第三章 半屍吸血鬼編
第034話「半屍吸血鬼」
「……ぱい、ナユタ先輩! 大丈夫ですか!?」
耳元で大声を出されて、俺は深い眠りからゆっくりと浮上する。
瞼をこすりながら目を開けると、視界に映ったのは心配そうな表情を浮かべた十七夜月の顔だった。
「……あれ? 俺どうしちゃったの?」
「どうしたもこうしたも、私の血を吸った後にいきなり倒れたんですよ。心配したんですから」
……そうだった、十七夜月から血をもらったら急に意識が遠のいたんだ。
俺は頭を軽く振りながらゆっくりと体を起こし、よっこいしょと立ち上がる。
うん、どこにも痛みは感じないな。それどころか妙に身体が軽い気がするし……って、んん?
「なあ、俺さっきよりどこか変わってないか?」
「……言われてみれば、なんかちょっとかわいくなった気がしますね。胸もわずかですけど大きくなってるような……?」
「は? そんなわけないだろ」
妙なことを言う十七夜月を放置して、俺は部屋の姿見の前に立って自分の全身を確認してみる。
すると確かに、胸やお尻が少しばかり膨らんでいる気がした。
だがそれは不自然さを感じさせない程度の微々たる変化で、パッと見ただけでは気づかないレベルだ。
よく見ると髪のさらさら感や肌のハリツヤもさっきより良くなってる気がするし、血色もまだ少しは青白くあるが、以前に比べるとかなり健康的に見える。
顔もメイクはしてないので美少女というほどではないが、それでもすっぴん状態なのに平均よりは上と断言できるほどになっていた。
「一体どういうことなんだ……」
「ステータスを見てみればいいんじゃないですか? 先輩、自分の能力を確認できるんでしょう?」
「あ、そうじゃん。じゃあ見てみるか」
十七夜月に指摘されて、俺は早速自分のステータスを確認してみる。
【肉体情報】
名前:ナユタ
性別:女
種族:半屍吸血鬼
状態:正常
能力:吸血改、快速ランナー、神乳、いかさま師、フローラルな香り、ミニマムチャンピオン、走り屋、ピッキング王、スリの極意、大声、唾飛ばし、ストーキング、プロギタリスト、ファンタジスタ、イケボ、歌い手、サラサラヘア、優れた体幹、超名器、天使の指先、超美脚、引き締まった肉体、桃尻、奇跡のメイク術、柔道紅白帯、地獄耳、忘れ鼻、スロプロ、パソコンの大先生、料理の先生、ペンタリンガル、ホームランバッター、驚異のスタミナ、強そうなオーラ、揉み手、白く輝く歯、美肌、アニメ声、直感、太陽が苦手、ステータス閲覧、再生、状態異常耐性・中、全能力+1
うおおおお……なんかいろいろ変わってる!
種族が半屍吸血鬼になってるし、項目が増えている。それに獲得した覚えのない能力もいくつかあるぞ。
「なんか種族がなりかけゾンビから半屍吸血鬼になってる」
「それって、血を吸いまくった影響で進化したってことじゃないんですか?」
「あ、そういえばそんなアナウンスが脳内で流れたような……」
意識を失う寸前だったのでうろ覚えだが、確かそんなメッセージを聞いたような気がする。
「とりあえず詳細を確認してみましょうよ」
「そうだな」
脳内で"半屍吸血鬼"の項目をタップすると、詳細画面が表示される。
【名称】:半屍吸血鬼
【詳細】:レッサーヴァンパイアとも呼ばれる吸血鬼の最下級種。生ける屍となった人間の成れの果てだが、それでもアンデッド系モンスターの中では最上位種に属する。吸血鬼としての弱点があまりない反面、その能力値はかなり低い。アンデッドでありながら生命活動が停止していないという特徴を持ち、食事や睡眠といった生物的欲求が発生する。ただし、これらの行為は生命維持に直結しないため、長期間の断食や絶飲も問題なく行うことができる。まだ眷属を作る力はない。
やはり十七夜月の推測通り、俺はヴァンパイアに進化したらしい。
まだ最下級種ではあるが、さっきまでゾンビだったことを考えると、えらい進歩である。
「いーっ!」
鏡の前で口を大きく広げてみると、かわいらしい犬歯が鋭く伸びていた。
うん、確かにこれはヴァンパイアっぽいな。
「先輩、なんか耳もちょっと尖ってません?」
十七夜月が横から耳を覗き込んできて、そんなことを言ってくる。
む、そういえば……。
髪をかき上げて自分の耳を確認すれば、確かにちょっとだけだけど普通の人間より尖っている。言われなければ気が付かないレベルではあるけど。
「…………」
なんだろう。この耳を見てるとなにか不思議に思うことがあるんだけど、それがなんなのかが思い出せない。
うーん……。
俺は自分の耳をもみもみと触りながら考えてみるけど、やっぱりその違和感の理由はわからなかった。
まあいいや、それよりも……だ!
「なんか俺、飯も食えるようになったみたい!」
「え? そうなんですか?」
「ああ、自覚したら猛烈にお腹が空いてきたぞ! なあ十七夜月、なんか食べ物ないか?」
「えーっと、先輩がさっき冷蔵庫の中身全部使っちゃったのでカップ麺くらいしかないですけど……」
「それでいいから早く! お湯沸かしてくれ!」
「わ、わかりました」
もう二度と食を楽しむことができないと思っていただけに、俺は今にも小躍りしそうなほどテンションが上がっている。
カップ麺が待ち遠しい! 早く食べたいぞ!
「……まだ?」
「まだ一分しか経ってないですよ。我慢してください」
十七夜月は手を前に出して待てのジェスチャーをしてくる。
お湯を注いで三分待つという工程が、これほど長く感じたのは初めてだ。
「……ヨシッ!」
ご主人様の許可が下りたので、俺は蓋を剥がして一気に麺を啜る。
美味い……ものすごく美味しいぞ! カップ麺はたまに無性に食べたくなるときがあるが、こんなに美味しく感じたのは初めてだ。
「ん、んまぁ~~い!」
はふはふ、ちゅるちゅる、ごっくん!
一心不乱に麺を啜り続ける俺を、十七夜月は穏やかな眼差しで見つめていた……。
「ふう……ごちそうさま!」
カップ麺を食べ終わり、俺はお腹を撫でながら一息つく。
ただ飯を食うだけのことがこんなに幸せだったなんて初めて知ったな。無計画でアホな行動をしてゾンビになっちまったこと、心から反省しております……。
「ところで先輩、かわいくなった原因はその進化によるものなんですか?」
「んー、多分そうだと思うけど……。いや、そうだ。なんか変な能力も増えてたんだった」
俺は再びステータス画面を開くと、新たに獲得した能力を確認する。
【名称】:吸血改
【詳細】:血を吸った人間の長所を取り込むことができる。獲得できる長所は一人につき一つのみ。長所とは先天性のものだけでなく、努力や経験によって後天的に身についた技能等も含まれる。ただし、血は肉体から離れて3秒以内の新鮮なものでないと効果を発揮しない。また、あまりに血を吸わない期間が長いと吸血衝動が発生し、その欲求が満たされるまで理性を失ってしまう。
んんん……? これは吸血がパワーアップしたと捉えていいのだろうか?
しかし、廃人になるという最悪のデメリットが消えた半面、今度は3秒ルールや吸血衝動という新たな縛りが生まれてしまった。
でも寄生体だか憑依体だかよくわからん存在の俺に、吸血衝動なんて関係あるのだろうか?
……いや、なんとなくだけど、今回のデメリットは俺にも影響がありそうな気がする。
まあいい。とりあえず今は他の能力も確認しよう。
【名称】:太陽が苦手
【詳細】:太陽の下を出歩くと著しく体力を消耗する。また、直射日光や強い光を浴び続けると、肌が焼けただれたり、眩暈や吐き気といった体調不良を引き起こす。
えええ~……。ゾンビのときより弱体化してないか?
これじゃあ、昼間は日傘必須のお嬢様じゃないか。もう昼間にサッカーはできそうにないな……。
ま、まあいい。次だ、次! 次のやつはきっと役に立つ能力に違いない。
【名称】:ステータス閲覧
【詳細】:心の中で念じることで、現在の自分の状態や獲得している能力などの情報を閲覧することができる。
んんん? これって今まで普通にできていたことだよな? なぜわざわざこんな能力が追加されたのだろうか。
……仮説はあるが、今は情報が少なすぎて判断がつかない。他の能力の確認が先だな。
【名称】:再生
【詳細】:肉体が損傷すると、人間よりもはるかに早く傷が再生する。ただし、欠損部位の再生はできない。また、太陽の下ではこの能力の恩恵は得られない。
よぉし! ようやく吸血鬼らしい能力がきたじゃないか。
ゾンビの身体では一度ついた傷は治らなかったので、怪我をしないように慎重に行動する必要があったが、これからは多少無茶をしても大丈夫そうだ。
この調子で次も頼むぞ!
【名称】:状態異常耐性・中
【詳細】:毒、麻痺、石化、睡眠、魅了、催眠などはもちろん、呪いや病気といった肉体や精神に作用するあらゆる状態異常に対して耐性を持つ。ただし、あまりにも強力すぎる状態異常は防げない場合があるので注意が必要。
おお、これはなかなかに……いや、めちゃくちゃいい能力じゃないか。
まさにアンデッド系モンスターの最上位種に相応しく、最強無敵の美少女にまた一歩近づいたって感じだ。
さあ、次が最後だ。名前からして期待大の能力、とくと確認させていただこうか。
【名称】:全能力+1
【詳細】:今まで獲得した能力の性能が、全て+1される。ただしデメリット系能力は対象外。
うおおおおお! こ、これはもしかしてとんでもない能力なのでは!?
たぶん【アマチュアギタリストレベルMAX】が【プロギタリスト】にバージョンアップしていたのも、俺のかわいさがアップしていたのもこれが原因だろう。
+1というのがどの程度のものなのかはわからないが、元の性能以上になってるのは間違いなさそうだ。
試しになにか適当な能力を表示させてみるか……。
【名称】:快速ランナー+1
【詳細】:100メートルを9秒50で走ることができる。当然だが全力で走るとそれだけ疲れる。
元の能力が10秒50だったことを考えると、それほど大きくは変わっているわけではない。
だがしかし、他の能力も全て+1されていることを考えると、総合的にはかなりのパワーアップを果たしているのではないだろうか?
そしてなにより、100メートルを9秒50というタイムは、現在の人類の世界記録を僅かに上回っていたはず。
つまりは……だ。
「俺は人間を超えたぞ! 十七夜月ぅーーーッ!! お前の血でなァーーッ!!」
思いっきり両手を広げて、「ウリィィーーッッ!!」と叫びながら十七夜月に飛びかかる。
「ふんっ! "
「うげえッ!」
十七夜月から太陽のエネルギーを喰らった俺は、ソファーの上にぼてっと落下して仰向けに倒れた。
「それ悪役のセリフじゃないですか。最強の美少女を目指すなら、そういう小物っぽいことは言わないほうがいいと思いますよ」
小物とか言うなよ……。彼は悪のカリスマなんだぞ。
それにしても、まさか俺の能力が全部+1されるなんてな。美少女度が上がっていたのもこれが原因だったのか。
これはこれから新たな長所を手に入れるのが一段と楽しみになってきたな!
俺はソファーの上でゴロンゴロンと転がりながら、新たな能力の妄想に耽るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます