第020話「ゾンビザロック③」

【ガールズバンド『天海聖園てんかいせいえん』のメンバー】


天石あまいし奏音かのん

 バンドのギター担当。

 赤みがかった茶髪をサイドテールにした美少女。

 特にその足はとても美しく、ナユタ曰くパーフェクトな美脚。


海老名えびな萌黄もえぎ

 バンドのベース担当。

 身長170センチ以上の長身を誇る王子様系美人。

 非常に引き締まった美しい肉体をしている。


ひじり夜耶やや

 バンドのリーダーでドラム担当。

 猫のように大きな目をした小学生にも見える合法ロリっ子。


園城えんじょう小春こはる

 バンドのボーカルを担当していたが、家庭の事情により脱退。

 母親が有名なピアニストで、歌もピアノも一級品。

 豊満なバストに、白桃のようなヒップを持つ美少女。

──────────────────────────────────────



「こんな感じ……どう?」


「お、おおおおぉぉ……」


 ライブハウスの楽屋で夜耶にメイクをしてもらった俺は、鏡に映った自分を見て思わず感嘆の声を上げた。


 す、凄いぞこれは!


 そばかすだらけで目つきの悪かった俺の陰気な顔が、中の上くらいのちょい美少女になっている。血の気のなかった青白いゾンビ肌も、健康的な色艶に変わっていた。


「うおぉぉぉ! 俺マジでかわいいじゃん! うひょー! なんだかテンション上がってきたなー!」


「夜耶のメイク技術は天才的だからねー。ナユタは胸も大きいし髪もサラサラだから、こうやってちょっと手を加えるだけで、大分印象変わると思ったんだ」


「いいじゃん、いいじゃん! これならステージで歌っても、ばえること間違いなしだな!」


 奏音と萌黄が、鏡に顔をくっつけて大騒ぎする俺を、微笑ましそうに見ている。


 今は化粧による擬態だけど、いずれはナチュラルでこの顔を……いや、これ以上の美少女になってみせるぞ!


 俺がテンション高めにそう決意していると、楽屋のドアがノックされ、一人の少女が顔を出した。


「あ、あの……」


 おずおずと楽屋に入ってきたのは、ウェーブのかかった茶髪を腰下まで伸ばした、少し垂れ目で清楚な感じの美少女だ。


 しかし、その体は女性らしい柔らかな曲線を描き、見事なバストとヒップをその身に有している。


「小春……来てたのか」


 萌黄が驚いた様子でつぶやく。


 どうやら彼女が、このバンドのボーカルを担当していた園城小春らしい。


「うん、どうしてもみんなのライブが見たくて……。お母さんと喧嘩して、勢いでライブハウスまで来ちゃった……」


「大丈夫……なの? お母さんにバレたら、また大事になるんじゃ……」


 夜耶が心配そうな表情で問いかけると、小春は「そうかもね……」と苦笑しつつ、俺の方に顔を向けた。


「彼女が私の代わりに入った子?」


「チィーッス! 先輩。ナユタって言います。今回は臨時の助っ人として参加させてもらってますので、いつでも戻ってきてもらっても大丈夫っすよ!」


 俺が元気よく挨拶を返すと、小春はクスッと笑って表情を和らげた。


「えーと、先輩が歌うんなら、俺辞退しましょうか?」


「いえ……もうずっとみんなと練習もしていないし、今日は客席からみんなを応援させてもらうわ。ナユタちゃん……だっけ。私の代わりに頑張ってね」


 小春はそう言うと、楽屋をあとにしてしまった。


 うーむ……なんとかしてあげたいが、ただのゾンビである俺が家庭の事情に首を突っ込むのは難しそうだしなぁ……。


 まあ、俺は助っ人としてライブを成功させることだけを考えよう。


 俺たちは各自楽器の最終チェックを済ませると、楽屋をあとにしてステージへと歩き出した――。





◆◆◆





「ファッキン! このクソったれな世界をぶち壊せ♪ 血反吐を吐いて~のた打ち回って♪ この手で全てを破壊しつくせ♪」


 まるで騒音のようなギターサウンドと、知性の欠片もないような歌詞に、園城えんじょう百合子ゆりこは顔をしかめた。


 娘があれほど夢中になるロックという音楽。それがどのようなものか、自分の耳で一度くらいは聴いてみようと思ったのだが……。


 ――ギュイーン! ギュワーン! ギュワワワーン!


 ギターの爆音にベースとドラムが乗り、そこに歌が加わるとさらに音量が上がる。


 ステージ上のバンドメンバーは皆、奇抜な髪型と髪色で、百合子の常識では理解できない服装をしていた。


「センキュー! クソ野郎ども! 今日は心ゆくまで楽しんでってくれよな!」


 演奏が終わりボーカルの男性がマイクパフォーマンスをすると、観客から大きな歓声が上がる。


 だが、物心ついた頃からピアノとバイオリンしかやってこなかった百合子にとって、ライブハウスの空気はあまりにも異質で、居心地が悪かった。


「やっぱり、こんな音楽を小春にやらせたくないわ……」


 仲のいい友人と組んでいたバンドから、娘を半ば強引に脱退させてしまった引け目もあったので、今日はその娘たちの音楽を自分の耳で確認し、ちゃんと小春に言いきかせて諭そうと百合子は考えていたのだ。


「でも、もう十分ね。どうせ娘の入っていたバンドも似たようなものなのでしょうし……」


 このままここに居座っても時間の無駄だと判断した百合子は、そのままライブハウスを立ち去ろうとしたのだが――


『さあ、次はいよいよお待ちかね! 今売り出し中のガールズバンド、"天海聖園てんかいせいえん"の登場です!』


 MCのアナウンスともに照明が暗転し、代わりにスポットライトがステージの中央に集まった四人を照らし出す。


 百合子はステージ上に現れた人物を見て、思わず足を止めた。


「あら……あの娘はさっき私を助けてくれた……」


 ステージの中央に立っていたのは、先ほどライブハウスに向かう途中でひったくりにあった自分を助けてくれた少女だった。


 化粧をしているのか先程と印象は違うが、間違いなく彼女だ。


 それに"天海聖園てんかいせいえん"とは娘が所属していたバンドの名前で間違いないはずだ。つまり彼女が娘の代わりに加入したメンバーなのだろう。


 MCから一人ずつメンバーが紹介される。彼女はナユタという名前らしい。


「えー、あー、俺は臨時のメンバーなので、ファンの皆さんに満足してもらえるかわからないですけどー、今日は精一杯歌うので、よろしくお願いします!」


 ナユタが観客に向かってお辞儀をすると、サラサラの黒髪がふわりと踊り、大きな胸もぷるんと揺れる。


 その美しい仕草に熱狂する観客を、夜耶がドラムスティックでシンバルを叩きながら静かにさせた。


「ワン、ツー、ワンツースリー!」


 夜耶のカウントで演奏が始まり、ナユタが息を大きく吸い込むと、透き通るような歌声をライブハウスに響かせる。


 女性でありながら男性ボーカル並みの低音で美しい音色を奏でるナユタに、百合子は思わず聞き惚れてしまった。


 そして、その歌声に触発されたように、他の三人も演奏に熱が入り始める。


 上手い……。ギターもベースもドラムも、確かに暴力的な音ではあるが、それなのに何故かとても聞きやすい。


 百合子はいつの間にか"天海聖園てんかいせいえん"の奏でる音楽に魅了されていた。


(それに……彼女たちはとても楽しそう……)


 歌っているナユタだけじゃなく、全員が満面の笑顔で演奏している。


 その表情からは、音楽が楽しくて仕方がないという気持ちが伝わってくるようだった。


(ああ……私も青春時代に、こんな楽しい時間が欲しかったわ……)


 小さな頃からずっと音楽の英才教育を受けてきた。


 音大に通いながらも、結局はプロになれなかった両親の期待を一身に背負って、友人と遊ぶことも我慢して、ただひたすらにピアノの練習だけに打ち込んだ日々……。


 結果、今では日本はおろか世界でも有数のピアニストとして名を馳せるようになったものの、あんな風に心の底から音楽を楽しむことなどなかった気がする……。


「私は……両親のしてきたことを娘にも強要しようとしてたのね……」


 ステージの上では、一曲目の演奏を終えたナユタがMCで観客を沸かせていた。


「センキュー! あーりがとー! でも、てめーら俺の胸ばかり見てんじゃねーぞ! もっと耳の穴かっぽじって、俺の歌を聴けーーッ!」


 ナユタが観客を煽ると、再び歓声がライブハウスに響き渡る。


 その声につられて、百合子は気づけばステージの目の前まで移動していた。


 休む間もなく二曲目の演奏が始まり、ナユタの歌声が優しく観客を魅了する。


 結局最後までステージの前に居座った百合子は、いつの間にか他の観客たちと同じように、ステージ上の少女たちに熱狂していたのだった。

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