第031話「オフ会に行こう③」

「あいつおせーなぁ、俺ちょっと様子見てくるわ」


 桃華がなかなか戻ってこないので、モブ男たちに一言断ってから部屋を出る。


 カラオケ店の廊下を歩きながら、俺は口元がニヤつくのを抑え切れずにいた。


「まさか殆ど狙い通りの能力が得られるとはな」


 俺と桃華の対決でテンションが上がっていた4人のモブ男たちは、大して不信に思うことなく俺に血を提供してくれた。


 まずは料理教室を運営しているというモブ男Aから得られたのが、【料理の先生】という長所だ。




【名称】:料理の先生


【詳細】:専門料理店を営むプロというほどではないが、殆どのジャンルの料理を高いクオリティで作ることができる。また、初心者に料理の基本をわかりやすく教えることもできる。




 この能力のおかげで、俺は料理に関してはほぼプロ並みの技量を発揮できるようになった。


 これで十七夜月の胃袋をがっちりつかめば、ニート生活をしても家を追い出されずに済む……という寸法だ。


 そしてドイツ生まれの日独ハーフであり、親の仕事の関係で大人になるまで世界中を転々としていたというモブ男Bから得られた長所がこれだ。




【名称】:クァドリンガル


【詳細】:日本語、ドイツ語、英語、中国語の四ヵ国語をネイティブのレベルで話すことができる。また、外国語で書かれた文字もほぼ完璧に翻訳できる。




 凄くね? 一気にワールドクラスの美少女になっちゃいましたよ、これ。


 更には高校時代に野球で甲子園の決勝までいったものの、故障によりプロにはなれなかったというモブ男Cと、大学時代にトライアスロンの国際大会で入賞したことがあるというモブ男Dからも、ほぼ狙い通りの能力を得ることができた。




【名称】:ホームランバッター


【詳細】:そのバットは標的を芯で捉え、強大な破壊力を生み出す。また、バットを持つと集中力が極限まで高まり、ゾーン状態になると周りの動きが緩慢に見えるようになる。



【名称】:驚異のスタミナ


【詳細】:そのスタミナは無尽蔵であり、50キロ以上の距離を様々な競技を行いながらもノンストップで走り続けることができる。




 どうよ? 全部肉体変化系ではなく技能系ではあるが、最強無敵の美少女へまた一歩近づいたといって差し支えないだろう。


 あとは桃華から血をもらえば、今回のオフ会は大成功でお開きとなるのだが……。


「あいつどこ行ったんだよ?」


 女子トイレに桃華の姿はなく、俺は首を傾げる。


 受付の店員にも聞いてみたが、出入り口の方には来ていないという。目立つピンク髪なので見逃したってことはないだろう。


「……む?」


 どうしたものかと廊下をキョロキョロしていると、ふと俺の【地獄耳】が裏口の方から桃華らしき声を拾った。


 早速そちらへ向かってみる。


 裏口から顔を出して裏通りを覗くと、そこには4人の男女に絡まれている桃華の姿があった。


「なっ! あ、あいつらは……まさか!?」


 いや、落ち着け……まだそうとは限らない。身を隠してもうちょっと様子を見よう。


 俺は物陰に隠れながら、スマホを構えて桃華に絡む男女を撮影する。


 大柄の筋肉質な男、チャラい感じのイケメン、ギャルっぽい美少女、え~と……あとはなんかモブっぽい女か。


「おい、さっさと脱げよ! 撮ってSNSにアップしてやるからさぁ」


「……や、やめて。こんなこと……犯罪だよ!?」


 ギャルに小突かれた桃華が涙を浮かべながら後退るが、4人はゲラゲラと笑いながら彼女を取り囲む。


「俺の父親は国会議員で警察にも顔がきくんだぜ? 悪いけどこの程度なら簡単にもみ消せるんだよ」


「そうそう。私らじょーきゅー国民ってやつだから、これくらいは許されちゃうの。そんなの常識でしょ?」


 そんな常識は知らん。


 ……しっかしあのギャル、すげー綺麗な肌してやがるな。そばかすだらけの俺からしたら羨ましい限りだ。


「それにお前さぁ、普段からギリギリのエロ自撮り投稿してんじゃん。中身が見えちゃっても、行為がエスカレートしただけってみんな思うっしょ」


「ははは、違いねぇ」


 イケメンとギャルが悪い顔をしながら桃華に脅しをかけている。


 それでも必死で首を振って拒否する桃華に、大男がしびれを切らした様子で拳を振り上げた。


「てめぇいい加減にしろよ? これ以上ゴチャゴチャ抜かしやがんなら、マジで殴るぞ?」


「ほら、タイゾウ君キレる寸前じゃん。その自慢の顔が豚みたいになる前に、服脱いだほうがいいって」


 モブ顔女がニヤニヤしながらスマホを桃華へ向ける。


 ふむ……どうやら俺の予感は的中していたみたいだな。やはりこいつら――



 めっちゃクズじゃ~~~~ん!!



 思わず吹き出しそうになった俺は、慌てて口を手で押さえる。


 ぷくくくく! これはラッキーだぜ! あいつら顔面に"ぶん殴ってもいいやつ"って書いてあるじゃねーか!


 いやー、モブ男たちから長所を入手して満足してたけど、更に獲物が増えるとは今日はついてるなー。


 一般人から血を入手するのは大変だけど、クズはぶん殴って鼻血ブーさせるだけでいいから楽でいいわ。


「や、やめて!」


 おっと、いかんいかん。桃華が剥かれる寸前になってるじゃないか。18禁の展開になる前に止めなければ。



「おーい桃華、こんなところにいたのか。早くカラオケの続きしようぜー」



 物陰から出ると、爽やかな笑顔で桃華に声をかける。


 するとクズたち4人が、揃ってこちらに目を向けた。


 桃華は驚いた様子で目をぱちくりさせたあと……心から安堵したような表情になってその場にへたり込んだ。


「なに? このチビ。私たち取り込み中だからさっさと消えてくんない?」


 ギャル女が顔をしかめながら俺を睨む。


 俺はそれを無視して、へたり込んだ桃華のもとへ歩み寄った。


「桃華、立てるか?」


「だ、だめ……腰が抜けちゃって……」


 桃華に手を差し伸べた俺に、大男が憤怒の表情で近づいてきた。


 その拳は固く握りしめられており、身体からは威圧的な強者オーラが噴き出している。


 こいつは格闘家かなんかだろうか? 体格もいいし、かなりの大物かもしれない。


「ガキが……。いいとこだったのに邪魔してんじゃ――」


 ――メキョ! ボキッ!


 大男の顎に俺のアッパーカットがめり込むと、身長2メートル近くある巨体は、ぐるりと目を剥いてその場に崩れ落ちた。


「……え? よわ……」

 

 なんか強そうな雰囲気を出してたから思わず本気で殴っちゃったじゃん。顎の骨が折れたっぽいし大丈夫だろうか?


 ……まあ、クズだからいいか。


 拳についた血をぺろりと舐めとると、頭の中に無機質な声が響き渡った。



《【強そうなオーラ】を獲得しました》



 ……最初は味気ない感が否めなかったけど、なんか最近この声聞くたびにテンション上がってしまうな。


 どれ、どんな能力か確認してみるか。




【名称】:強そうなオーラ


【詳細】:なんか強そうな雰囲気を出して、相手をビビらせることができる。本当に強いかはまた別問題。




 ……ただの見かけ倒しだったのかよこいつ。


 でも俺が持つぶんにはなかなか使えそうな能力だし、まあよしとしよう。


「タイゾウ君! このガキふざけんじゃ――」


「うるせぇ」


 モブ顔女が後ろから飛びかかってきたので、振り向きざまに右ストレートをその鼻っ柱に叩き込んでやる。


 鼻の骨が砕けた感覚が拳に伝わると同時に、女は「ブギぃーー!?」と豚のような悲鳴を上げながらゴミ捨て場まで吹っ飛んだ。


 あ、やべ。女相手にやりすぎたかな? 鼻が潰れて豚みたいな顔になってんじゃん……。


 ……まあ、クズだから別にいっか。ぺろぺろっと。



《【揉み手】を獲得しました》



 またおかしな能力を獲得したな……。どれどれ?




【名称】:揉み手


【詳細】:相手に媚びを売って良い気分にさせ、自分の思い通りに物事を進めやすくすることができる。上手く使えば強者に気に入られることも可能。



 

 なんだか微妙な能力だが、使い道はありそうな気がする。ありがたく貰っておいてやろう。


「た、タイゾウ!」


「雰!」


 一瞬にして仲間二人をやられたイケメンとギャルは、顔を真っ青にしてその場に立ちすくんでいた。


 俺が拳を握りしめてにじり寄ると、ギャル女は「ヒッ!」と小さく悲鳴を上げて後退りする。


「て、てめぇ! 俺の親父は国会議員だぞ!?」


「わ、私のママも有名な女優なんだからね! 私たちの機嫌を損ねたらどうなるかわかってるの!?」


「そうだ! 学校も就職先も全部パーにしてやることだってできるんだからな!」


「……だから?」


 戸籍もない俺に対して、学校だの就職だのそんな脅しが効くわけないだろうに。こちとら無敵のニートゾンビぞ?


 それに二言目には親、親、親って、両親のいない俺はこういう親の権力を笠に着て好き放題してるやつが一番嫌いなんだよ。


 せっかくだし桃華の好感度を上げるついでに、調子に乗ったこいつらに、世の中の厳しさってやつを教えてやろうかね。ケケケケケ!

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