第032話「オフ会に行こう④」

「や、やめろ! 顔は殴るな! 俺は芸能事務所からスカウトされてて今度――」


「知ったことかぁぁーーッ!!」


 ――ボゴォッ!


 イケメンの顔面に俺の拳がめり込むと、鈍い音とともに真っ白な歯が何本もへし折れて宙を舞い、コンクリートの地面へ転がった。


「は、歯がっーー! 俺の美しい顔がぁぁーー!!」


 前歯が数本欠けて間抜けな顔になったイケメンは、口を押さえて泣きながら地面の上を転げ回る。


 どれ……クズだけど顔はいいし、なにかよさげな長所を持ってないかな。


 ぺろぺろりんっとな。



《【白く輝く歯】を獲得しました》



 おおっ! これはいいものを手に入れたぞ!


 今までも別に汚いってほどではなかったけど、真っ白で整った歯並びは美少女度をこれまで以上にアップさせてくれそうだ。


 口の中がビキビキと音を立てながら変化しているのを実感する。あとで鏡で確認してみよう。


「な、なんなのお前! この私を誰だと思って――」


「男女平等パーーンチ!」


「ひぎゃーーっ!?」


 ギャル女の顔面に拳をめり込ませると、その美しい鼻から血がドバっと噴き出した。


 すまんな、俺は美少女だろうとクズには容赦しない主義なんだ。


 さあ、こいつは性格はともかく外見はいい。期待してもよさそうだぞ。


「ぺろりんちょ! どうだ!?」



《【美肌】を獲得しました》



 や、やった!? きたぞ! 遂に俺の求めていた長所の一つが!


 今は化粧をしているので顔の変化はわかりづらいが、肌にハリとツヤが生まれて、きめ細かさが増した気がする。青白い不健康な肌の色も、血色がよくなり少し赤みが差している。


 おそらくだけど、メイクを落としたらそばかすも消えているのではないだろうか?


 いやはや今日は本当についているな。たったの一日で十個近くも長所を入手できるとは。


「お前ぇぇッ! マジで許さねぇ……。親父に頼んで、ぜってぇ痛い目見せてやるからな!」


 口元からだらだらと血を垂れ流しながら、イケメンが血走った眼で俺を睨む。


「あんたらの人生めちゃくちゃにしてやるからね! 私のママとミキトのパパにかかれば、あんたらなんかすぐに社会から抹殺されるんだから!」


 ギャル女も鼻血をボタボタと垂らしながら、俺に向かって中指を立ててくる。


 ……そういや桃華がいたな。


 俺はいいけど、桃華は一般人だしこいつらの親の権力でひどい目に遭わされたら可哀想だ。


 ええと、なにか使えそうなネタはないかな……。


 ……お、いいのがあるじゃ~ん。


 スマホをいじって、中身を確認していたらいいものを発見した。


「ほら、桃華。これ見てみろよ」


「……え? ちょ、ちょっとなにこれ!?」


 スマホの画面には、裸のギャルとイケメンが抱き合っている画像が表示されていた。これはいわゆるハメ撮りというやつだろう。


 後ろにはご丁寧に、アルコールの缶や吸い殻の入った灰皿が写っている数え役満のスーパーショットである。


 ちなみにこのスマホは、先ほどギャルからスリ取ったものだ。こんなものを記録で残しておくとは間抜けなやつだなぁ。


「……は? それもしかして私のスマホ!? なんでお前が持ってるの!?」


「お? クラスのライソがあるじゃん。送ったろ! 送ったろ!」


「な、ナユタそれはさすがに……」


 SNSコミュニケーションアプリにクラス全員の連絡先があったので、ギャル女の全裸ハメ撮り飲酒画像を転送してあげた。


 すると、ものの数秒でライソは祭り状態となる。


 その画面をギャルに見せてやると、彼女は顔を真っ赤にして唇をわなわなと震わせた。


「な、なにやってんだてめぇぇーー!!」


 ギャルは怒りに我を忘れて、俺のスマホを奪おうと掴みかかってくる。


 俺はそれをヒラリと躱し、手首を掴むとそのまま一本背負いで地面に叩きつけた。


「瑠奈ぁぁ! このクソガキがぁぁーー!」


 激昂したイケメンが俺の顔面を殴り飛ばそうとするが、俺はそれを軽くいなしてみぞおちに拳を打ち込んだ。


 口からゲロを吐き出しながら、イケメンはその場に膝から崩れ落ちる。


「慌てるなって、お前もちゃん同じ目に遭わせてやるから」


 スリ取ったイケメンのスマホを確認すると、父親である国会議員やギャルの母親とみられる芸能人のSNSアカウントを発見。


 送ったろ! 送ったろ!


 父親のSNSアカウントの一番上に表示されていた、『誠実がモットーの○○です! 次の選挙もよろしくお願いします』というメッセージのリプ欄に、先ほどのハメ撮り画像だけじゃなく、俺が撮影した「上級国民」だの「親父がもみ消す」だの言いながら桃華を脅している動画を張り付けて準備完了。


 ちなみに桃華にはちゃんとモザイクをかけて声も変えてある。【パソコンの大先生】である俺にとってはこれくらい朝飯前だ。


「ポチッとな!」


『国会議員の○○の息子です! いじめ楽ちぃ~! こんなことしても親父が全部もみ消してくれるからやりたい放題で~す!』


 と、いう文章とともにそれを投稿してやる。


「あえいえぁあーーーーッ!」


 一瞬にして拡散され、燃え盛る炎に飲み込まれた親のアカウントを見て、イケメンは声にならない声を発した。


 まあ自業自得ってやつだ。親はこんな子供を育てた責任を取って、自分の立場は自分でなんとかしなさいな。


 おっと、ついでだしギャルのママさんのアカウントにも同じようなリプを投稿してやるとするか。ポチポチッとな。


 ……ヨシ! これでこいつらには、親の権力で桃華に嫌がらせをしている余裕なんて一切なくなっただろう。


 俺は地に伏すクズたちに蔑んだ視線を向けたあと、桃華に手を差し出した。


「さあ、カラオケの続きといこうぜ」


「う、うん……ナユタ、ありが――」


「待てやごらぁぁーーーーッ!!」


 ……おいおい、まだ懲りてないのか? もういい加減、お前らみたいなクズは相手すんのも面倒なんだが。


 振り返ると、大男が目を覚ましたようで、怒りに燃えた顔をして俺を睨んでいた。


「お前はもう終わりだ! さっき兄貴を呼んだ。俺の兄貴はあの"梅澤町"で族の頭を張ってるんだぜ! ちょうど近くにいるらしいから、もうじきここに来る!」


 大男は血で染まった歯を剥き出しにして、ニヤリと笑う。


 やれやれ……今度は兄貴の威光かよ。こいつら自分の力じゃなに一つできないのか?


 俺が呆れていると、路地の向こうからいかにもな風貌の男たちがぞろぞろと現れた。


 全員髪を派手な色に染めて、ジャラジャラと装飾品を身体につけており、手には鉄パイプや金属バットなどの凶器を持っている。


「ようタイゾウ……どいつだ? お前をボコったってガキはよぉ?」


「あ、兄貴ぃ! あいつだよ! あの胸のでけーチビだ!」


 タイゾウと呼ばれた大男は、震える手で俺を指した。


 兄貴とやらは威圧するように俺を見下ろすと、鉄パイプを肩にトントンと当てながらこちらに近づいてくる。


 んん……こいつどこかで見たような? 



 ……あ、思い出した。



「お前、蛇平の取り巻きのヤンキーじゃん!」


 そう、あの梅澤町最強の男、蛇平じゃひら剛毅ごうきの隣をチョロチョロしていた手下Aだ。


「あ? なんだお前?」


「俺だよ俺! ナユタだよ! 今日は化粧をしてるからわからなかったか?」


「……へ? ナユタさん?」


「いや、でもあの小さな身体に神がかった胸は確かにナユタさんじゃ……」


「ま、マズいっすよ! 弟さんの喧嘩相手って、あのナユタさんだったんですか!?」


「お、俺……帰ってもいいっスかね」


 梅澤町のヤンキーどもはどいつもこいつも、相手が俺だとわかった途端急に慌てふためき始めた。


「こ、これはナユタさん……こんなところで一体なにを?」


「いやいや、俺は普通にカラオケに来てただけなんだけどさ。お前の弟が仲間と一緒に女の子を集団でいじめてたから、ちょっとお仕置きしてやったんだ。そしたら兄貴を呼んで一緒にいじめをしてもらうぞ~っとか言い始めてさぁ」


 俺がやれやれといったジェスチャーをすると、手下Aはギロリとタイゾウを睨みつけた。


「おい、タイゾウ。今の話は本当か?」


「あ、兄貴。いや……こ、これには深いわけが……」


「お前は昔から身体や態度ばかりデカいくせに、肝がちっせぇんだよ! 喧嘩の助っ人かと思って来てみれば、その図体で女の子相手にいじめだと? そんなダセェことしてんのかてめぇ!!」


 手下Aが鉄パイプで地面を強く殴ると、タイゾウは涙目で震えだした。


 クズばかりの梅澤町でその腕っぷしのみでのし上がっていった男、それが蛇平剛毅だ。その取り巻きなだけあって、手下Aもいじめのような卑劣な行為は許せない硬派なヤンキーのようだ。


「こいタイゾウ! 今日という今日はその腐った根性、叩きなおしてやる!」


「ひ、ひぃぃーーっ! ゆ、ゆるして兄貴ぃーー!」


 手下Aに襟首を掴まれてズルズルと引きずられていくタイゾウ。ヤンキーたちは俺に一礼すると、その後を追うように去っていった。


 その一部始終を見ていたイケメンとギャルが、恐怖に顔を歪ませながら慌てた様子で立ち上がる。


「な、なんなんだよあいつ! ヤバすぎるだろッ!?」


「ミ、ミキト! 待ってよぉ! 置いてかないでーーーーッ!」


 半べそをかきながら一人逃げ去っていくイケメンを、ギャルが必死の形相で追いかける。


 ……おいおい、ゴミ捨て場で伸びてるモブ顔女を放置していくなよ。お前らには友情ってもんがないのか?


 まあ、なんにせよこれにて一件落着だな。これで俺という友人がいる桃華に手を出そうなんて、あいつらはもう二度と思わないだろう。


 俺は再び桃華に向き直ると、彼女はポカンとした表情で俺を見つめていた。


「ナユタ……あなた一体何者なの?」


「ふっ……俺は何者でもない哀れな亡者さ。今はまだ……な」


 今はただのゾンビだが、いずれ俺は最強無敵の美少女になる。そしてその時は刻一刻と近づいてきている……はずだ。


 キメ顔を作ってそう答えると、桃華はしばらくぽかーんとした顔になっていたが、すぐにプッと噴き出すと、お腹を抱えて笑い始めた。


 ……うん、やっぱり美少女は笑ってる顔が一番可愛いね!








【名称】:白く輝く歯


【詳細】:歯磨き粉のCMに出ている芸能人のように、白く美しい歯。歯並びも非常に整っており、相手に清潔感と爽やかなイメージを与えることができるだろう。



【名称】:美肌


【詳細】:ハリやツヤ、潤いが整った肌。シミやそばかす、ニキビや吹き出物といった肌のトラブルとは無縁で、年齢以上に若々しくみえる。化粧のノリも良く、化粧崩れもしにくい。

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