第033話「血が美味い」
その後、俺たちはカラオケを思う存分満喫し、オフ会は大盛況のうちに終了した。
俺と桃華の美少女対決は……結局引き分けとなった。開始直後にソウスケが離脱して人数が偶数になった影響で、票が割れてしまったのだ。
カラオケ店を出てモブ男たちと別れると、俺たちは駅に向かって歩きだす。
「桃華、新学期からちゃんと学校に行こうかな……」
すっかり日が落ちた夜の街を二人で並んで歩いていると、桃華はふとそんなことを呟いた。
「おう、そうしろ。あいつらどうせもう学校にこないだろ」
桃華をいじめていたというギャルたち。あの画像を拡散されて教室に顔を出せるとしたら、そいつはよほどの鋼メンタルの持ち主だろう。
「学校がすべてってわけじゃないけど、行けるなら行っといたほうがいいと思うぜ」
俺も高校時代は特に楽しいことなんてなかったが、それでも今になって振り返ってみると、行っておいてよかったなと思えることがいくつかあった。
その一つが十七夜月との縁だろう。
今この場に俺がいるのは、あいつが保護してくれたからであって、もしあいつがいなければ俺は今もホームレスゾンビとして夜の街を徘徊していたはずだ。
「ナユタ、今日は本当にありがとう。なにか桃華にできるお礼とかある?」
……待ってたぜェ!! この"
俺は口を大きく開けて、ギラリとした犬歯を見せつけながら桃華の肩をポンと叩く。
「我は血を求む。汝のその身に流れる朱き雫を我に捧げよ!」
「……なにそのキャラ? ていうかナユタめちゃくちゃ歯が綺麗だね」
あ、やっぱりそんな綺麗になってるんだ。メイクを落としたすっぴんの肌もそうだけど、早く鏡で確認してみたいな。
「俺は血が飲むのが好きなんだよ。ほら、安全ピンで指を刺して俺に血をよこせ」
「え~、それでモブ男さんたちにも安全ピン刺してたんだ……。うーん、本当は痛いことしたくないんだけど、お礼になるなら……」
桃華は鞄から安全ピンを取り出すと、それを左手の人差し指に突き刺す。
赤い血がぷっくりと浮かび上がってくると、俺はたまらず舌を伸ばしてぺろりと舐めとった。
《【アニメ声】を獲得しました》
うおあぁ~! 声系の長所が被ってしまった!
こいつは顔もいいから美の長所を得られると思ったのに……。しかしこの場合俺の声はどうなるんだ?
「あ~え~い~う~え~お~あ~お~」
んん~、なんか使い分けられそうな感じがするな。
でも俺は今のイケボが気に入ってるから、アニメ声は必要な場合のみ使うとしよう。
能力を得たあとも、俺はそのまま桃華の指を吸い上げる。
何故だろう。なんだか最近は血を吸うこと自体に妙な快感を覚えるようになってきたんだよな……。なにか俺の体に変化が起こっているのだろうか?
まあ、どうでもいいか。
ちゅーっ、ちゅーっと音を立てて血を吸っていると、桃華はくすぐったそうに身を悶えさせた。
◇
「お帰りなさいませ、お嬢様……」
玄関から十七夜月が帰ってきた音を聞きつけると、俺はすぐに彼女のもとに駆けつけて一礼をしながら出迎えた。
「なにやってんですか、先輩? 変なものでも食べました?」
「ゾンビの身ゆえ、食は不要です。ただ、お嬢様の食事はわたくしめが作らせていただきました。本日の献立は、お嬢様の好みに合わせて和食ベースにしております」
リビングへと十七夜月を案内し、料理の載った皿をテーブルに並べる。
すると彼女は信じられないものを見たかのように、目を大きく見開いた。
「先輩……料理できたんですか?」
「おうよ、今日料理系の長所をゲットしたんだよ」
「キャラ崩れるの早すぎじゃないです?」
うるせえよ。疲れるんだから仕方ないだろ。
「でも、すごいですね。聞いてはいましたけど、いきなりこんな美味しそうな料理まで作れるようになるんですね」
「ああ、残念ながら俺はゾンビだから食えないけど、感想を聞かせてくれよ」
十七夜月はワクワクした様子で足早に洗面所に向かうと、手洗いとうがいを済ませて私服に着替えてからリビングに戻ってきた。
そうしてテーブルの椅子に座ると、彼女はさっそく箸を手に取り、料理を口に運ぶ。
「お、おいしい! すごいですよ先輩!!」
「ふふふ、気に入っていただけたなら光栄でございます」
俺は【揉み手】で十七夜月の気分をさらに持ち上げてから、椅子を引いて彼女の対面に座った。
余程俺の料理が気に入ったのか、一言も喋らずに次々と箸を動かし、どんどん料理を平らげていく。
あっという間に皿が空になると、十七夜月は満足そうに大きく息を吐いた。
「ふぅ、ごちそうさまでした。先輩、本当に美味しかったですよ。ありがとうございます」
「いえいえ、お嬢様にはいつもお世話になっておりますからね~」
もみもみと高速で手を動かし、ひたすらに媚びへつらってゆく。
十七夜月はそんな俺の姿を苦笑いしながら見つめたあと、食器をキッチンの流し台に持っていく。
俺はそのまま彼女の後ろをついて行き、率先して皿洗いを始めた。
「ふ~ん、居候として家事くらいはやるってわけですね。先輩も成長したじゃないですか」
「ははっ、お嬢様にそう言っていただけるとは、光栄の至りでございます……」
などと戯れの会話をしていると、十七夜月は俺の顔をまじまじと見つめてきた。
そして、フッと表情を柔らかくする。
「好感度が一定に達しました。そろそろ血をあげてもいいですよ?」
「え? マジで?」
「マジです。まあ、今日は美味しい食事も作ってもらって気分もいいですし……」
やったー! ついに十七夜月の血を飲むことができるぞー!!
俺は興奮に胸を躍らせながら、傍にあった包丁を握りしめた。
「ちょ、ちょっと! なんで包丁持ってるんですか!?」
「おっと失礼。喜びのあまり、お嬢様を刺して血をいただくところでした」
「脳ミソ腐れゾンビか!? 研究機関に引き渡しますよ!!」
「くぅ~ん、くぅ~ん」
俺は犬のように喉を鳴らしながら、十七夜月の足元で四つん這いになる。
そのまま足を舐めようとしたら頭を踏んづけられた。
「はぁ……今安全ピンを持ってきますので、そこで大人しくしててください」
「わん!」
「キモ……。中身成人男性がやっていいポーズじゃないですよ?」
それは言わないお約束だろうが……。
十七夜月は安全ピンを持って戻ってくると、人差し指をプツリと刺した。
傷口から血がにじみ出てくると、それを俺のほうに差し出してくる。
「ちゅぱちゅぱ……。お嬢様の血液、とても美味でございます……」
「だからキモいですって」
いや……そんなこと言うけどマジで美味いんだって。俺一体どうしたんだろう……血液ってこんな美味いもんだったか?
夢中になって血を舐め取っていると、心臓がドクンドクンと大きく脈打ち始める。
《【直感】を獲得しました》
はぁ、はぁ……無事能力を得られたか。
だけどなんだろう。いつもと違って、身体の中に熱いものが渦巻いているような感覚が一向に収まらない。
だんだんと呼吸も苦しくなり、酸素を求めて大きく口を開けて息を吸う。
「せ、先輩? 大丈夫ですか? なんか具合悪そうですけど……」
「う……ぁ……」
こ、これ……マジでまずくないか? 意識が……遠くなっていって……。
《肉体の性能が一定に達しました。【進化】を開始します》
脳内にそんな声が響いた瞬間、俺の身体はぐらり、と大きく傾いた。
床に頭がぶつかった感覚と十七夜月の驚愕の声が耳に届いたが、俺の意識はそのまま闇の中へと落ちていった――。
【名称】:アニメ声
【詳細】:特徴的で可愛らしい、脳をとろけさせるような声。非常に癖が強く好みも分かれるが、一度その声の魅力にとりつかれると、もう後戻りはできない。
【名称】:直感
【詳細】:第六感ともいわれる、感覚的に物事の真相や本質を理解する力。良い予感、悪い予感にかかわらず、理屈では説明のつかない予兆を感じ取り、高い確率で的中させる。
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これにて二章は終了です。
三章からはようやくダンジョン要素が復活しますのでお楽しみに!
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