第028話「通り魔」

「ふう……いい買い物をしたぜ」


「買ったのは私ですからね? ちゃんとビッグになったら返してくださいよ?」


「もちろんだ! ビッグになったらな!」


 下着のあとに、部屋着や外出着、オフ会用の勝負服なども購入し、俺はほくほく顔で帰路につく。


 全部で十数万くらいしたし、これでしばらく十七夜月には頭が上がらなくなってしまった。


「しっかしあの店員ウザかったなぁ。俺が選んでるのにずっと横で口出ししてきてさぁ……」


「ああ、いますよねー。そういう店員」


「俺は服を選んでるときにずっと張り付いてくる店員がこの世で6番目に嫌いなんだよ」


「ちなみに5番目は?」


「髪を切ってるときに延々と話しかけてくる美容師だ」


「あはははは! それは私も嫌いです。陰キャあるあるです――」



「きゃーーーーーーッ!!」



 俺が十七夜月とくだらない会話をしながらショッピングモールを出ようとしたとき、突如として大きな悲鳴が聞こえてきた。


 それと同時に、建物の中にいた人たちが慌てて出口へと向かって走ってくる。


 俺たちは顔を見合わせると、その流れに逆走するように悲鳴の聞こえてきた方向へと向かった。



「そ、その子を離して大人しく投降しろ! もう逃げることはできんぞ!」


「う、うるせー! 俺はもう終わりなんだ! こうなったら未来ある若者を道連れにしてやるぜぇぇーーッ!!」


「いやぁ! いやぁぁ!!」



 そこには数人の警備員に囲まれた中年の男が、中学生くらいの美少女を羽交い絞めにしてナイフを突きつけているという、ドラマや映画でしか見たことのないような光景が広がっていた。


 近くにはこの男に刺されたのか、何人かの男女が座り込んでいたが、どうやら命に別状はなさそうだ。他の客に手を借りて、急いで逃げようと試みている。


 しかし、男に完全に拘束されている少女だけは、とても逃げられそうになかった。対処を誤れば、あの子の命が危ない。


「おい十七夜月、お前拳銃とか持ってないのかよ」


「警察学校を卒業して一年目の、しかも非番の新人が持ってるわけないでしょう。それに持ってたとしても、銃を向けたら犯人を刺激させるだけですよ」


 男の目は血走っており、今にも未来ある美少女を道連れに無理心中しかねない危険な雰囲気だ。


 ガクガクと震える少女の首筋には、ナイフがぴったりと当てられており、一筋の血がたらりと垂れる。


「……先輩、あれ・・でなんとかしてくださいよ」


 十七夜月が指差したのは、俺たちのすぐ横にあるスポーツ用品店の店頭に飾られていたサッカーボールだった。


 ゆっくりとした足取りでボールに近づき、それを手に取って俺に渡してくる十七夜月。


「はい」


「……はいって? これでどうしろと?」


「コ○ン君みたいにこれで犯人のナイフをはじき飛ばしてくださいよ。サッカーの凄い長所持ってるって自慢してたし余裕でしょ?」


「余裕じゃないわ!? お、お前なぁ……俺もあのアニメは好きだが、あんなの現実でできるわけないだろ。あのメガネの少年はほぼ人外だからね?」


「先輩なんてほぼじゃなくて完全に人外のゾンビじゃないですか」


「それはそうだが……」


「それにコ○ン君と同じで、体は子供で頭脳は…………あ、頭脳も子供でした。ごめんなさい、全然コ○ン君と違いましたね。やっぱり無理しなくて大丈夫ですよ」


「よーし! やってやる! 今すぐやってやる! 見とけよオラァ!!」


「……ちょろ」


 うるせぇ! 俺がちょっと本気を出せばあれくらい朝飯前だわ!


 俺はサッカーボールを足元に置くと、履いているスニーカーの側面部分を触り、あたかもダイヤルがついているかのように指でくるくると回しながら集中力を高め、犯人のナイフが少女の首筋から離れるタイミングを見計らう。


 しばらくすると男が少し体勢を変え、ナイフと少女の間にわずかな隙間が生まれた。


 が、あれくらいでは弾いたナイフが少女に当たる危険がある。もう少しでいいからナイフと少女の距離が離れればいいのだが……そうもいかないようだ。


 仕方ない。すぅぅぅぅぅぅ……


「――ぷッ!!」


 大きく息を吸い込み、【唾飛ばし】で口の中にたまった唾液を高速射出する。


 唾液はたちまちのうちに犯人の肘に付着し、突然生温かい液体が自分の腕にかかったことに驚いた男は、肘を見るようにナイフを持った手を上にあげた。


 ここだっ! いけぇぇぇぇ!!


「ぐあっ!」


 俺の蹴ったボールが見事犯人の手首に直撃し、ナイフが空中に高く舞い上がる。


 その一瞬の隙に十七夜月は少女と男の間に割って入ると、男の腕を捻りあげて地面に押さえつけた。


「警備員の皆さん、手伝ってください!」


「お、おう!」


「やるなぁ姉ちゃん!」


 それを見ていた警備員たちが、慌てて男の身柄を取り押さえる。こうなってしまっては、もう抵抗することなど不可能だろう。


 俺は少女のもとへと駆け寄り、恐怖で強張る彼女の手を優しく握った。


「大丈夫ですか?」


「あ、ありがとうございます」


「いえいえ、ぺろぺろっと」


「ひゃ!? へ? な、なんですか?」


「あ、いえ。ただの消毒です」


「……そ、そうですか」


 血の滲んだ首筋をぺろりとひと舐めするが、頭が混乱しているのか特に不審がられることはなかった。


 どうだ? 美少女だし、なにかいい長所が手に入らないかな?


 俺は期待を込めて口の中で少女の血と唾を混ぜ、それを一気に嚥下する。



《【忘れ鼻】を獲得しました》



 こ、これはまさか! ついにきたのか! 容姿変化系の長所が! 俺が美少女に近づくための、最初の一歩がついに……。


 しかし、鼻に手を当てて確認してみてもどこが変わったのかさっぱりわからなかった。


 どういうことだろうか? とりあえず詳細を見て確認してみよう。




【名称】:忘れ鼻


【詳細】:美しく整っている鼻でありながら、特に目に付くようなポイントがなく、後から思い出そうとしてもなかなか思い出せない鼻。だが、印象に残らないがゆえに、主張しすぎず、顔全体との調和がとれており、その人の顔にぴったりと合っている。美しい顔であればあるほど、この鼻の価値が引き立つだろう。




 ああ、なるほど。つまりこれだけではあまり変化は感じられないが、のちのちになって大きく影響してくるような長所ってことか。


 欧米の人みたいにスッとした高い鼻は、和風の俺の顔には逆に不自然な感じになりそうだからな。むしろこれは俺にとって最適な鼻といえるかもしれない。


 まだ実感は湧かないが……俺は今この瞬間、美少女への第一歩を確かに踏み出したといっても過言ではないだろう!


「いよぉぉーーし! やったぜぇぇーー!!!」


 喜びのあまり、俺は空から落ちてきたサッカーボールをそのままオーバーヘッドキックで蹴り飛ばした。


「ぶぎゃーー!」


 ボールは犯人のおっさんの顔面に吸い込まれるように直撃し、おっさんは鼻血を吹き出して気絶してしまう。


 てん、てん、てん、っとボールがバウンドして俺の足元へと戻ってきたので、ついでにボールについたおっさんの血もぺろっとひと舐めしておく。



《【スロプロ】を獲得しました》



 まあ……あまり驚きはないな。だっていかにもパチンコとかスロットばっかりやってそうな雰囲気してるもんあのおっさん。


 プロというくらいだからそれなりの腕前だったんだろうが、なんらかの原因でそれで生計を立てるのが難しくなったとかかな?




【名称】:スロプロ


【詳細】:凄まじい動体視力と集中力を持ち合わせ、高速回転するスロットマシンの絵柄を瞬時に判別し、的確に大当たりを射止めることのできる能力。だが、限界を超えて目を酷使するため、やりすぎれば普通の人間であれば目の寿命が縮んでしまうだろう。




 ふむ、詳細を見た感じ、目を酷使しすぎて視力が落ちて、絵柄を視認できなくなった……とかかね。それで自暴自棄になって犯行に及んだと、そんなとこだろう。


 でも俺の吸血は、どうやらその人の全盛期の能力を獲得できるようなので、おっさんの視力が落ちてようが関係ないけどね。



 その後、駆けつけた警察に犯人は連れて行かれた。


 ちなみにサッカーボールはおっさんの血で汚れてしまったので、強制的に買い取ることになってしまい、しかも限定モデルだったらしく結構なお値段で、十七夜月にぷんすかと怒られてしまったのだった。

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