第023話「後輩」

「あの娘結構かわいくね? すげーエロい身体してっしよぉ……声かけてみっか」


「やめとけって……。エロい身体してるけどあれは中坊くらいだろ。こんな夜中に出歩いてるガキとか関わるとめんどくせーことになるぞ」


 夜の繁華街を歩いていると、大学生くらいの男たちが俺の方をチラチラ見ながらなにやら話していた。


 ……うーむ、これが美少女の視点か。


 化粧で擬態しているとはいえ、男からナンパの対象として認識されるレベルまで到達したのは間違いないようだ。


 これなら血を入手する難易度は今までより格段に下がるかもしれない。


 ゾンビ臭いわ、顔も身体も全く魅力がないわで人々から敬遠されていた当初に比べれば、なんとも素晴らしい進化を遂げてしまったものだ。


「しかし拠点をどこにするかだよな……」


 ここまでかわいくなってしまったら、ホームレスはそろそろ危険かもしれない。


 面と向き合って戦ったら大抵の人間には負けないだろうが、寝ている間に見知らぬ男が覆いかぶさってる状況とか想像するだけでゾッとする。


 金は【スリの極意】があればいくらでも稼げるが、戸籍がない身では銀行口座も作れなければ、スマホも契約できないしアパートも借りられない。


 現代日本でゾンビとして生きていくのは思ったよりも大変そうだ。



「なあ、いいじゃねーかぁ~。今から俺と一杯付き合ってくれよぉ~」


 考え事をしながら歩いていたら、前方からそんな声が聞こえてきた。


 見れば、チャラそうなホスト風の男が、20歳くらいの若い女性に絡んでいる。


 女性はセミロングの黒髪に、ぱっちりとした二重まぶたをした美人で、タイトなスーツを着こなしている、いかにも仕事ができそうなキャリアウーマンという風貌だった。


「……ん? 彼女どこかで……」


 その女性の顔をどこかで見たことがある気がして、俺は思わず足を止めてじーっと見つめてしまった。


 ……うーん、気のせいかな。


 結局思い出せなかったので、再び歩き出す。


 え? 助けないのかって?


 だってここは梅澤町のように治安の悪い街でもないし、女性はなんか気の強そうな雰囲気を醸し出してるし、放っておいても大丈夫だろ。


「それにしてもあの顔でよくナンパとかするよな。雰囲気イケメンな感じは出してるけど、よく見ると全然イケメンじゃないし……ぷぷ」


 小声で呟きながら、女性をナンパしているチャラ男の前を通り過ぎる。


 すると次の瞬間、男はこちらに顔を向けると、ドスドスと早歩きで俺の前に回り込んできた。


「おいガキ! 今俺のこと馬鹿にしたか?」


 ……なんで今のが聞こえてんだよ。すげー小声だったのに。


「なにも言ってませーん」


「嘘つくんじゃねーよ! 俺がブサイクだとか雰囲気だけとか聞こえたぞこら! 俺は耳がいいんだよ!」


 足早に去ろうとした俺の肩を掴んで、チャラ男が絡んでくる。


 俺は仕方なく立ち止まって、男に向き直った。


「お? へへ、ガキかと思ったらめちゃくちゃいい身体してんじゃねぇか」


 チャラ男は俺の全身を嘗め回すように見ると、ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべながら唐突に俺の胸に手を置いた。


 はい、ギルティ。


 その手を掴むと、そのまま一本背負いでコンクリートの地面に叩きつけてやる。


「おごぁ!?」


 チャラ男は受け身も取れずにそのまま地面に倒れ込み、変な声を上げて動かなくなった。


 ……おお、身体が勝手に動いたぞ。


 公僕のおっさんから頂いた【柔道紅白帯】の効果が早速発揮されたようだ。


 気絶したチャラ男の顔面を蹴り飛ばして流血させる。そして血を頂くと同時にポケットからは財布を抜き取っておいた。



《【地獄耳】を獲得しました》



 あ、耳がいいって本当だったんだ。クズにしてはなかなかいい長所を持ってるじゃないか。


 ナンパされていた女性は、驚いた様子で俺と地面で伸びているチャラ男を見比べている。


 俺はそのまま女性の側を通り過ぎようとしたが、突然腕を掴まれて歩みを止められた。


「ちょっと君、待ちなさい!」


「なんか用っすかお姉さん。あ、ナンパから助けてあげたお礼なら血でいいっすよ」


 女性の手を振りほどくと、再び歩みを進める。しかし今度は腕を掴まれるだけでなく、肩を組まれてホールドされてしまう。


「投げた時点で相手はもう気絶していたでしょう? その後の追撃は過剰防衛よ。それに、彼のポケットから財布を盗ったのは見ていたわよ」


 ……ち、見られてたか。


 舌打ちしながら、諦めて女性と対峙する。


「それと、君いくつ? 見た感じ高校生……いや中学生くらいよね? 今が何時だかわかってるの?」


「うるさいなぁ……お姉さん警官かなにか? 違うなら余計な口出ししないで――」


「そうだけど?」


 鞄の中から警察手帳を取り出して見せてくる女性。


「…………」


 ……えぇ、マジで警官かよ。今日は公僕とのエンカウント率がやけに高いな。


 身体はがっちりとホールドされている。美人の、しかも普通に善人のお姉さんをぶちのめして逃げるのは、さすがに気が引ける。


 どうすっかなぁ……。


「んん……? 十七夜月かのう雛姫ひなき!? お前、あの十七夜月か!?」


 警察手帳に書かれていた名前を見て、俺は思わず驚きの声を上げた。


 十七夜月と書いて『かのう』と読む。この特徴的すぎて他には絶対にいないであろう名前は、間違いなく俺の知っているあいつだ。


「……? どこかで会った? あなたみたいに小さくてこんなにおっぱいの大きい子、一度見たら忘れないと思うんだけど」


 十七夜月は、訝しげな表情で俺の胸を凝視しながら首を傾げる。


「俺だよ、俺! 高校時代にゲーム部で一緒だった朝霧那由多だよ!」


 俺たちの通っていた高校は、生徒は必ずなにかしらの部活に入部しなければならないという決まりがあった。


 でも俺は部活なんてかったるいものは極力やりたくなかったので、ゲーム部という超ゆるい帰宅部と変わりない部活に入っていたのだ。


 その殆どが幽霊部員と化していたゲーム部だったが、友達も彼女もおらずボッチだった俺は放課後によく部室に足を運んで暇をつぶしていた。


 こいつも俺と似たような境遇であり、放課後の部室は俺たちが二人だけでいることが多かった。


 たぶん高校時代に俺が一番多く会話した人間はこいつだろう。


「朝霧先輩の妹さんかなにか? ……いや、あの人に家族はいなかったはず。いい加減なことばかり言わないで」


「いやー、眼鏡でもっさりなオタク女子だったお前が随分と垢抜けたなぁ。しかも警察官とはねー。今でも少年ジャソプの同人とか描いてんの?」


「ちょ……! な、なんであなたがそれを知ってるの!?」


 十七夜月は顔を真っ赤にしながら、俺の肩をガクガクと揺さぶってくる。


「よく部室で術者大戦の四条先生のポーズとか取らされたもんなー。自分がモデルのキャラが主人公で四条先生がヒーローの少女漫画風のやつ描いてたの、ちゃんと覚えてるぜ」


「あばばばば……」


「俺が『四条先生はそんなセリフ言わない』って言ったら、『四条先生は私と二人っきりのときだけ耳元で囁いてくれるんです』とかくっそキモいことを――」


「ほげぇぇぇえーーーーーーーッッ!」


 奇声を上げながら俺を突き飛ばすと、そのまま身を翻して物凄いスピードで逃げていく十七夜月。


 俺は地面に倒れながら、にちゃりと笑みを浮かべてその背中を見送った。








【名称】:地獄耳


【詳細】:聴覚が非常に鋭くなる。特に自分の悪口や他人の内緒話などは、不可能とさえ思える距離でも聞こえる場合がある。

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