第030話「オフ会に行こう②」

「よっしゃー! ストラーイク!」


「「「おおおーー!!」」」


 ナユタの放ったボウリングの球が勢いよくピンを弾き飛ばすと、ギャラリーたちから歓声が上がる。


 彼女はテンション高々にパチンパチンと男どもとハイタッチを交わすと、くるくる回って腰をフリフリしながら喜びを露わにした。


 くっ……正直、身体では完全に負けてる。


 なんなのあれ? ちょっとあり得ないでしょ。


 背は小さいのに胸はグラビアアイドルみたいだし、お尻は安産型だし、腰はくびれてるし、脚なんて太ももから足首まで芸術的曲線を描いてるしで、男ウケする……というか同性でもつい見惚れてしまうような、そんな完璧なスタイルをしている。


「……でも、顔は勝ってるもん」


 一見すると平均よりちょっとかわいい感じの女の子だけど、たぶん化粧でかなり盛ってる。


 すっぴんなら顔は私が圧勝してるはず……。


 でも、総合的には……いや、私のほうが! 絶対私のほうがかわいいはずなんだからっ!!


「ほら、桃華。お前の番だぞ」


「……え? あ、うん」


 いつの間にか私の番が回ってきていたようで、ナユタに急かされて慌ててレーンの前に立つ。


 だけど、ボウリングなんてまともにやったことない私は、さっきからガーターばかり出してしまっていた。


 ……男の人たちの前でこんな恥ずかしい姿を晒してしまって、本当に情けない。


「お前なー、別にカッコつけないでいいんだよ。球が重かったら両手で投げて見ろよ。『うおりゃぁ~!』って感じで両手でさー」


 ナユタが私の隣でがに股になって、おっさんみたいなかけ声を上げながら両手で球を転がすジェスチャーをする。


 ……その下品な動きとセリフに、私は思わず笑ってしまった。


 でもまあ確かに、変にかわいく見せようと意識するから上手くいかないのかもしれない。


 私は大きく深呼吸すると、ナユタの真似をして両手で球を転がす。


「え、え~い!」


 球はゆっくりだけど、レーンの真ん中をコロコロと転がっていき、そして――


 ――カラカラカラーン!


「「「おおー、ストライク!!」」」


 ナユタやギャラリーたちから拍手が沸き起こる。


 生まれて初めてのストライクに嬉しくなって、私は興奮気味にナユタのほうを振り向いた。


「ほら、手」


「……え?」


「いえ~~い!」


「い、いえ~い!」


 彼女は満面の笑みでハイタッチを求めてきたので、私は戸惑いながらもそれに応える。


 パチン、と小気味良い音が響いて、なんだかすごく気持ちよかった。





「いやー、それにしてもナユタさんも桃華さんも、甲乙つけがたいですね!」


「おいおい、なに言ってんだよ! ボウリングは俺の圧勝だっただろうが!」


「スコアはそうだけど、美少女っぷりは桃華ちゃんのほうが上だったかなぁ」


「そうですよ、だってナユタさん……投げるとき『うおりゃぁ~!』っておっさんみたいに叫んでたじゃないですか。桃華さんは『え~いっ!』って可愛らしかったですよ」


「うん、あれは正直マイナスだな。ナユタちゃん、ちょっとは桃華ちゃんを見習ったほうがいいぞ」


「なんだとてめーらぁ!」


 ボウリングを終えて次の目的地であるカラオケに向かう道すがら、ナユタと他の参加者たちが楽しげに談笑している。


 そんな彼らの後ろを少し離れて歩く私は……ひどく落ち込んでいた。


「はあ……」


 私ったらさっきから全然喋れてない……。ネット上ならあんなに饒舌に話せるのに、どうして現実だとうまくできないんだろう。


 子供の頃から周りにかわいいかわいいって言われて育ってきたから、自分の容姿には自信があった。


 顔がいい女の子っていうのはそれだけで得をする。


 性格は陰キャだけど、それでもこの容姿のおかげで中学まではなんの苦労もすることなく、楽しく生きてこられた。


 ミスコンで準優勝したこともあるし、男の子に告白されたことも一度や二度じゃない。


 でも、高校に入って失敗しちゃった。


 これまでちやほやされ続けて調子に乗っていたのだろう。本来は気弱な陰キャオタクなのに、カースト上位の陽キャグループに入ってしまったのが運のつきだった。


 陽キャグループのノリにはついていけなくて、いつも隅っこで愛想笑いを浮かべているだけのつまらない毎日……。


 そのうちにグループのリーダーの子に目を付けられて、いじめの標的にされてしまった。


 結局不登校になった私は、ゲームの世界に逃避するようになって……。


 ボイチャやSNSで男の人たちにちやほやされて、承認欲求を満たして……こんなこといつまでも続けてちゃいけないと思って……でも他にどうすればいいのかわからなくて……。


 そうして、ぬるま湯から抜け出せないまま今日に至る。


「どうした桃華、到着したぞ? 歌は得意なんだろ? どっちが上か勝負といこうぜ」


「あ、え……?」


 気が付くとカラオケ店に到着していた。


 ナユタは手早く受付を済ませると、4人の男性を引き連れながら私の腕を引っ張って部屋へと向かう。


「では、まずはこのナユタ様の美声から聞かせてやるぜ!」


 部屋に入るなり、ナユタはマイクをかっさらって曲を入力すると、大きく息を吸って歌い始めた。


 ……


 …………


 ………………


「あの青い空の向こう側まで~♪ 夢の舟を漕いでいこう~♪ きっといつか辿り着けるさ~ボクたちだけの楽園に~♪ 希望溢れる未来を見据えて~♪」


 私はビシッとポーズを決めてマイクを天に掲げた。


 ナユタと私で交互に歌っているうちに、どんどんテンションが上がってきて、ついアニメのキャラソンを熱唱してしまった。


 完全にオタクモードがでてしまい、正気に戻ったのは歌い終わったあと。


 ……やってしまった。


 今更取り消すこともできないし、恥ずかしくて顔が熱くなるのを感じる。


 でもそんな私に、ナユタや参加者の男の人たちは大きな拍手を送ってくれた。


「うおおーー! お前本家より上手くねぇ? めっちゃアニメ声だし、声優になれんじゃね?」


「ボイチャの声もよかったけど、生桃華ボイスも最高ですな!」


「いやー、桃華ちゃんやっぱり歌うまいね~。おじさん完全に聞き入っちゃったよ」


「しかしナユタさんのイケボも良かったし、これは勝負がつきませんなー」


「もうどっちも美少女ってことでよくないか?」


 馬鹿にするどころか、全員が楽しそうにしながら笑顔で口々に感想を述べてくれる。


 私はそれが嬉しくて、思わず目頭が熱くなってしまう。


 ……こんな気持ちになったのはいつ以来だろうか。


 最近はずっと部屋で一人ゲームばかりしていたから、こうやって誰かと一緒にわいわい騒ぐのはなんだかすごく久しぶりな気がする。


「次は俺な! 今度はロックで行くぜ!」


「ちょ、ちょっと待って。桃華お手洗い行ってくる」


「なんだよ、しょんべんか? それともうんこか? 早く行って来いよ」


 なんでこの子はかわいいのに急におっさんみたいになるんだろう……。デリカシーがないにもほどがあるでしょ。


 私はナユタに呆れながら部屋を出る。


 扉を閉めるとき部屋の中をちらりと覗くと、ナユタが「血の盟約じゃ~!」とか言いながら、モブ男さんたちの手に安全ピンをプスプスと刺していた。


 なにしてるのあの子……こわ……。




「ふう……。でも今日は来てよかったかも……」


 洗面所で手を洗いながら、自然とそんな言葉が口から漏れる。


 知らない人たちと会うなんて本当はすごく不安だったし、ナユタの挑発に乗ってオフ会の約束をしちゃったときは、正直後悔してた。


 だけど、今はすごく楽しい。


 この楽しさのきっかけを作ってくれたナユタに、私は感謝していた。



「あれ~? もしかして桃華じゃね?」



 だけど、そんな私の楽しい時間は、トイレから出てすぐに後ろから聞こえてきた声によって一瞬で消し飛んでしまった。


 嫌な予感がして恐る恐る振り返ると……。


「やっぱ桃華じゃん! こんなところで会うなんて奇遇だね~」


「マジで髪の色ピンクに染めてるし! 超キモーイ!」


 そこに立っていたのは、私をいじめていた陽キャグループの女子二人だった。


 その隣には彼女たちの彼氏なのか知らないけど、背の高い強面の男子と、ちゃらい感じのイケメンが立っている。


「――っ」


「おい、なに逃げようとしてんだよ!」


 色白でスタイル抜群の茶髪のギャルが、私の前に立ちふさがる。


 スクールカーストトップで、私をいじめてた主犯格――"有森ありもり瑠奈るな"だ。彼女の母親は芸能人で、彼女自身もモデルをやっている。


「ビビり過ぎでしょ、マジウケるんだけど」


 隣のショートボブの女子が、スマホをいじりながら嘲笑する。


 彼女は瑠奈の腰巾着で"魚金うおがねきり"。大してかわいくもないし頭も良くないくせに、人に取り入るのが上手く、瑠奈の威光で好き勝手している嫌な女だ。


 いじめの記憶がフラッシュバックして、私は無意識に後ずさってしまう。


「瑠奈知ってる? こいつSNSでエロい自撮りとか上げてキモオタたち釣ってるんだぜ?」


「うっわ、ガチじゃん。キッモ!」


 SNSのアカウントがバレていたのか、雰がニヤつきながらスマホの画面を瑠奈に見せると、二人は私を小馬鹿にするように笑い転げた。


「でもこれ、見えそうで見えてなくね?」


「これじゃーキモオタたちも生殺しだよね。せっかくだし中身もちゃんと見せてあげれば?」


 瑠奈と雰が顔を見合わせて邪悪に笑う。


 ……この二人がなにを言いたいのかは察しがついた。そしてこの後どうなるかも、容易に想像できる。


「おっと、逃げようとかするなよ? あたしの彼氏のタイゾウ君はボクシング経験者で、プロにもなれるかもって言われてたんだから」


「けっ! なれるかも、じゃなくて真面目にやりゃー余裕でなれんだよ。堅苦しいのは性に合わねーからやらねーだけだ」


「タイゾウ君はキレやすいし、女でも平気で殴るからね。鼻の骨が折れて豚みたいになるのがイヤなら、大人しく言うこと聞いたほうがいいよ?」


 雰が身長190以上はあろうかという、がたいのいい長身の男の腕に抱きつきながら脅しをかけてくる。


「ミキト、お願い」


「しゃーねーなー……。おいピンク。こっち来い」


 瑠奈が呼びかけると、ミキトと呼ばれたイケメンが白い歯を見せて笑いながら、私の背中をゆっくりと押して裏口の方へと誘導する。


 私は抵抗もできず、ただ流されるままにカラオケ店の裏通りへと導かれていった。

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