第055話「推しのアイドル③」
「ナユタ、早くしてくだサ~イ」
「よ、よし……。いくぞ?」
女子トイレの個室で、シャツの前ボタンを外し、白い首筋をさらけ出しているエミリアに向かって、俺はぐぁっと大きく口を開けながら顔を近づけていく。
……え? こんな場所でなにをしているのかって?
別にエッチなことじゃないぞ。エミリアが俺に血をくれるって言うから、思い切って首筋に噛みついて直接吸ってやろうとしてるだけだ。せっかく吸血鬼になったんだから安全ピンでチクリなんて味気ないことばかりやってられるかっての。
さて……血を吸う前に、俺がどうしてアイドルとして活動しているのか、まずはそこから説明しなければならないだろう。
それは、裏カジノで知り合った
何故そのような行動を取ったのかというと、彼女が集めた3人は、俺から見てもいずれは大ブレイク間違いなしと確信できるくらいのポテンシャルを秘めた美少女たちだったからだ。
そんな彼女たちを臨時メンバーとしてサポートしつつ、仲良くなって血を頂いてしまおうっていう寸法である。
エミリアはハーフでスタイル抜群の美少女で、一見するとドライな性格にも見えるのだが、実は人懐っこく甘えん坊で寂しがり屋だ。なので、かまってやればやるほど俺に懐いてくれた。
ただ……数分ごとにライソがくるようになったり、それを既読スルーするとすぐに電話をかけてくるというメンヘラ気質だったのまでは予想外だったが……。
だが、苦労した甲斐あってようやくエミリアをデレさせることに成功。俺は今、人生初の直の吸血行為を行おうとしているわけである。
ちなみに、亜莉朱とはオタクトークをしていたら簡単に仲良くなることができたので、もうとっくに攻略済みで血も頂戴している。
そんな彼女から手に入れた長所がこれだ――
【名称】:ぷにぷにほっぺ
【詳細】:ぷにぷにと柔らかい、思わず触りたくなる頬。実際の年齢よりも幼く見られがちになり、小動物的なかわいさが際立つ。異性だけでなく同性からも庇護欲を掻き立てられる。
とまあ、こんな感じの長所だ。
おかげで俺の美少女っぷりが更に増した……のだが、同時に前よりも童顔になってしまったのは誤算だった。これで幼い外見とドスケベボディのギャップが前以上に際立ってしまった気がする。
そうそう、それとファンのオタクからもアクシデントで血を入手することができたんだった。
それも一応紹介しておくか――
【名称】:高速サイリウム
【詳細】:両手に構えたサイリウムを高速で回転させる、いわゆるヲタ芸の一種。ヲタ芸と馬鹿にすることなかれ、極めるとこの上なくカッコイイぞ!
まあ、これは使いどころがあるのか微妙なところだけどな……。
「ナユタ~、まだデスかぁ~?」
「おっと、ごめんごめん。今やるよ」
エミリアが催促してきたので、俺は改めて彼女の首筋へと顔を近づけると、勢いよく牙を突きたててやった。
「……んっ」
どこか艶めかしい声を漏らしたエミリアに構わず、ずぶずぶと俺の犬歯が彼女の柔らかい皮膚に食い込み肉を引き裂いていく。そして流れ出る鮮血を舌で舐めとり、喉を鳴らしながら嚥下していく。
こ、こ、こ、これはっ……!
「くぅっ……美味え!!」
直に飲む血って、こんなに美味かったのかよ……ッ!
今まで安全ピンから滴り落ちた数滴の血を舐めていた程度で、こんな量の血を一度に飲んだことなかったから知らなかったぞ。
チューチューチューチュー!
《【小顔】を獲得しました》
必死になってエミリアの血液を啜っていると、脳内に無機質な声が響き渡り、同時に俺の顔全体がムズムズしたような感覚に襲われる。どうやら新たな能力を獲得したようだ。
しかもこれは十中八九、美の長所だぞ……! 亜莉朱に続いて大当たりじゃないか! さすが大人気アイドル (予定)の"アストラるキューブ"のメンバーたちだな。
俺は喜び勇んでステータス画面を開き、早速内容を確認してみる。
【名称】:小顔
【詳細】:小さな顔は美人の証。顔が小さいと、目鼻立ちが際立ちより美しい印象を相手に与える。それだけにとどまらず、頭身のバランスの関係で、実際よりスタイルもよく見える。
おお、これはナイスだ! 美少女度がまたしてもアップして、俺のかわいさのレベルが留まるところを知らない! うおおおぉぉぉぉ!!
ガブガブガブガブ! チューチューチュー!!
テンションが上がって、もう能力は獲得し終わったというのに、エミリアの首に食らいついたまま吸血を続ける。
「な、ナユタ……なんかちょっとクラクラしてきたデ~ス……」
「チューチューチュー! ゴクゴクゴクッ!」
エミリアがなんか言ってきてるが、俺は吸血に夢中でそれどころじゃない。
あー! 血ぃうめぇ!!
「あ、待って! なんか意識が遠くなってきた! ナユタ、やばい! ちょっと本当にやばいからっ!」
エセ外国人口調も忘れて、突然流暢な日本語で必死に訴えてくるが、俺は吸血をやめない。
暴れんな……暴れんなって……。もうちょっとだけ吸わせろ……。
「おーい! ナユタ、エミリア~! いつまでトイレに入ってるんだ~?」
突如ガチャリとドアが開けられ、亜莉朱が顔を覗かせてきた。
その声でハッと我に返った俺は、慌ててエミリアの首筋から牙を抜く。
すると、深く食い込んでいた牙が一気に抜けたことでブシャーっと勢いよく鮮血が噴き出し、亜莉朱の顔面を真っ赤に染め上げた。
「ぎゃー! 殺人事件ーー!!」
「オ~ウ……おばあちゃん、何故そこに? 去年死んだはずじゃ……? 待ってくだサ~イ……」
「やべっ! エミリアの魂が抜けかけてる!」
虚ろな表情で三途の川を渡りそうになっているエミリアの口の中に、俺は慌てて鞄の中にあった赤ポーションを突っ込んだ。
「ゴクゴクッ……ぷはっ! はぁ、はぁ……。あれ? おばあちゃんどこデスか?」
あ、危なかったぜ……。ギリギリで間に合ったようだ。
血が美味すぎて理性がぶっ飛びかけた。俺ともあろうものがあやうく殺人犯になるところだったぞ。これから直に飲むときは気をつけないとな……。
◇
「まさかナユタが本物の吸血鬼だっただなんてね。まるでアニメみたいじゃないか」
「秘密にしてくれよ? もしバレて騒ぎにでもなったら、俺はここにいられなくなるんだからさ」
「もちろんさ。エミリアもそれでいいだろう?」
「もちのロンデ~ス!」
「いやー、友人が吸血鬼だなんてオタク冥利につきるよ」
3人で連れ立ってライブ会場の外へと向かいつつ、雑談を交わす。
さすがにさっきの吸血事件を目撃されてしまっては秘密にしておくわけにもいかず、亜莉朱とエミリアには俺が吸血鬼であることを打ち明けることになってしまった。
でもまあ、この2人なら言いふらす心配もないだろう。オタクの亜莉朱はそういう秘密をペラペラ喋るタイプじゃないし、エミリアは俺に夢中だからな。
ただ、エミリアが「あの感覚、なんだか癖になっちゃいそうデ~ス!」とか言っていたのは聞かなかったことにしたい。
「あれ? 愛那のやついないな?」
「ホントデ~ス。見える範囲にはどこにもいませんネ」
「ボクたちが遅すぎたから1人で帰っちゃったのかな?」
いや、愛那はそんな無責任なことはしない。クソ真面目なリーダーであるあいつは、たとえ俺たちが一時間遅刻しようが文句ひとつ言わずに待っていることだろう。
俺は近くにいた、路上にバイクを止めてスマホをいじっている若者に愛那のことを尋ねてみる。
「あの……このあたりで高校生くらいの女の子が待っていませんでしたか? 黒髪ロングで、清楚系のめちゃくちゃかわいい子なんですけど」
「ああ、その子なら太ったおじさんのベンツに乗って行ったよ。かわいい女の子とおじさんの組み合わせは、まさに事案って感じだったからよく覚えてるんだ」
は? 太ったおじさん……? それってまさか……。
嫌な想像が頭をよぎった俺は、全速力で走り出す……が、場所もわからないのに愛那の元へたどり着けるはずもない。
「ナユタ! 愛那のスマホにはGPSアプリが入ってるよ!」
「あの子は田舎から出てきたばかりで方向音痴なので、社長が入れてあげたのデス」
亜莉朱とエミリアの言葉で、俺はすぐにスマホを取り出して愛那の位置情報を調べてみる。
すると、ここから少し離れた場所に赤い点が表示されているのが見えた。しかし車に乗っているのか、どんどんその赤い点は遠ざかっている。
「お兄さん! バイク借りるぜっ!」
「ええーーーーっ! ちょ、ちょっと君ぃ! 俺のハーレーちゃーーん!!」
急いで道端に停めてあったバイクにまたがった俺は、若者の悲鳴をBGMにアクセルを全開にして一気に加速した。
うおぉぉ! 待ってろよ愛那ぁぁぁ!! 俺が今助けに行くからなぁぁぁぁ!!
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