事だったよ」


 俺は得意気に胸を張ってから、ドヤ顔で十七夜月に笑いかける。


「またそうやってすぐ調子にのる……。まあ、扱いやすいからいいんですけど」


 おい、聞こえてるからな?


 十七夜月の暴言に軽く傷つきながらも、 俺はダンジョン攻略の進捗状況を彼女に報告する。


 最初のゾンビダンジョンを無事にクリアした俺は、その後も順調に星一ダンジョンの攻略を進めて、今や十ものダンジョンを攻略するまでに至った。


 その戦利品がこちらだ。



────────────

・赤ポーション×10

・青ポーション×10

・緑ポーション×5

・白ポーション×2

・火炎の杖★×1

・水球の杖×2

・氷結の杖×2

・風切りの杖×2

・土塊の杖×2

・雷光の杖×2

・癒しの杖×1

・毒弾の杖×1

・スキル鑑定機×6

────────────



 と、こんな感じだ。


 青と赤のポーションは、どのダンジョンの隠し部屋にも必ず一つずつ置いてあり、スキル鑑定機は大体二分の一くらいの確率で隠し部屋の中にある宝箱に入っていた。


 そして俺の予想通り、アイテムを落とすレアモンスターは一つのダンジョンに一体しか出現しないようだ。


「ええと……これを見るに星一ダンジョンって、魔法の杖とポーションしかドロップしないみたいですね」


 十七夜月が、俺がテーブルの上に並べた戦利品を検分しながらそう呟く。


「そうみたいだな。でもな? 同じ種類の杖はどうやら合成できるみたいなんだよ」


 試しに火炎の杖を二本、それぞれ魔法陣の上に乗せて合成ボタンを押してみたところ、"火炎の杖★"という武器に生まれ変わったのだ。


 これは本来の火炎の杖より火炎弾の威力が上がっており、一日に一発しか撃てなかったのが三発も撃てるようにもなっていた。


「へぇ~、そうやって魔法の杖をパワーアップさせていけば、なんか星二ダンジョンも攻略できちゃいそうですね」


 そう、三島も予想していたが、おそらくこの世界のダンジョンとはそういう仕様なのだろう。


 まあ? 吸血鬼である俺は、魔法の杖なんてなくても攻略できちゃうんだけどね。


「それより先輩」


「なんだね? この吸血鬼ナユタちゃんになにか相談事かな? なんでも言ってくれたまえ」


「ええ、そろそろ家賃とか食費払ってくれませんか?」


「…………」


「ほら、吸血鬼になって先輩ご飯食べるようになったじゃないですか。スマホ代も私が払ってるわけですし、ニート吸血鬼を国から匿ってあげてるんだから、そのくらいはしてもらわないと」


「い、いや~……そうしたいのは山々なのですがぁ~、わたくしは戸籍もない吸血鬼の身でありましてぇ~……」


 だらだらと汗を垂らして、もみもみと揉み手で媚びを売りながら言い訳をする。


「ダンジョンの魔導具って凄い高値で売れるらしいですよ?」


 あ、そうか。そうじゃん! 俺、今めっちゃ魔導具持ってんじゃん!


 というか、そもそも最初のリベンジ以外は潜る必要のないダンジョンをわざわざ攻略していたのは、魔導具を売ってお金を稼ぐためだったのだ。いつの間にか攻略自体が楽しくなって本来の目的をすっかり忘れていたが……。


 この魔法の杖もダンジョン探索会社とかなら喉から手が出るほど欲しい代物だろうし、オークションにでも出せばきっと高額で売れるはずだ。


「よし! では早速!」


 俺がパソコンを起動してオークションサイトのページを開くと、十七夜月が慌てたように待ったをかけてきた。


「この間抜け! アホなんですか!」


「え~……。お前が売れっていったんじゃん……」


 なんかこいつ、段々俺の扱いが雑になってきてない?


 アホとか間抜けとか、失礼しちゃうわ。こんな可愛らしい吸血鬼を捕まえて。


 ぷんぷん!


「こんなところからオークションに出品なんてしたら簡単に足がつくに決まってますよ。魔導具は希少な物も多いんですから、出品者の正体を探ろうとする輩もきっと出てきます」


 なるほど。確かに、言われてみればその通りかもしれない。


「じゃあどうすんだよ」


「そこはほら、せっかく戸籍もなくて暇なニート吸血鬼なんですから、どっか裏ルートでも見つけて売りさばいてきてくださいよ」


 ……こいつ本当に現役の警察官なの? ちょっと発言が物騒すぎない?


 まあ、でも暇なのは本当だしな。


 それに最近はダンジョン攻略ばかりで新しい能力を獲得していなかったから、新たな血を入手するついでの暇潰しがてらに街でも散策して、裏ルートでも探してみますかね。








【名称】:白ポーション


【詳細】:服用すると、10分間だけ透明になれる。効果が切れたあと、10分間のインターバルを挟まないと再服用は不可。服用時に装着していた装備品やアクセサリーも見えなくなるため、隠密行動にはもってこいのアイテム。カメラにも映らないが、サーモグラフィなどの熱量感知の装置には反応するため注意が必要。



【名称】:癒しの杖


【詳細】:一振りで赤のポーション一個分に相当する怪我と体力を回復させることができる。ただし、一日に一度しか使えない。


※他の杖は名前そのままの効果なので割愛。

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