第038話「さよなら、俺」

「よう、十七夜月。ボス部屋についたぜ。今からリベンジするところだ」


『あ、先輩。随分と遅かったですね』


「ん……ああ、ちょっとな」


 ボス部屋の扉の前で十七夜月に電話で報告すると、彼女は心配そうな声を発した。


 ダンジョン中を隅から隅まで探索したのと、セーフティルーム (主にトイレ)でゆっくりしすぎたせいで思ったよりも時間がかかってしまったのだ。


 ……しかしこんなところで電話してると、死亡フラグを立てた三島を思い出してちょっと不安になるな。


 まあでも、今の俺は吸血鬼だし大丈夫か。俺と十七夜月の【直感】も嫌な感じの反応をしてないし。


『ところで先輩、私もボス戦見たいんですけど……。配信とかしないんですか?』


「あのなぁ……カメラ片手にダンジョン攻略するやつとかアホだろ。命がかかってるっていう危機感が足らんわ」


『さすがは一度ダンジョンで死んだ人は心構えがちがいますね』


「うるさいなー。それに今は世間に顔出しするメリットがないからな」


 俺にも人々にちやほやされたいとか、目立ちたいとかっていう承認欲求がまるっきりないってわけじゃないが……今はまだその時じゃない。


 人間を超えたとはいえ、俺はまだまだ未熟な最下級吸血鬼なのだ。


 自衛隊どころか、拳銃を持った警察官数人に囲まれただけで簡単に殺されてしまうだろう。


 だからこそ、今は静かに力を蓄えなければいけない。


『おお、本当に成長……というか地に足がついてきた感じですね。でもダンジョン攻略に慣れたら、私にだけでも映像見せてくださいよ』


「ああ、そのうちな」


 俺は電話を切ると、ボス部屋の扉を押し開いた。


 ボス部屋の中は、二ヶ月前のあのときとまったく同じだった。学校の体育館ほどの大きな部屋の中央に大型犬のゾンビがおり、周囲にそれを守護するように十体以上の人型ゾンビが待機している。


 犬型ゾンビは三島に頭を吹き飛ばされたはずだが、元通りになっていた。


 ……まあ、ダンジョンで死んだモンスターは時間が経てば復活するらしいし、ボスモンスターが全快してても不思議じゃないか。


「よう、久しぶりだな」


 バットを肩に担いだまま、まるで散歩をするような軽い足取りで、ゆっくりと部屋の中央に進んでいく。


 あのときは恐怖で頭がいっぱいだったが、今は違う。むしろどこか高揚感すら覚えていた。


《グルル……グオォーーーーッ!》


 ゾンビ犬が牙を剥いて遠吠えのような唸り声を上げると、それを合図に周囲の人型ゾンビが一斉に襲い掛かってくる。


 ……だが、今の俺にはその程度の動きは止まって見えるぜ!


「オラァ!」


 風切り音を響かせてバットをフルスイングし、一番近くにいた人型ゾンビの頭を吹き飛ばす。そのままの勢いでさらに一回転し二撃目を放つと、今度は二体同時に頭部が粉砕され、地面に崩れ落ちる。


 それを見た犬型ゾンビは警戒するように唸ると、一歩後ろに下がった。


「どうした! あのときの威勢はどこにいった!」


 俺は地面に落ちていたゾンビの頭をサッカーボールのように蹴飛ばして、犬型ゾンビの顔にぶつける。


《ギャウンッ!?》


 たまらず悲鳴を上げて目を閉じる犬型ゾンビに、100メートル10秒を切る俊足を生かして一瞬で肉薄すると、バットを上段に振りかぶってそのまま脳天へとフルスイングした。


 ――ベキベキッ!


 頭蓋骨が砕ける音が響き、犬型ゾンビはバタリと地面に倒れた。


 が、それで油断する俺ではない。アンデッドモンスターは頭部を破壊したところで安心できないというのは、二ヶ月前にこの命を懸けて学んだことだからな。


 さて、このままバットで殴り続けてもいいんだが……。


「……ん? あれは」


 ふと部屋の隅に目を向けると、そこには先端に赤く光る宝石が取り付けられた魔法の杖のような物が落ちていた。


 そうだ、前回全滅したとき、"火炎の杖"をそのままこの部屋の地面に置きっぱなしにしていたんだった。よく見れば近くに"スキル鑑定機"も落ちている。


 俺は杖と鑑定機を回収すると、頭を潰されてぴくぴくと痙攣している犬型ゾンビに向けて杖を構えた。


 さあ、今度こそ終わりにしようか!



「我が名はナユタ! 地獄の底から黄泉がえりし最強の吸血鬼よ! 我が前に立ち塞がる邪悪なる死獣よ! 我が裁きの炎によって灰燼に帰すがいい! 喰らえ――"イクスプロージョン"!」



 呪文の詠唱とともに杖の宝石が輝くと、そこから炎の塊が噴き出し犬型ゾンビの全身を包み込む。


《グオオオォォーーーッ!》


 炎に焼かれ、悪臭を放ちながらも足掻くような声を上げていた犬型ゾンビだったが、やがて力尽きたのかピクリとも動かなくなった。


 ……ふう、これでようやくリベンジを果たせたな。


 でも、"イクスプロージョン"はちょっと大げさだったかな……。あれくらいの威力だったら"ファイアボール"くらいのほうが名前的に合ってた気がする。


 ちょっと反省しつつ火炎の杖をベルトに差し、スキル鑑定機を鞄に入れる。


 うーむ、ゲームとかでよくあるなんでも入るバッグとかが欲しいぜ。もっと上のダンジョンに行けばドロップするかな?


「……お?」


 犬型ゾンビの死体が光の粒子となって消え、代わりに地面の上に火炎の杖と似たデザインの魔法の杖が転がった。


 先端に紫に光る宝石の付いている以外、形や大きさは火炎の杖と殆ど変わらない。


「また杖か。効果が不明だし、もう一回セーフティルームに行って鑑定するか? 鑑定アイテムか能力があればいいんだがなぁ……」


 杖を拾い上げながらそんなことを考えていると、急にダンジョン全体がキラキラとした光に包まれ始めた。


 ……これは、もしかしてボスを倒したからダンジョンが消えるのか?


「まあ、次のダンジョンで鑑定すればいい――」


 くるりと背後を振り返って、俺は絶句した。


 ボスは倒されたが、まだ護衛の人型ゾンビは何体か残っており、そこらを徘徊しているのが視界の端に見えたのだ。


 雑魚ゾンビなので、脅威という意味では特に問題はない。が、その中に混じっていた一体の青年型ゾンビに目が釘付けになった。



「……お、俺?」



 それは、二ヶ月前にこのダンジョンで死んだ――――俺の身体だった。


 間違いない、24年間も共に過ごした自分の身体を見間違えるはずがない。


「…………」


 俺のゾンビは、うめき声さえ上げずに濁った瞳でじっと俺のことを見つめている。


 だけど……どうしてだろう。


 俺の心の中には、動揺や恐怖のような感情は浮かんでこなかった。不思議なほど穏やかな気分で、俺は自分のゾンビを見つめ返していた。


 ……ああ、そうか。俺は本当に、もうお前とは別の存在になっちまったんだな。


 ダンジョンとともに、俺のゾンビも光に包まれ消えていく。


「……さよなら、俺。24年間ありがとな、俺は吸血鬼ナユタとして最強無敵の美少女を目指そうと思うよ」


 最後に目が合うと、俺のゾンビは「頑張れよ」とでも言わんばかりに、少しだけ笑ってくれた気がした……。

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