第037話「隠し部屋」
「しかしこの液体、一体なんなんだろうな……?」
目の前にかざした試験管をちゃぷちゃぷと揺らしながら首を傾げる。
俺は様々な能力を持つ吸血鬼ではあるが、【吸血】や【再生】などの種族特性以外は、ファンタジー的な特殊能力は一切持っていない。なので当然ゲームの鑑定のような能力だって使えないのだ。
飲んでみるのは……やめたほうがいいよなぁ。
吸血鬼だし、【状態異常耐性・中】を持っているからたぶん死にはしないだろうけど、どんな効果があるのかまったくわからんし、レアアイテムだったらもったいないからな。
「行き止まりか、結局最初の奴以外はレアモンスターには遭遇しなかったな」
おそらくこれで全ての道を探索し終わったはずだ。
もしかしたらレアモンスターは一つのダンジョンに一体しか存在しないのかもしれない。まあ、その辺りはおいおい調べていけばいいだろう。
「……ん、なんかこの壁だけ他と違うな?」
行き止まりの壁をぺしぺし叩いていると、他の壁と比べて若干色が違う部分があるのを発見した。
その部分をよく見ると、どうやら取っ手が付いており、横にスライドさせることができそうだ。
試しに力いっぱい押してみると……ズズズと石を引きずるような音を立てて、壁が横にずれる。
「おおっ! 隠し部屋だ!」
壁の先には、二畳ほどの広さの小部屋があった。
部屋の真ん中にはテーブルがあり、その上には赤い液体と青い液体の入った二つの試験管が置かれている。
先ほどドロップしたやつと色違いだな。とりあえず貰っておくか。
試験管をバッグに詰め込むと、部屋の中をキョロキョロと見回してみる。
「え~と、"ここはセーフティルームです。モンスターは入ってこれないのでゆっくりしていってね!"か」
入ってすぐの壁の窪みに、生首のような二人の女の子のイラストとともに、可愛らしい丸文字でそう書かれていた。
……なんかどっかで見たことのあるような絵だな。著作権とか大丈夫か?
ま、まあダンジョンを作ったのはたぶん人間以上の存在だろうし、気にしたら負けだろう。
俺は歩き回って隠し部屋を調べていく。
部屋の奥にはベッドがあり、そこから少し離れた位置の壁にはモニターのような物が埋め込まれていた。
モニターはタッチパネル式になっているようで、赤と青の二つのボタンが表示されており、それぞれに"識別"、"合成"と書かれている。
「おお、なんかゲームっぽいものを発見したぞ!」
よく見てみれば、モニターの下の床には二つの魔法陣が描かれており、どうやらここにアイテムを乗せてボタンを押せば"識別"か"合成"ができるようだ。
試しにレアゾンビからドロップした緑の液体が入った試験管を魔法陣に乗せて、識別のボタンをポチってみる。
【名称】:緑ポーション
【詳細】:身体能力を若干上昇させる効果がある。一回の服用で10分間効果が持続する。効果が切れたあと、10分間のインターバルを挟まないと再服用は不可。
モニターに表示された説明文はこんな感じだった。
見た目からしてゲームのポーションっぽいとは思っていたけど、やっぱりこれはポーションだったのか。
「若干ってのがどの程度かわからないが、これはボス戦で重宝するかもしれないな」
少なくとも、常に一個はストックしておきたいアイテムだ。
……よし、次はこの部屋で拾った赤と青のポーションも識別してみよう。
【名称】:赤ポーション
【詳細】:怪我や体力を回復できる。大量に服用すればするほど大きな効果が現れる。ただし、欠損部位を回復する効果はない。
【名称】:青ポーション
【詳細】:毒や麻痺といった状態異常を解除できる。ただし、病気や呪いなどの強力な状態異常は治せない。
「おお! 回復アイテムだ!」
ゲームだと最初の街にある道具屋とかで売ってる程度のアイテムではあるが、現実では飲むだけで怪我が回復するとかとんでもない代物だよな。
ザ・ファンタジーって感じのアイテムが手に入って、思わず頬が緩んでにっこりしてしまう。
テンションが上がった俺は、三色のポーションを指に挟んでクルクルと踊りながら鼻歌を歌う。
「ふんふんふふ~ん――あっ!?」
スポッとポーションが手から抜けて、空中を回転しながら飛んで行ってしまった。
ぬおおおおぉーーーーッ!?
ズサァーッと地面にヘッドスライディングをかましながら、なんとか掴もうと手を伸ばすが、間に合わずポーションは地面に落下――しないでベッドの上にぽすんと落ちた。
ふっ……すべては計算通り。
……はい、嘘です。ちょっと調子に乗りました……ごめんなさい。
パンツを丸出しにして地面と熱い抱擁をかました俺は、そそくさと立ち上がると、今度は合成を試してみるべくベッドの上に転がっている赤と青のポーションを手に取った。
だが、それぞれを魔法陣の上に置いて合成ボタンを押すと、「ブー」という音とともに『このアイテムは合成できません』というメッセージが表示される。
他の組み合わせも試してみたが駄目だった。どうやら、今俺が持っているアイテムは合成できないみたいだ。
「まあいいか。また別のアイテムが手に入ったら試してみるとしよう。たぶんだけど他のダンジョンにもセーフティルームがあるだろ」
おそらく全てのダンジョンにこの部屋があるのではないだろうか?
じゃないと三島たちが魔導具の詳細を知っていたのはおかしいからな。まあ、鑑定系のスキルやアイテムがある可能性もなくはないけど。
ポーションをバッグの中にしまうと、気を取り直して再び部屋の中を調べてみる。
すると部屋の隅にもう一つ扉があり、その扉を開けると洗面所とトイレが設置されていた。
……ダンジョンの中にトイレまであるのかよ。
「せっかくだし、用を足していくか」
ゾンビのときは排泄の必要がなかったけど、今の俺は人間だったときと同じように食事をとるので、やはり排泄行為も必要だった。
スカートの中に手を突っ込んでパンツを下ろし、便座に座る。
もうすっかり慣れたもので、女の子として用を足すのに羞恥心はなくなっていた。
……いや、嘘です。やっぱりまだ少し恥ずかしいです。
「ふう……すっきりしたぜ。……ん? あれ!? か、紙がないぞ!」
用を足し終わった俺を待っていたのは、トイレに紙がないという衝撃の事実だった。
女子は男子と違って、小でも拭かないとパンツを穿けないんだぞ!? ど、どうする、もうパンツを紙代わりにしてそのまま装着するしかないのか!?
大で紙がなかったときほど絶体絶命ではないが、それでも結構ピンチな状況に慌てていると、トイレの壁にいくつかのボタンが設置されていることに気が付く。
テッシュペーパーや、ビデ、お尻などの絵が描いてあることから、どうやらウォシュレットのような機能があるみたいだ。
早速ビデのボタンを押してみると、便器の中に魔法陣のようなものが浮かび上がり、そこから水球が飛び出した。
――パシャパシャ~……
「おひょひょひょひょ~~~っ!」
ちょ、なんだこれ! すげぇぞ!
程よい温かさで、それでいて強すぎず弱すぎない水流が、絶妙な力加減で俺の下半身を綺麗に洗い流してくれて、思わず変な声と息が漏れてしまう。
……この隠し部屋を作った人間は、相当なトイレフリークに違いない。世界一と謳われている日本製のウォシュレットより性能がいいんじゃないか、これ。
「んほおぉぉ……」
俺は用を足したばかりなのも忘れてボタンを連打して、水球が下半身に当たるたびに奇声を発するのだった。
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