第058話「マジシャン」
「くふ、くふふふふっ……」
部屋の中で姿見に顔を近づけながら、ニヤニヤと笑みを浮かべる美少女が一人。
……そう、俺である。
いやー、"アストラるキューブ"の3人から顔に関する美の長所を頂いたので、改めて自分の顔を見てみたらさ……これがまあ美少女なわけですよぉ。
まあ? 俺くらいのポテンシャルを秘めていたら、いずれは美少女になるであろうことは知っていたけど、いざこうして実際に美少女へと変貌を遂げた自分を目の当たりにすると、『むふーっ!』と鼻息が荒くなってしまう。
「なに鏡を見てニヤニヤしてるんですか? 気持ち悪いですねぇ……」
ドアの前を見ると、バスタオルを巻いただけの姿の十七夜月が呆れた顔でこちらを見ていた。どうやら風呂上がりのようだ。
……どうでもいいけどこいつ、警戒心が薄くなってきたなぁ。俺が元男だという設定を忘れているんじゃないだろうか。
「気持ち悪い? どこが? ねえ、どこがですかぁ~~?」
俺はゴロンゴロンと転がりながら、きゃるんとしたポーズをとって十七夜月にすり寄ると、にゅっと美しい顔面を存分に見せつけてやる。
すると彼女は俺の【ぷにぷにほっぺ】をむぎゅ~っと両手でつねり上げながら、大きく溜め息を吐き出した。
「顔が美少女になったのは認めますけど、あまり調子に乗り過ぎないほうがいいですよ? 先輩、すぐにそうやって失敗するんですから」
「わ、わかってるわい!」
「本当かなぁ……。これは、嘘をついてる『ほっぺ』ですよ」
ぷにぷにの頬っぺたをむにゅーっと引っ張られて涙目になる俺。痛いです。やめてください。
「おお、めちゃくちゃ柔らかくて気持ちいい。これは癖になる感触ですね」
「もうひょうしにのらないのれ、そろそろひゃめてくらはい……」
十七夜月がパッと手を離すと、俺は床にぽてりと落ちてヒリヒリと痛む頬っぺたをさする。
……くそ、せっかく美少女になったんだから、もうちょっと優しくしてくれよ。ナユタちゃん泣いちゃうぞ。ぐすん。
「それより今日はダンジョン管理局へ行って、お父さんの上司の人と顔合わせするんですよね?」
「おお、そうだった。十七夜月パパの上司の人と会うんだった」
「そろそろお父さんが迎えに来ますよ。準備してください」
「わかった。パパが来る前に準備しておこう。パッパが来る前にね」
「――ふんっ!」
「おげぇ!?」
十七夜月のローキックが可愛いおケツにクリティカルヒットして、俺はお尻を押さえながら床をゴロゴロと転げまわる。
「お、お前なぁ! 今どき暴力系ヒロインは流行らないぞ!?」
「ヒロインじゃなくて飼い主ですから、ペットに躾けをしているだけです。……それより先輩、自分では気づいてないかもしれませんが、ちょっと気持ちが浮ついてますよ?」
「そ、そうかな?」
「はい。忠告ですけど、こういうときは気を付けたほうがいいですよ。前回は奇跡的に助かったみたいですけど、本来……命は一つしかないんですから」
「……」
十七夜月の真剣な眼差しに、俺は思わず押し黙ってしまった。
こいつがこんな風に言うということは、おそらく【直感】でなにかを感じ取ったのかもしれない。話半分じゃなくて、ちゃんと聞いておいたほうがよさそうだ。
立ち上がってお尻をパンパンとはたき、気持ちを入れ替える。
……そうだな。俺の目的は最強無敵の美少女になることだ。そのためには、まず自分の命を大切にしなくちゃいけない。確かに浮かれ過ぎはよくないな。
当初に比べると見違えるほどの姿になったが、今はまだ普通の人間よりちょっと強い最下級吸血鬼の美少女に過ぎないので、気を引き締めていこう。
――ピンポ~ン。
おっと、親父さんが迎えに来たようだな。
俺は急いで鞄の中にダンジョン管理局に納品する魔導具を詰め込むと、玄関に向かって駆け出した。
◇
「ううむ……。十七夜月に聞いてはいたが、本当にたった一人でこれほどの魔導具を納品できるとは。驚きを隠せないな」
目の前に座るナイスミドルなおじさんが、俺を見ながら感心したように呟いた。
この人が親父さんの上司で、ダンジョン管理局局長の"
白髪混じりの黒髪をオールバックで固めていて、渋みのあるキリッとした顔立ちをして、いかにもやり手そうな雰囲気を醸し出している。
テーブルの上には赤ポーションや星一ダンジョンの杖、その他に星二ダンジョンの特効武器も数点並べてある。局長さんはアイテム鑑定機を片手に、興味深そうにそれらを眺めていた。
そしてしばらく俺の納品した魔導具とにらめっこしていた局長は、やがて顔を上げるとニッコリと爽やかな笑みを浮かべた。
「いやはや、本当に素晴らしいな。それに吸血鬼と聞いていたからどんな冷酷で恐ろしい存在かと思ったが、随分と可愛らしいお嬢さんじゃないか。腰も低いし、安心して話ができそうで助かったよ」
「い、いや~……」
「やはり私が想像していたようにとても優秀で、そして賢い人物のようだね」
「そ、それほどでもぉ~……」
偉い人に褒めちぎられて、思わず鼻がにょきにょきっと伸びてしまう。
……ヤバい、この局長さん、めちゃくちゃ話がわかる人だぞ! サラリーマン時代のハゲ部長とは大違いだ。俺もこんな上司がほしかったなぁ。
だが、浮かれる俺の様子を見た局長さんが、一瞬鋭い眼光を放ったのを【スロプロ】の動体視力が捉える。どうやらただの良い人というわけではなく、抜け目なく俺を観察しているようだ。
……危ない危ない。社交辞令に決まってるのに、ちょっと舞い上がってしまった。十七夜月にあれほど注意されたのに、これじゃダメだな。気を付けよう。でも俺は褒められ慣れてないから、これ以上持ち上げるのはやめてください。お願いします。
「皇局長、このことは……」
「ああ、わかってるよ。ナユタくんのことは他言無用だ。ダンジョン管理局は、この事実を決して外部に漏らさないと誓おう」
皇局長がそう言うと、親父さんは安心したように息を吐いた。
ふむ、狡猾そうなおっさんではあるが、俺に対して悪意や敵意は持っていないようだ。利害が一致している限りは、お互いに仲良くできそうだな。
管理局に俺のことがバレたときはどうなるかとヒヤヒヤしたが、なんとかなりそうでよかった。
「ナユタくん、これを」
「これは? バラですか?」
局長さんから手渡されたのは、一輪の白いバラだ。
……んん? 確かに白くて美しいが、一体なんの意味があるのだろうか?
俺が首を傾げていると、局長さんは面白そうにフッと笑いながら指を『パチンッ』と鳴らす。
するとバラは一瞬で燃え上がって灰になり、代わりに俺の手元にはいつの間にか一枚のカードが握られていた。
「うわ、凄い!? なんかの魔導具の効果ですか?」
「ふふふ……」
「局長……。かわいい女の子の前だからってわざわざカッコつけるのはやめてくださいよ。普通に渡せばいいでしょうに……」
どや顔で微笑む局長さんに、親父さんが呆れたように溜め息を漏らす。
親父さんによると、皇家は代々警察や自衛隊の上層部を牛耳ってきたエリート家系らしいのだが、なんでも彼の母親は世界的に有名なマジシャンで、局長さんはその血を色濃く受け継いでおり、マジックが大得意なんだそうだ。
ここだけの話として局長さん本人から聞かされたのだが、実は母親はマジシャンであると同時に怪盗でもあったらしく、警察のエリートで彼女のライバル的存在だった父親とドラマのような恋の駆け引きを繰り広げて、最終的に結婚したのだとか。
怪盗と警察官の禁断の恋かぁ……ロマンがあるなぁ。面白そうな話だし、今度機会があったらもっと詳しく話を聞いてみよう。
「……ところで、これって銀行のカードですか?」
「ああ、話が逸れてしまったね。そう、君には戸籍がないのだろう? ここに君から買い取った魔導具の料金を入金しておくから、自由に使うといい」
おお! それは助かるぞ。
俺はカードを受け取ると、早速スマホでネットバンクにアクセスしていくら入金されているのか確認してみた。
……って、なんだこの金額! 一、十、百、千、万……と続く桁の数が半端じゃないぞ! もうすでに一生遊んで暮らせるレベルの金が入金されてるんだけど!?
「君が思っている以上に魔導具の価値というのは高いのだよ。特にこの"癒しの杖★★★"など、世界中の富豪が大金を積んでも買いたがる代物だ」
言われてみれば確かに……。"癒しの杖★★★"は粉砕骨折レベルの大怪我ですら一日一回は完治させることができるので、スポーツ選手や格闘家、それに人命救助に携わる医者なんかは喉から手が出るほど欲しがるだろう。
う~む、美少女になったうえに、こんな大金をポンと渡されるなんて。なんだか夢でも見ているみたいだな……。全てが上手くいきすぎていて、少し怖いくらいだ。
「うちとしても君の存在はとてもありがたい。今後もよろしく頼むよ」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
局長に差し出された手をガッチリと握り固い握手を交わすと、俺は正式にダンジョン管理局と取引関係を結んだ。
最後になにか困ったことがあればなんでも相談してくれと言われたので、血を一滴要求したら、彼は快く了承してくれたのだった。
【名称】:奇術師
【詳細】:その器用な手先と、人を欺く技術から繰り出される華麗なるトリックはまさに神業。なにもない場所から花を出したり、見えない糸を操って念動力のように物を浮かしたり、あるいは瞬間移動したかのように錯覚させたり、変身でもしたかのような変装で姿を変えたりするなど、まるでファンタジーの魔法のような現象を引き起こす。
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