第027話「着ていく服がない」

「オフ会に着ていく服がない……」


 やべぇよ……。完全に忘れてたわ。


 十七夜月にゾンビ臭のついた服は全部捨てられてしまったのだ。


 今まではずっとゲームばかりして引きこもっていたので、十七夜月のお古のジャージだけでなんとかなっていたが、さすがにオフ会にジャージで行くのはまずいだろう……。


 しかも今度のオフ会は桃華との美少女対決でもあるわけだし、服は重要なファクターとなる。


「というわけで、服を買ってくれー!」


 リビングでくつろいでいた十七夜月のもとまでダッシュすると、俺はゴロゴロと転がりながら仰向けになって目をうるうるさせた。


 この俺のかわいさに、きっと十七夜月もイチコロだろう ……と思ったのだが、彼女の反応は冷たいものだった。俺のお腹を足の指でふみふみしながら、辛辣な言葉を吐いてくる。


「あのですね? この前パソコンとスマホを買ってあげたばかりじゃないですか。その上、服まで買ってくれって……少し厚かましいとは思いませんか?」


「そう固いこと言うなってー。俺が将来ビッグになった暁には、百倍にして返してやるからよー。これは先行投資だと思ってさ、な?」


「なんかいい年して未だメジャーデビューを夢見ながら、バイトで食いつないでいる売れないバンドマンみたいなセリフですね」


 うっせえ。俺はまだ本気を出してないだけだし。俺には無限の可能性が秘められてるんだからな。


「いいじゃん、買って買って買ってよ~!」


 フローリングの上で両手両足をじたばたさせながら駄々をこねる。


 大の大人、しかも男なら絶対に許されないが、少女の姿になった今ならば可能な最終奥義だ。


「はぁ……しょうがないですね。買ってあげますよ」


「いやったー!」


「まったく……先輩が来てから出費がかさみっぱなしですよ」


「へへへ、十七夜月大先生には頭が上がりませんなぁ……」


「まあ、いざとなれば先輩を研究機関に売りさばけば元は取れるか……」


「ははは、またまたぁ~。そういう冗談はよくないぜ」


「……」


「…………え?」


 冗談ですよね? ……無言でその真顔はやめてもらえないでしょうか?


 チラチラとこちらを見ながら「ゾンビっていくらくらいで売れるのかなー」と呟く十七夜月に、俺は一抹の不安を覚えるのだった。


 

 

 今日は十七夜月が休日ということで、俺たちは早速最寄りのショッピングモールへとやってきた。


 ここには若者向けのカジュアル系アパレルショップから、ちょっと大人向けの高級ブランドショップまで、幅広いジャンルの店が集まっている。


 せっかく美少女……とはまだいえないかもしれないが、女になったのだし、ここは慎重に服を選ばなくては。


「ちょっと待ちなさい」


「ぐえっ」


 てててて、と小走りで服屋に向かおうとしたところで、十七夜月に首根っこを掴まれてしまう。


「なにすんだよ!」


「服の前にまずは下着を買いに行きますよ。先輩、そのジャージの下ノーブラでしょう?」


 その通り、実は先端がこすれて少し痛いのです。


 しかし、それを正直に言うのはちょっと恥ずかしいので、今までは我慢してきたのだ。


「まあ、ね。だって十七夜月のお古じゃサイズ合わなかったし」


「ムカつくなぁ……。私だって平均より結構あるほうなんですからね? 先輩がドスケベボディすぎるんですよ」


 そう言って、十七夜月は俺の胸を指先で軽く小突いてきた。


 いやん。それってセクハラですよ? ふ、女ですら俺の【神乳】の威光にはひれ伏すしかないというわけか。


 つんつん……。


 つんつんつんつん……。


「んおふぅ!」


「お? 当たった?」


「当たった? じゃねーよ! いつまでやってんだ!」


 十七夜月の指が当たってはならぬ場所にヒットして、思わず間抜けな声を漏らしてしまった。


 あかん……これは確かに早急に胸の防具を調達する必要があるかもしれない……。


 そんなわけで、俺は十七夜月に連れられてランジェリーショップの中に入る。俺一人だとさすがに恥ずかしいが、こいつがいれば心強い。


 しかし、いざ入店してみると、色とりどりの華やかな下着が並べられており、目のやり場に困ってしまう。


 そんな俺に構わず、十七夜月は店内を物色しながら話しかけてきた。


「これとか先輩に似合いそうじゃないですか?」


「ほぼ黒い紐じゃねーか! 俺は痴女か!」


 スケスケのレースに紐がついてるだけという、ほぼ下着として機能してないような代物を手渡されて、俺は思わず後ずさる。


 十七夜月はケラケラと愉快そうに笑いながら、別の下着を手にとった。


「冗談ですよ。やっぱり普通に白か……もしくは水色あたりにしときます? それとも思い切って赤とかピンクとか」


「白か水色で頼むわ……」


「それじゃあ適当に見繕ってきますから、ちょっと待っててください」


「……おう」


「あ、ところで先輩、胸のサイズはいくつかわかります?」


「いや、知らないけど……」


「それなら先にサイズを測りましょうか」


「うぉい!」


 あれよあれよという間に試着室へと連れていかれ、俺は十七夜月の手によってメジャーを当てられていた。


「ほうほう……。うわ! すごぉ!! トップとアンダーの差が24センチもありますよ!」


「それってすごいん?」


「はい、これならGですよGカップ! Fカップを超える伝説のサイズです!」


 どうやら俺はバスト89センチのGカップらしい。さすがは【神乳】だ、とんだチートボディだぜ。


 しかも大きいだけじゃなくて形や色も素晴らしいからな? まさに誰もがうらやむパーフェクトおっぱいである。


「ついでに身長も測りましょう。先輩、そこに立ってください」


「ほいよ」


 試着室の壁に背をつくと、十七夜月がメジャーを伸ばして俺の頭頂部からつま先までを測っていった。


「145センチですね……。小学六年生の女子の平均と同じくらいですよ」


「ま、マジか……。小さいとは思っていたがそこまでとは……」


「それでこのドスケベボディは犯罪的ですよ?」


「ううむ、やはり高身長の長所をどこかで獲得せねばならんか……」


 十七夜月が胸や尻をペタペタ触ってくるのを好きにさせながら、俺は頭の中で今後の成長計画を立てる。


 10頭身のスーパーモデル体型になったナユタちゃんを妄想しながら、俺はニヒルな笑みを浮かべた。


「いやいや、先輩はこのままでいてくださいよ。こっちのほうが希少価値が高いし高値で売れそうじゃないですか」


「売ることを念頭に置くのはやめようね!?」


 やべぇよ……。このままずっとニート生活を続けてたら、そのうち本当に売り払われてしまうかもしれん。一刻も早く力を蓄えなければ……。


 そのためには桃華とのオフ会をまず成功させねばな。


 こうして無事バストのサイズと身長が判明したところで、俺は十七夜月に見繕ってもらった下着をいくつか購入することにした。


 ちなみに値段は合計で4万円くらいだった。女物の下着たっけぇ……。

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