第060話「人形の街①」

「ここは……」


 気づくと、俺は大きな交差点のど真ん中に立っていた。周囲にはとても高いビルが幾つも立ち並んでおり、まるで東京の都心部のような街並みだ。


 しかし、人の気配は全く感じられない。それどころか、車も走っていなければ信号機もすべて消えており、建物もよく見ればボロボロで廃墟のようになっている。


 ビルの看板を見てみると、日本語で書かれているのもあれば英語や中国語など外国語も混ざっており、書いてある文章も支離滅裂で殆ど意味がわからない。


 空を見上げると、雲なのか煙なのかよくわからない灰色のなにかが一面に広がっており、どんよりとした雰囲気を醸し出していた。


「本当にダンジョンの中……なのか?」


 初めての見るタイプのダンジョンに、少し困惑してしまう。


 だが、すぐにハッと我に返る。


 ……いや、今はこんなことを考えている場合じゃない! 早くショウタを探さないと!


 周囲を見回してショウタの姿を探す。すると交差点の向こう側に、子供服を着た小柄な少年が一人、呆然と立ち尽くしているのが見えた。


「お前ショウタか!? おーい、大丈夫か!?」


 急いで少年の元まで駆け寄り、彼の肩を掴む。しかし少年はこちらの声など聞こえていないのか、俺に背を向けたまま微動だにしない。


 ……どうなってるんだ? まるで人形のように、全く反応がないぞ。


「おい、ショウ――」


 ――ぐるんっ!


 突然、少年が首を180度回転させた。


 そして爛々と赤く光る瞳で俺をギロリと睨みつける。あまりの不気味さにゾッと鳥肌が立った。まるでホラー映画のワンシーンのような光景だ。


 見ると手元には鉈のような物を持っており、それを俺に向けて大きく振りかぶってきた。


『ケケケケケケケッ!!』


「んぎゃぁぁーー!?」


 咄嗟に【軟体】の体を生かして180度開脚をし、ぺたんと地面に這いつくばるようにして回避すると、先ほどまで俺の頭があった場所を鉈が『ブォン!』と音を立てて通過した。


 俺はそのままの体勢で少年に足をかけて転ばせると、地面に手をついてくるりと回転しながら後ろ蹴りを繰り出す。


「エスコルピオン!」


 ポルトガル語で"サソリ"を意味する、カポエイラの蹴り技だ。


 少年の首筋に俺のエスコルピオンが突き刺さると、その首はまるで人形のようにゴキっと折れ曲がり、地面にドサッと倒れた。


「う、うおおおおーー! やっちまったー! ショウタ、大丈夫……ってこれどう見てもショウタじゃねえな」


 倒れた少年の体は、まるでゾンビのようにガクガクと痙攣している。よく見ると関節部分につなぎ目のような線が入っているし、口元にも切れ目がある。


 ……どうやら人形のようなモンスターだったらしい。


『ケケケ――』


「ほいさっ!」


 首が折れた状態で奇声を発して気持ち悪かったので、千切れそうな頭を蹴り飛ばして胴体と分離させると、その体はようやく動かなくなった。


 うむ、やはりモンスターだったようだな。ちょっと人間みたいな見た目をしていたので、びっくりして情けない声を発してしまったが、人形とわかればどうということはない。


 もうこのナユタ様がこいつらにビビッて悲鳴を上げることは決してない、と思っていただこうッ!



「う、うわぁぁぁぁーー! 誰か、誰か助けてぇぇーー!」



 と、そのとき交差点を渡った先にある大きなショッピングモールのような建物の中から、少年の悲鳴が聞こえてきた。


 この声は、ショウタか!? 良かった、生きてたんだな。今行くから待ってろよ!


 俺はすぐに駆け出すと、急いで建物の中へと入る。するとショッピングモールの中央広場で、涙目の少年がモンスターに追いかけられているのが視界に映った。


「ショウタ! こっちだ!」


「お、おねえちゃん! 助けに来てくれたの!?」


 ショウタがこちらに気づいて、モンスターを引き連れながら俺の元まで駆け寄ってくる。そしてそのまま俺に抱き着くと、わんわんと大声で泣き始めた。


 良かった……本当に無事で良かった。


「――ってうおおぉぉぉぉ!!」


 安堵したのも束の間、俺たちの後ろから一体の人形が迫ってきていることに気付いた。


 そいつはいわゆる市松人形のような見た目をしているのだが……その全長は二メートルを優に超えており、しかも両手には何故かチェンソーが握られている。


『殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺――』


 人形はチェンソーのエンジンをふかすと、俺たちに向かって一直線に突っ込んできた。


「「ぎゃーーーーー!」」


 二人して絶叫を上げながら、全速力でその場から逃げ出す。


 星四ダンジョンヤバすぎるだろ! こんなの星二のボスより強いじゃねえか! しかもホラーすぎるし殺意も高すぎる!


 ――ギュン! ギュン! ギュルルルルッ!!


『血血血血ィィィィ!!』


 人形は意味不明な奇声を上げながら、チェンソーを俺たちに向かって振り下ろす。


 俺はショウタを抱えて横にジャンプして回避すると、チェンソーの刃先が床に突き刺さり『ドン!』という大きな音を立てた。


「くそ! ショウタ、俺にしっかり捕まってろよ!」


「う、うん……」


 ショウタをがっしりと抱きしめながら、なんとか市松人形から距離を取ろうとする。しかし奴はありえないような速度でチェンソーを振り回しながら追いかけてきた。


「もっとしっかり掴まれ!」


「……で、でもその……お、おねえちゃんの胸が僕の顔に……」


「ああ!? 今そんなん言ってる場合じゃねえだろ! 死にたいのか!?」


「――むぎゅ!」


 怒鳴りつけながら、俺はショウタの頭を自分の胸に押し付けて強く抱きしめた。そしてそのまま床を蹴りつけて、二階へ向かって階段の手すりを足場にしてジャンプする。


 二階にはスポーツ用品店やおもちゃ屋など様々なテナントが並んでいた。


 俺はショウタを抱きしめたまま床をゴロゴロ転がって商品棚に突っ込むと、落ちてきたサッカーボールを蹴りつけて人形の顔面にぶち当てる。


 人形は階段から転げ落ちたが、すぐさま起き上がって再びチェンソーを振りかぶりながら階段を上ってきた。


「お、おねえちゃんどうしよう」


「大丈夫だ。幸いにもここには武器が沢山あるみてーだからな」


 魔導具はないようだが、このショッピングモールには日本で普通に売っているような商品が沢山置いてある。それならばあの程度のモンスターを撃退する手段はいくらでもあるはずだ。


 俺はショウタと一緒に近くにあったホビーショップに飛び込むと、棚に飾られているエアガンの中から強力そうに見えるものを適当に数丁拝借してスカートの中の太ももベルトに挿し込む。


 ここには普段暗器を仕込んでいるのだが、ダンジョンの中に武器は持ち込めないので今は丸腰状態だったのだ。


『死死死死死死死ィィィ!!』


「ああ! もう追ってきたよ!」


「問題ねーよっと!」


 人形はカン高い奇声を上げながら、凄まじい勢いで突っ込んでくる。俺は素早くベルトの中から二丁のエアガンを引き抜くと、人形に向かって発砲した。


 ――ダン! ダン!


 放たれた二発の弾が人形の両目にピンポイントで命中する。【凄腕ガンマン】を持つ俺ならこのくらいの芸当は朝飯前だ。


「す、すごい! おねえちゃんかっこいい!」


「ふっ、そうだろう。惚れるなよ?」


 エアガンをくるくる回してベルトに戻しながら、目を抑えて絶叫を上げている人形に肉薄すると、その無防備な顎に向かってアッパーカットを叩きこむ。


 だが――


「いってぇ!」


 めちゃくちゃ硬いなこの人形! まるで金属の塊を殴ったみたいだ。ボクシングとの相性が悪すぎるぞ!


 仕方ないので関節技をかけようとしたら、人形がチェンソーを横薙ぎに払ってきたので、俺は咄嗟にバックステップで距離を取る。


「おねえちゃん! これ!」


 そこにショウタが金属バットを投げ渡してきた。


「おお、でかした! これさえあればもう怖いものなしだ!」


 俺はそれを受け取ると、チェーンソーを持つ人形の両手に向かってフルスイングする。するとゴキャッという鈍い音と共にチェンソーが床に落ち、そのまま人形は両手を抑えて絶叫を上げた。


 その隙に奴の背後に回り込むと、今度は大きく飛び上がって人形の後頭部に金属バットを叩きつける。


『ギアァァァッーーーー!』


 頭をかち割られた人形は、断末魔のような叫び声を上げてその場に崩れ落ちると、そのままピクリとも動かなくなった。


 ……ふぅ、どうやら倒せたようだな。


「えぇ……光の粒子になって消えないし、アイテムを落とさないんだが。こいつレアモンじゃないのかよ……」


 この市松人形、ただの雑魚敵だったの!?


 星四ダンジョン、俺が思っていた以上の難易度だ。これはボスを倒すことは考えないで、帰還の転移陣を見つけて脱出することを念頭に置いたほうが良さそうだ。


 ショウタは緊張の糸が切れて、その場にペタリと座り込んでしまった。俺はそんな彼の隣に腰を落とすと、大きく息を漏らして束の間の休憩を取ることにした。

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