第035話「リベンジダンジョン」

《続いてのニュースです。昨夜未明、東京都内のダンジョンで配信活動をしていた5名の男女が消息を絶ちました。警察ではダンジョン内でモンスターに襲われて死亡したとみて捜査を進めています》


 十七夜月と一緒にもぐもぐと夕食を頬張っていると、テレビからそんなニュースが流れてくる。


 う~む……最近この手のニュースが増えてきたな。


 なんでも先月アメリカで、世界で初めて星三ダンジョンをクリアしたパーティが現れたらしく、その動画がバズったことがきっかけで、世界中で第二次ダンジョンブームが到来しているんだとか。


「よくやりますよねー。あの動画のパーティって、アメリカ政府が合衆国中から厳選に厳選を重ねて集めた超エリート集団って話じゃないですか。一般人が真似してダンジョンに入っても、簡単に死んじゃうに決まってるのに」


「まあなー。でも動画配信者なんてみんなそんな感じだろ? 危機感が欠如してるというかなんというか。どうせ死にまくってまたすぐ沈静化するだろ」


 普通の人間は星一ダンジョンでも簡単に命を落とす。


 星三ダンジョンともなると、実質クリア不可能だと言われていたくらいだから、それをやってのけた人間が現れたとなれば世間が騒ぐのも当然だろう。


 中には自分にもできるんじゃないかと錯覚して、軽い気持ちでダンジョンに潜ってあっさり死んでしまう人間が出てきても不思議じゃない。


「経験者は語るってやつですか? さすがはした金のためにダンジョンに潜って、死んでゾンビになった人は言うことが違いますね」


「う、うるせー!」


 俺はゾンビになっても生き延びたんだからいいんだよ。今は人間を超越した吸血鬼だしな!


「でも中国もアメリカに対抗してダンジョン攻略に力を入れ始めたみたいですし、ブームはもう少し続くかもしれませんね」


 一時はどこの国もダンジョンを放置していたのだが、最近は魔導具を求めて政府主導でダンジョン攻略に乗り出す国が増えてきているらしい。


 魔導具はこの世界ではありえないような未知の力を秘めた物が多く、もしかしたら国力を増強するような強力なアイテムが手に入る可能性だってあるわけだし、それは当然の流れなのかもしれない。


 日本でも密かに自衛隊が攻略に乗り出してるって噂もあるしな。


「それより思ったんてすけど、今の先輩だったら星一ダンジョンなら普通にクリアできそうですよね」


「……え?」

 

 十七夜月の何気ない一言に、思わず箸が止まる。


 ……言われてみれば確かにそうだ。


 今の俺は100メートルを9秒50で走り、ボクシングの世界チャンピオンクラスのパンチ力があり、バットを振れば場外ホームランを狙えるほどの強肩の、柔道の紅白帯を締めている、無尽蔵のスタミナと高い再生能力を持つ吸血鬼だ。


 星一ダンジョンくらいなら一人でもクリアできるのではないか?


「……」


 俺は頭の中でダンジョンを攻略するシミュレーションをしてみる。


 初見のダンジョンならまだしも、あのゾンビダンジョンなら今の俺のステータスであれば余裕な気がする。


 そもそも俺自身がボスの犬型ゾンビより上位のアンデッド系モンスターなわけだし……。


「いけると思う?」


「思いますね。勘ですけど」


 ふむん……【直感】を持つこいつがここまではっきり言うのなら、本当にいけるのかもしれない。


 いや……でも待てよ?


「そもそも今の俺ってダンジョンに入れるのか?」


 なりかけゾンビのときは転移陣に反応があったけど、進化して半屍吸血鬼となった今の俺はどうなんだろうか?


 それにダンジョンに入ったら俺の【モンスター憑依】が解けてしまうという懸念もまだ消えていない。


 そのことを十七夜月に相談すると、彼女は顎に手を当てて考え込む仕草をする。


「う~ん……なんとなくですけど、どっちも大丈夫な気がします」


「その根拠は?」


「なんというか……今の先輩って"朝霧那由多"でも"少女のゾンビ"でもなく、"吸血鬼ナユタ"っていう別の存在になってる気がするんですよ。そのへんどう思います?」


「……言いたいことはなんとなくわかる気がする」


 俺が半屍吸血鬼となって今日で二週間が経った。


 最初の一週間は進化に至ったことでいっきに気が抜けて、だらけまくりのニート生活をしていたのだが……その際に例の"吸血衝動"が発生してしまったのだ。


 イライラしたり急に悲しくなったり、とにかく情緒不安定になって、無性に血が飲みたいという欲求が俺を襲った。


 見かねた十七夜月が血を吸わせてくれたので事なきを得たが……。


 以前のように魂に俺の自我が刻まれていて、肉体を外部から操っているという状態であるのなら、俺の精神にこのような肉体に起因した欲求は起こらないはずなのだ。


 つまり、今の俺は精神と肉体が完全に結びついている状態であり、以前のような少女のゾンビに取り憑いている訳の分からない存在という立場から、"吸血鬼ナユタ"という新しい生命体として生まれ変わったということなのかもしれない。


 新しく追加された【ステータス閲覧】も、憑依体ならデフォルトでできたことができなくなったため、補完として獲得したものであると考えられる。


 おそらく【吸血】が【吸血改】に強化されてなかったら、今の俺であれば血を吸う度に知性を失うことになっていたのではないだろうか。


「先輩って昔から、存在感が希薄……というんですかね? コミュ力も行動力もあるのに、何故か人と深く関わろうとしないし、どこか影があって幽霊っぽいなーって思ってたんですよね」


 十七夜月はそこで一旦区切ると、湯飲みを手に取ってずずずっとお茶を啜る。


 ……昔から漠然とした不安があった。


 ここが自分の居場所じゃないような、自分のいるべき場所はどこか違うところにあるような……そんな気持ちが心の片隅にいつも存在していて、でもその正体がわからなくて。


「無気力で、無関心で、いつか消えてなくなりそうな、そんな雰囲気をまとってた気がします」


「……続けて」


「はい、そんな不安定な雰囲気が今の先輩からは感じられません。"形を成した"、とでも言えばいいんですかね。存在感が強くなってここに根を下ろして生きているって印象を受けます」


「……」


 十七夜月の分析は実に的を射ていると思った。


 確かに俺は昔から、自分という存在に違和感のようなものを感じていた気がする。


 でも今はそうじゃない。


 なんというか……あるべき姿になったというべきか。……とにかく、今のこの状態がしっくりくるのだ。


「そんなわけで、もう"憑依"が解けるってことはないと思います。だってその身体は先輩自身のものなんですから」


「うん……俺もそんな気がする」


 鏡を見てみると、俺が"陰キャJK"と呼んでいた少女の姿はもうそこにはなかった。


 ツリ目気味の鋭い目つきなど、面影は僅かばかり残っているものの、体型や髪型だけでなく顔つきや雰囲気まで、殆どの部分があの少女とは似ても似つかない別の存在になっている。


 その面影も、近い将来に完全に消えることだろう。


 俺はもう、朝霧那由多でも少女のゾンビでもない……吸血鬼のナユタなんだ。


「ん……? それで憑依が解けない理由はわかったけど、ダンジョンに入れると思う根拠は?」


「それは"なりかけ"ゾンビで入れたんですから"半"屍吸血鬼でも入れるのでは? という単純な理由です」


 勘かよ……。でもまあ、行ってみればわかることか。


 もしダメなら、そのときはそのときだ。


「よっしゃ! じゃあ早速行ってみっか!」


「えっ? 今から行くんですか?」


「善は急げって言うじゃん。思い立ったが吉日ってな」


 着の身着のままで意気揚々と玄関から飛び出す。


「あ、ちょっと! 先輩今は――」


「あぎゃぁぁぁぁーー! 太陽が! 太陽の光がァァーー!」


 十七夜月の制止を振り切って家の外に出た瞬間、俺は太陽光線に焼かれて一瞬で灰になった――。




 と、冗談はさておき……。


 灰になるのは免れたが、太陽光の下を歩くのは思ったよりも体力を削られたので、結局日が落ちてからダンジョンに向かうことにした。


「あれから二ヶ月か……。時が経つのは早いな」


 ゾンビダンジョンのある空き家に足を踏み入れると、埃が積もった床をざりざりと踏みしめながら呟く。


 会社を辞めて、アホな理由で家賃が払えなくなって、それで勢いでダンジョン探索のバイトに応募して……あっさり死んじまったんだよなぁ。


 我ながら怒涛の二ヶ月だったと思う。


「だが、俺は帰ってきた! 吸血鬼ナユタとなって、この場所に帰ってきたぞ!」


 畳を剥がすと、その下にはゾンビと星が一つ描かれた転移陣があった。やはりまだ攻略されていないようだ。


 そっと転移陣に手をかざすと、文様が淡く輝き始める。


 ……うん、いけるな。


「さあ、リベンジといこうか」


 俺は部屋の床に転がっていた金属バットを拾い上げると、大きく深呼吸をしてダンジョンに足を踏み入れた。

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