第022話「河川敷の戦い」

「うんしょ、うんしょ……」


 俺はダンボールハウスの中にゲンさんから貰ってきた姿見を運ぶと、早速鏡で自分の姿をチェックする。


「お、おお……」


 鏡に映った俺の体は、以前とはまるで別人になっていた。


 清潔感溢れるサラサラの髪に、ぷるんと揺れる大きな胸。手を見ると真っ白で長い指先に、桜色の爪がキラキラと輝く。


 Tシャツを捲り上げてみると、その腹筋は引き締まっていて、胸から腰にかけてのラインは見事な曲線を描いている。


 更にスカートを脱いで下着姿になると、白桃のように柔らかくてムチっとしたお尻が鏡に映り込んだ。


 太ももは以前のような骨と皮だけのガリガリの細さではなく、適度に女性らしい脂肪がついており、それでいて太いとまではいかない絶妙なバランスを保っている。


 ふくらはぎから足首にかけてはキュッと引き締まっており、足指や爪までもが美しいフォルムをしていた。


「やべーだろこれ……。首から下だけなら超絶美少女じゃん俺」


 ちなみに現在の俺のステータスはこんな感じだ。




【肉体情報】


名前:ナユタ

性別:女

種族:なりかけゾンビ (進行停止中)

能力:吸血、快速ランナー、神乳、いかさま師、フローラルな香り、ミニマムチャンピオン、走り屋、ピッキング王、スリの極意、大声、唾飛ばし、ストーキング、アマチュアギタリストレベルMAX、ファンタジスタ、イケボ、歌い手、サラサラヘア、優れた体幹、超名器、天使の指先、超美脚、引き締まった肉体、桃尻、奇跡のメイク術。




 苦労した甲斐があり、胸、手、腰、お尻、脚、それに髪や匂い、声までもが完璧な美少女へと変化したのだった。


「だけど首から下だけなんだよなぁ……」


 いかがわしいサイトのように顔を隠していた手をどけると、鏡には以前と変わらず目つきの悪い一重まぶたにそばかすだらけの、とても美少女とは言えない顔が映り込んだ。


 顔を晒しただけで、超絶美少女から一気に体だけやたらエロい残念少女に早変わりしてしまった……。


「よし、せっかくだし気合を入れてメイクでもしてみるか」


 俺は部屋の隅に置いてあったメイク道具を持ってくると、鏡の前に座って【奇跡のメイク術】による擬態行動を開始した。


 まずは薄く下地クリームを塗ってから、リキッドファンデーションを肌に馴染ませていく。お次はコンシーラーでそばかすを目立たなくさせて……。


 メイクなんてやったことがないはずなのに、俺の手は自然と動いて、まるで熟練のメイクアップアーティストのように道具を操り、みるみるうちに俺の顔をちょい美少女へと変えてゆく。


 元が元なのでどれだけ頑張っても中の上くらいにしかならないが、それでもすっぴんのときに比べれば雲泥の差だ。


 最後に薄く口紅を塗って、はい完成!


 鏡に映ったのは……うん、まあ……ちょっと可愛いくらいの女の子だった。


 だが、首から下が神がかっているので、総合的にはかなりの美少女と言っても差し支えはないだろう。たぶん学校のクラスにいたら二番目くらいの人気は出せるはず。


 というわけで、俺は姿見の前で全裸になってポーズをとってみる。


「こ、これは……ちょっとエロ過ぎないか……?」


 ゾンビで女だからいまいち男だったときの感覚がわからなくなってしまったが、これはたぶん相当男の性欲をかきたてる体になってしまった気がする。


 しかも身長が低いせいで、どエロい身体なのにどこかロリっぽく見えるところが余計危ない雰囲気を醸し出していた。


「う、う~む……。高身長の長所とかあればいいんだけどな……」


 そうしたら普通にスーパーモデルみたいなプロポーションになって、それほど悪目立ちもしなくなるはずなんだが……。


 いや、でもこんな子供みたいな体格でエロい身体してるとか、むしろそっちのほうが希少価値が高いのでは?


 ……まあ、なるようになるか。今は美少女に近づけただけで大満足だし、そこまで深く考えても仕方がない。


 俺は下着を身につけてスカートとシャツを羽織る。


 今までスカートはなんか恥ずかしくて穿いたことはなかったのだが、最強の美少女を目指すなら服装にも気を使わないとな。


 それにお尻がぷりんぷりんになった影響で、今持ってるズボンだと窮屈で動きにくいってのも理由の一つだ。


 姿見の前でくるりとターンすると、スカートがふわりと広がって白い太ももが見え隠れする。


「う~ん、我ながら素晴らしい! というわけで早速この姿で新たなターゲットでも物色するとしますか!」


 意気揚々とダンボールハウスを飛び出して外に向かう。


 すると、一歩外に出た瞬間、ちょうど前方から走ってきたゲンさんとばったり出くわした。


「た、大変だナユタちゃん! ……ん? あれ、君ナユタちゃんかい?」


 あまりにも変貌をとげてしまったせいで、ゲンさんは一瞬誰だかわからなかったようだ。


「はい、ナユタですよ。化粧をしてちょっとおしゃれしてみたんですけど、どうですかね?」


「おお~、女の子は化粧でがらっと印象が変わるなぁ。……いや、それはいいんだけど、大変なんだ!」


 ゲンさんは慌てた様子で、河原の向こう側にあるホームレスの溜まり場を指差す。


 するとそこには、きっちりと首元にネクタイを絞めた、いかにも真面目そうな男たちが、ホームレスたちの住むダンボールハウスを取り囲んでいるのが見えた。


「あ……あれはまさか……!」


「ああ、ついに奴らが来たんだよ!」


 男たちは拡声器を使って、河原にいるホームレスたちに呼びかけている。



《近隣の住民の皆様が迷惑しております! 橋の下にダンボールハウスを建てて生活するのは違法です! 今すぐに退去していただくよう警告します!!》



 ……こ、公僕がぁ!


 クソッ、俺たちの楽園を奪おうとしやがって!


「うるせぇ! 税金でぬくぬくと暮らしている公務員の分際で偉そうに言いやがって!」


「そうだそうだ! 俺たちの楽園を奪おうっていうんなら、全力で抵抗してやる!」


《警告に従わない場合、強制的に退去させることになります! 直ちに退去する準備をしてください!!》

 

 役所の職員とホームレスたちの間で一触即発な空気が流れる。


「く……ナユタちゃん、荷物をまとめるんだ。……僕の経験上、おそらくもうここは長く持たない」


「そ、そんな!」


「こっちにも来たぞ! さあ、早く!」


 公僕たちは次々と数を増やし、遂に俺たちのいる河原にも押し寄せてきた。


 俺はダンボールハウスの中からギターや生活に必要な物だけを鞄に詰めて、逃げる準備をする。


《警告はしました! ただいまより強制排除を開始します!》


 河原の不法占拠者を排除するため、役所の職員たちがダンボールハウスを破壊し始めた。


「や、やめろぉぉーーっ!」


「くそったれがぁ! こうなったら徹底抗戦だ! みんな、行くぞぉっ!」


「「「うぉぉおおおおおーーっ!!」」」


《な、なにをする!? こ、この社会のゴミどもがぁぁぁーーーーッ!!》


 役所の職員とホームレスたちの血で血を洗う壮絶な戦いが幕を開ける。


 職員は公僕としての矜持のため、ホームレスたちは生活を脅かされたくない一心で必死に戦う。河原には石が飛び交い、スーツの男とボロ布を纏った男たちが入り乱れての取っ組み合いが始まった。



 ――ジャラーーン♪



「風の中のす~ざく~♪ 砂の中のき~んか~♪ みーんなどこへ行~くの~♪」


「ナユタちゃん! 小島みゆきなんて歌ってる場合じゃないよ! というかやたら上手いな君!?」


 おっと、ドラマのワンシーンみたいだったからつい挿入歌を口ずさんでしまった。


 てへぺろ♪


 ……だが、そんな風におちゃらけている場合ではなかった。俺たちの前にも公僕どもの魔の手が襲い掛かる。


「くくく、社会のゴミは消毒させてもらう……」


「ナユタちゃん、ここは僕に任せて逃げるんだ!」


 ゲンさんが俺を守るように立ちはだかり、公僕と対峙する。


「で、でも……」


「なぁに、生きていればまたどこかで会えるさ! さあ行けっ!」


「は、はい!」


 ……ありがとうごさいますゲンさん、あなたのことは一生忘れません。


 俺は後ろ髪を引かれながらも、ゲンさんを残して駆け出した。



 全力疾走で河原の土手を駆けあがる。しかし、もう少しで土手の上に辿り着くというところで、屈強な肉体を持った一人の公僕が俺の前に立ちはだかった。


 ……こいつ、できるぞ。


 ボクシングの【ミニマムチャンピオン】を獲得し、少しばかりだが戦闘経験を積んだ今だからわかるが、この男からは並々ならぬ実力者のオーラを感じる。


「おい嬢ちゃん!」


「……くっ」


 戦うしかないのか……。できれば公僕とは事を構えたくはなかったのだが……。


 拳を握りしめて構えを取るが、彼はそんな俺に対して、意外な言葉を投げかけてきた。


「河原でギターの練習かい? ここは今ちょっと危ないから、あっちでやったほうがいいよ?」


「え? あ、はい……」


 ……ああ、冷静に考えてみれば、今の俺の出で立ちはホームレスには到底見えないよな。


 もう7月で夏休みの時期だし、学生が河原でギターの練習をしてるとでも思ったんだろう。別に焦って逃げる必要なんてなかったわ。


「おじさん、額から血が出てますよ」


 ホームレスの投げた石が当たったのか、公僕のおっさんのおでこ部分から一筋の血が流れていた。


 鞄からハンカチを取り出して、額の血をぬぐってあげる。


「ああ、すまない……。まったく彼らのような連中は本当に困ったものだよ……。お嬢ちゃんはちゃんとした人生計画を持って、将来あんな大人にならないように気をつけるんだぞ?」


「はーい」


 時すでに遅しである。無計画すぎてホームレスどころかゾンビにまでなってしまったよ。


 だが、俺はここから成り上がって、最強の美少女として君臨するつもりだ。それにはまず、もっと血を集めなければならない……。


 俺はハンカチについた公僕のおっさんの血をぺろりと舐めると、河原をあとにして歩き出す。


「あんな~時代も~あ~ったねと~♪」


 ギターをポロロンと鳴らして、河川敷で戦うホームレスと公僕たちの喧騒を背に受けながら、土手の上の遊歩道をゆっくりと進む。


「あーあ、どこかに住所不定無職のゾンビでも住める快適な家とかねぇかなぁ……」


 夕日が沈み、夜のとばりがおりる。俺は街灯の灯り始めた道を歩きながら、今夜の寝床をどこにしようか考えていた。








【名称】:柔道紅白帯


【詳細】:黒帯を超える、柔道の六段以上に送られる帯。投技、固技ともに最高峰のレベルに達しており、自分より体格に優れる相手でも軽々と投げ飛ばしたり、締め落としたりすることができる。

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