第059話「先輩って本当に馬鹿ですよね」
「そう信じてボクは歌い続けるよ~♪ カムバックトゥアナザーワールド~♪」
ダンジョン管理局からの帰り道、上機嫌に鼻歌を奏でながら、俺は街を歩く。
今日は朝からずっと曇り空なので、吸血鬼の俺も昼間に外を歩けるという素晴らしい一日だ。
「……くしゅんっ!」
少し冷え込んできたな。季節はもう秋、俺がこの姿になったのが6月だから、早いものでもう半年近くも経つのか。
そろそろ冬服を買いにいかなきゃな。せっかく美少女になったので、かわいい服をいっぱい買いたい。幸いなことにお金はいくらでもあるから、今度は十七夜月におねだりする必要もなさそうだ。
冬用のコートに、新しいスカートやブーツも欲しいな。男のときは寒い中生足をさらけ出す女の子が理解できなかったけど、今となっては完全に理解できるようになった。
短パンやスカートにソックスやブーツを合わせたほうがかわいいコーデになるし、なによりも人々の視線を集めやすいのだ。
いや、キモい奴らにパンツやふとももをジロジロ見られたいわけじゃないぞ? なんだろう、女の本能とでも言えばいいのか。上手く説明できないのだが……。
「……ん?」
――てんてんてん……。
俯いてそんなことを考えていると、俺の足元にサッカーボールが転がってきた。
それを拾い上げて、ボールが転がってきた方向へと視線を移す。するとそこには、小学校中学年くらいの3人の男の子がこちらを見ながら手を振っていた。どうやら公園でサッカーをして遊んでいたらしい。
「よっ、ほっ、ふっ!」
俺は【ファンタジスタ】の左足でボールを空中に浮かせると、華麗にリフティングをしながら彼らのもとにゆっくりと近づく。
「うおおっ! すげーー!」
「ねえちゃん、サッカーうめぇな! プロの選手みたい!」
「かっこいい……」
ふふん、そうだろう。もっと褒めていいんだぞ?
公園の中心で華麗にリフティングしながら、ゴクリと息を吞む3人の少年の前でピタリと動きを止めると……そのまま天高くボールを蹴り上げる。
そしてボールが落ちてくるタイミングに合わせて、くるりと空中で回転してオーバーヘッドキックを繰り出した。
――ドゴォン!
ボールは凄まじい勢いで公園の隅に設置してあった柵をブチ壊すと、上空にクルクルと舞い上がって、少年たちの前にてんてんてん……と転がる。
「「「おおお~~~!」」」
少年たちが目をキラキラと輝かせて、拍手喝采する。
ふっ……どうやら俺の神業に魅了されたようだな。しかも今は外見まで美少女だから、純情な少年たちは惚れてしまったかもしれないな。
「なあ、きれーなねえちゃん! 俺たちと一緒にサッカーしようぜ!」
と、一人の少年がボールを持って俺に近づいてきた。
お、いいねえ! 昼間に外で活動するのも久々だし、俺のことを美人と正直に褒めてくれたお礼に、ここは一つ遊んでやるか!
「よかろう、このナユタ様が直々に手ほどきしてやろう」
「「「やったー!」」」
そうして俺は少年たちと一緒に公園で遊び始めた。
……
…………
………………
「ふう、子供は元気だね~……」
小一時間ほどサッカーをして遊んだ後、俺は公園に設置されているベンチに座って一休みすることにした。
少年たちはまだまだ元気いっぱいのようで、今度は公園内をバタバタと走り回って鬼ごっこをしている。
……子供ってすごいなあ。俺も【驚異のスタミナ】があるから体力は人一倍あるはずなんだけど、大人になるとちょっとした遊びでも精神的疲労が大きいんだよね。
リーダー格の腕白少年、ヒロ。ちょっとお調子者のムードメーカー、ソウマ。女の子とも見紛うほどの可愛らしい容姿をしたおとなしい少年、ショウタ。
この3人は幼馴染の仲良しグループであり、いつも一緒に遊んでいるらしい。
「……ん? あいつらなにやってんだ?」
いつの間にか3人が、さっき俺が破壊した柵のあった場所へと移動しており、座り込んでなにかをし始めた。
……なにしてんだろう? というかあの柵ってなんのために設置してあったんだろうな……。ぱっと見、中にはちっちゃな木が一本生えてるだけだし。
「おい、ソウマ。お前やってみろよ」
「え~……やめようよ~……ヒロくん」
「ショウタは臆病だなぁ。一瞬触るくらいなら平気だって……いくぞ!」
でっけー虫でもいるのかな? まあ、ガキが公園で虫捕りをするのは珍しいことじゃないから別にいいか。
「ほら、一瞬なら平気だろ? ヒロ、次はお前な」
「よし! 触るぞ~。ソウマより長く触ってやる!」
チラッと少年たちのほうを見ると、ぽわっとなにかが光るのが見える。
ちょっと待て、なんか嫌な予感がするぞ。どうも虫捕りしてる感じじゃない。それにあの光は……どこかで見たことが……。
俺は慌てて立ち上がって、彼らのほうへと近づいていく。
「よっしゃー! どうだ? ソウマより1秒くらい長く触ったぞ!」
「くっそぉ!」
「じゃあ次はショウタな!」
「う、うん……じゃあいくよ?」
3人の背中越しに、なにかが発光するのが見える。
待て! ちょ、ちょっと待て……お前らまさか!?
「お、おいショウタ……そろそろやばいぞ」
「ぼ、僕だって怖いけど……でも、ヒロくんより長く触ってやる!」
「おま! マジでそろそろやめとけって!」
「大丈夫だよほら――」
「「あっ!?」」
ヒロとソウマの驚く声が聞こえると同時に、気弱そうな少年――ショウタの姿が、突然パッと消えてしまった。
そして俺の目に飛び込んできたのは――
「て、
少年たちが触れていた木には、ダンジョンに通じる転移陣があった。彼らは度胸試し的な感覚で、それに触れて遊んでいたんだろう。
あの柵はこれを隠すために設置されていたんだ! くそっ、俺がもっと早く気づいていれば!
……って後悔するのは後回しだ。今はショウタを助けないと!
「お、お姉ちゃんどうしよう……」
「しょ……ショウタが」
「大丈夫だ! ねーちゃんに任せとけ、これでも俺はめちゃくちゃ強いんだ。今すぐにショウタを――」
自信満々に胸をドンと叩いて、少年たちを安心させようと思った直後……俺の全身からブワっと冷や汗が噴き出した。
……う、嘘だろ? な、なんでだよ……。
「ほ、
柵に中にあった木に浮かび上がっていた転移陣を見て、思わず息を吞んだ。動悸がどんどん激しくなっていく。
なんでこんなことに……。なんでよりにもよって星四ダンジョンなんだよ!?
星二は安定してクリアできるようになった。この調子でいけば年明けには星三に挑戦してもいいかな、なんて思っていたところだったのに……。
現在この世界で星四ダンジョンをクリアした人間はいない。アメリカの最強パーティで星三を攻略するのがやっとなんだ。
今の俺は彼らより上か? いや、ほんの僅かなら上かもしれないが、そこまで大差はないだろう。それも訓練された集団じゃなくて俺は一人だ。しかも魔導具も管理局に納品したてで、今は鞄の中に赤ポーションと緑ポーションが数個、アイテム鑑定機と魔法のランプが入ってるだけだ。
行けるか? ……ダメだ。俺の【直感】が言っている。
でも……ショウタはどうするんだよ! くそっ、せめて武器があれば……。一度家に帰って……いや、今から取りに行ってる時間なんてあるわけがない。小学生が星四ダンジョンの中で何分生きていられる? 俺が柵を壊したから……。違う! 俺のせいじゃない! こんなものがあるなら行政はもっとちゃんと管理してろよ! せっかく住む場所もできて、やっと美少女にもなれて、お金も不自由しなくなって、全てが上手くいってこれからだってときに……どうしてこんな。見捨てるべきだ。ついさっき会ったばかりの子供だろう? 命を懸けてまで助ける必要なんてない。だけど……一緒に遊んで、名前もどんな顔をして笑うのかも知ってしまった。
「うう、俺があんな馬鹿なことやろうって言いださなきゃ……」
「俺が止めなかったせいだ……。あいつはいつもは臆病だけど、時には向こう見ずなくらい勇気を出すときがあるって……知ってたのに……」
ヒロとソウマがぽろぽろと涙を流して、その場で崩れ落ちる。
俺は彼らの元まで歩み寄って、ポンと2人の肩に手を置いた。そして――
「すぐに助ける! だから泣くな!!」
くそ、なにやってんだよ俺は……。せっかくどん底からここまで這い上がったのに、また深い底にまで落ちようとしてる。
十七夜月ならきっと、「先輩って本当に馬鹿ですよね」と、溜め息を吐くんだろうな。
……でもな、仕方ないじゃないか。俺は……馬鹿で、カッコつけの、考えなしで動いちまう、どうしようもないダメ人間なんだ。だから、帰ったらいつものようにたっぷり説教していいからさ、今回だけは馬鹿なことをするのを見逃してくれよ、なぁ十七夜月。
「ヒロ、ソウマ! 手を出せ!」
「え……?」
「う、うん……」
俺は2人の指に安全ピンを刺して、滲み出た血を一滴ずつぺろりと舐め取る。
「血の盟約だ。絶対に俺がショウタを連れて帰る。だから、お前らは安心してここで待ってろ。決して俺を追ってくるなよ?」
両手でギュッと少年たちの頭を抱きしめ、くしゃくしゃと髪を掻き撫でる。すると彼らは泣きながらも、黙ってコクリと頷いてくれた。
震える足を2人に見られないようにしながら、俺は小さな木の麓に浮かび上がっている、ピエロのようなモンスターと四つの星が描かれている魔法陣に手を乗せる。
そして次の瞬間――俺の視界は白い光で埋め尽くされた。
【名称】:視力2.0
【詳細】:遠くのものがはっきりと見える。最近の子供はスマホやゲームばかりして目を酷使している影響で、視力2.0の子供の割合は年々低下しており、とても貴重である。
【名称】:軟体
【詳細】:非常に体が柔らかく、開脚をすれば股がぺたんと地面にくっつくほど。最近の子供はスマホやゲームばかりしていて運動をあまりしないので、身体の固い子供が多く、とても貴重である。
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