第024話「居候」

「な、なぜあの子が私の黒歴史を……」


 学生時代の封印されし記憶を掘り起こされて、思わず逃亡してしまった。


 若気の至りというべきか、あの頃は部室で堂々と妄想全開の創作漫画を描いてたし、それを同じ部活の朝霧先輩に自慢げに見せびらかしていた。


 ……今思うと、なんて恥ずかしい真似をしてたんだろう。


 しかし、どうしてあの子が私と先輩しか知らない『トキメキ術者大戦 ~私と先生のヒミツの恋~』のセリフやシチュエーションを知っていたのか。


 あの人はアホではあるが、同人誌の内容を他人に言いふらすほど無神経な人間じゃなかった……はず。


 アホなので意図せず漏らしてしまった可能性は否定できないが。


「自分のことを朝霧那由多だと名乗っていたけど……」


 どう見ても中学生くらいの女の子だった。女装や変装にしても身長が小さすぎて無理がある。


 でもあの言動や性格は、確かに朝霧先輩を彷彿とさせるものがあった。


「思わず逃げてしまったけど、尋問して事情を吐かせるべきだったかな。場合によっては消さなければ――」


「おいおい、物騒なこというなよ」


 突然背後から声をかけられて振り返ると、そこには先程のおっぱいの大きい女の子が立っていた。


 ……え、いつの間に? 全く気配を感じなかったんだけど。


「ど、どうしてここに?」


「気づかれないようにこっそり後をつけてきただけだが?」


「ストーカーか!?」


 足早に去ろうとした私の後ろをぴったりとくっついてくる少女。


 マンションのエントランスまでついてきたところで、私は観念して彼女に向き直った。


「あのね、君みたいな子供がこんな夜遅くに出歩いてたらだめでしょう? 夜更かしは成長の妨げになるんだからもうお家に帰りなさい」


「その家がないから困ってるんだって。なあ、十七夜月。お前の家に泊めてくれねーかな?」


 ずうずうしいことを言ってくる少女に、思わず溜め息が漏れる。


「なんで私が見ず知らずの子供を家に泊めなきゃいけないのよ? 大体警察官の私が家出少女を匿うとかできるわけないでしょう」


 冷たく言い放つが、少女は全く気にする素振りを見せず、私の後を追ってエレベーターにまで乗り込んで来た。


「な、なんなの!? これ以上ついてくるなら、警察呼ぶわよ!」


「警察はお前だろうが……」


「御託はいいからさっさとお家に帰りなさい!」


 エレベーターから降りると、私はそそくさと自分の部屋に駆け込んで鍵をしっかりと閉めた。


「おーい、入れてくれよ~。こんな家なし少女を野宿させる気か?」


 扉の向こうで、少女がドンドンとドアを叩いてくる。


 ……く、騒がれるとご近所に不審がられてしまう。


 でもこの子を部屋に招き入れると、なにかとても面倒な事に巻き込まれそうな予感がする……。私は昔からこういった勘がよく当たるのだ。


 どうするべきか……と悩んでいると、突然ドアを叩く音がピタリと止まった。


 諦めたのかな? と思い、ホッと一息ついて部屋着に着替えようと服を脱ぎかけたところで、突然ガチャリと鍵が開き、扉が開いた。


 少女が勝手知ったる我が家とばかりにずかずかと上がり込んでくる。


「ちょ、ちょっと!? どうやって鍵開けたのよ!?」


「え、針金でピッキングしただけなんだが……」


「空き巣かっ!?」


 少女は私の前を堂々と横切って部屋の奥に進むと、我が物顔でベッドに腰かけた。


「おー、外見も垢ぬけて立派な大人になってたからどんな部屋に住んでるのかと思ったが、昔と変わらずオタク全開の趣味部屋だな」


「勝手に部屋を覗くな! いいから今すぐ出て行きなさい!」


 本棚に並べられている漫画やラノベを物色し始めた少女の手から、慌てて本を奪い取って背中に隠す。


 くっ、この女、人の部屋に勝手に上がり込むだけでなく私の大事なコレクションにまで手をつけるとは!


「ってこら! 冷蔵庫からビールを出すな! ソファーに寝転ぶな!」


 少女が冷蔵庫からビールを取り出してソファーの上でくつろぎ始めたところで、私は思わず頭を抱えた。


 この傍若無人ぶりに、悪い意味でありすぎる行動力……もしかして本当にあの朝霧先輩なのか?


「……あなた本当に朝霧先輩なの?」


「だから最初からそうだって言ってんだろ?」


 ビールをグビグビと飲みながら答える少女。


「……駄目だ。全然味がしないし、飲んだ気がしない。やっぱりゾンビの体じゃ飲食は楽しめないか……」


 少女はがっかりしたようにビールをテーブルの上に置いた。


「ゾンビ? ゾンビってどういうこと? それにあなたが朝霧先輩だというなら、どうしてそんな姿になってるの? 普通に考えてそんな漫画みたいな展開、ありえないと思うんだけど……」


「あるだろうが、この世界にはそんな漫画みたいな展開が起こり得る場所が」


 ソファーから体を起こすと、少女はその美しい脚をこれ見よがしに組みながら、不敵な笑みを浮かべた。


「……ダンジョン」


「さすがオタク、話が早いな」


「オタク言うな! 要するにダンジョンに潜って、そこでなにかしらの事故にあって、その結果先輩はそんな姿になったって言いたいわけね?」


「イグザクトリー!」


 カッコつけてポーズを決める少女。


 うざいしアホっぽいが、それがまた先輩らしい。


「詳しく説明するとだな……かくかくしかじかで……」


 ……


 …………


 ………………


 先輩から聞いた話をまとめると、こういうことらしい。


 仕事を辞めて無職になり、お金がなくなったので高額の報酬に釣られてダンジョン探索のバイトに応募したところ、あっさり死んでしまった。


 だけど所持していたスキルと奇跡的な偶然が重なった結果、こうしてTSゾンビとして蘇ることができた……と。


 ……アホか? いや、アホだ。この人は間違いなくアホだ。


「アホなんですか? まず身寄りもない天涯孤独の身でありながら、会社を辞めたあげくソシャゲにハマってお金を使い果たすところからしてアホ丸出しなのに、それでどうしていきなりダンジョンなんかに潜ろうとするんですか? 馬鹿なの?」


「辛辣ぅ~~。いや、でもこれには深い事情があってだな」


「……深い事情ってなんですか?」


 問いかけると、先輩は腕を組んで難しい顔をした。


「俺が会社を辞めた直後、ソシャゲ『異世界空戦記』のサービスが開始してな。それのスタートダッシュガチャで超レアなSSRスキルカードを引き当ててたんだよ。これがネットの掲示板でもまだ一人も所持者がいなかったほどの激レアスキルでな……」


 どうしようもないアホな理由だった。呆れてものも言えないとはこのことか。


 このアホは、そのSSRスキルを入手したことによって調子に乗ってしまい、ゲームのスタートダッシュを決めた勢いでそのままトッププレイヤーの仲間入りを果たすと、寝る間も惜しんでゲームに明け暮れていたらしい。


「そして、俺はゲーム内で『伝説の七人レジェンズ』の一人としてその名を馳せるようになったんだ。そんな俺が就職活動なんてしてる暇があると思うか?」


「とりあえずアホすぎてあなたが先輩だってことは理解しました」


「辛辣ぅ~。だが今はそんな厳しい言葉も懐かしいぜ……」


 そういえば高校時代にもこんなアホなやりとりをしてたっけ……と、私は懐かしさに目を細めた。


 先輩は行動力もコミュ力も高いくせに人付き合いが下手で友達が殆ど……というか全然いない人だったから、同じようにいつも一人でいた私になにかとちょっかいをかけてきたものだ。


 ……今思うと、私はそんな先輩のことを結構気に入っていたのかもしれない。


「そういうわけでさ、今の俺は戸籍も存在しない哀れなゾンビなんだ。頼むから家においてくれよ~。ゾンビだから食費もかからないし、女だから襲われる心配もないし、気が向いたら掃除とかもしたりしなかったりしてやるからさぁ~」


 ソファーの上でごろごろと転がりながら「飼って、飼って~」と、駄々をこねる先輩。


 正直かなりウザいが、確かに今の先輩は天涯孤独なホームレスゾンビ……。このまま追い出すのは気が引ける。


 国家権力に捕まって、ゾンビの体をいいように弄繰り回されるなんて展開になったらさすがに可哀想だし……。


「はぁ……仕方ないですね。しばらくはここに置いてあげますよ」


「マジで!? やったー! じゃあ早速だけど風呂貸してくれ、風呂! もう一ヶ月くらい入ってないから、さすがにそろそろ入りたいぜー!」


 先輩は嬉しそうにソファーから飛び降りると、服をポンポンと脱ぎ散らかしながら浴室へと向かった。


 ……ふわっ!? ちょ、なにその身体!?

 

 服の上からでも胸は外見に比べて大き目かな、とは思っていたが、胸も尻も腰つきも私より断然大人っぽい……というか、ぶっちゃけドスケベボディだった!


 く、くそぅ……。私もそこそこスタイルには自身があったのに、あの先輩負けてしまうとは……。


「って、臭っ!? おげぇぇぇ……」


 床に散乱した先輩の服や下着を拾い上げた瞬間、思わず鼻を押さえてしまう。


 おそらく自慢げに話していた長所の一つ、【フローラルな香り】の効果で中和されていたのだろう。


 その恩恵がなくなると、一ヶ月も風呂に入っていないゾンビが着続けた服は、とんでもない異臭を放っていた。


 よく見ると下着の内側に謎のゾンビ汁も付着してるし……。


「はぁ……これからの生活が思いやられる……」


 早くも後悔の感情に襲われながらも、私は悪臭を放つ服をゴミ袋に叩き込んだ。

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