第019話「ゾンビザロック②」

 奏音とのセッションはめちゃくちゃ楽しかったし、美少女とバンドを組むのも夢があっていいかもしれない。


 しかし……。


「悪いけどバンド活動とかしてる暇はないんだよなー」


 俺は住所不定無職のゾンビであり、いつ国家権力に発見されるかわからない身だ。それまでにたくさんの血を集めて、最強の美少女に生まれ変わるという使命を果たさねばならない。


 なので非常に残念ではあるが、その誘いを断ることにした。


「ええー……。どうしてもダメ?」


 上目づかいで俺を見上げる奏音。とてもかわいいが、美少女からのお願いでも聞くわけにはいかないのだ。


 俺が首を横に振ると、奏音は妥協案を提示してきた。


「じゃあ次のライブだけでいいからさ! 新しいメンバーも見つからないし、私もまだ仕上がりそうにないんだよ……。ね! お願い!」


 うーむ、そうはいってもなあ……。


 いや……でも公僕に目をつけられちまったし、そろそろ路上ライブも潮時かもしれない。


 ここらで路上ライブはやめにして、奏音の血を入手するために全力を尽くしたほうがいいんじゃないだろうか?


「じゃあ俺の条件を聞いてくれたらいいぜ」


「……先に言っておくけどお金なら無いからね?」


「大学生になったばかりのガキから金なんて取るかよ。血だ、俺はお前の血を求める」


 にちゃりと口を大きく開けて、奏音の首元に齧り付くような仕草をする。


「えぇ……さっきの冗談じゃなかったんだ……。そういう嗜好の人がいるって聞いたことはあるけど、正直ちょっとキモいかも……」


 まあそれが普通の反応だよなぁ……。


 ゲンさんやみるるがちょっと特殊だっただけで、普通は特に仲良くもないやつからいきなり血を寄こせとか言われたらドン引きするよな。


「一滴でいいんだよ。それくらいバンドに参加する条件としてなら安いもんだろ?」


「うーん、一滴くらいなら別にいいかー」


 奏音は多少悩むような素振りを見せたものの、意外とあっさり承諾してくれた。


 先のセッションで良い第一印象を持ってもらえたようだし、思ったよりも好感度が高かったのかもしれない。


「よし、じゃあ契約成立だな」


「うん、よろしくね。それじゃあ時間もないし、さっそくだけど次のライブに向けて練習しようよ」


 ライブはもう一週間後に迫っているということで、メンバーと顔合わせをするために、俺は奏音に連れられて彼女たちが練習に使っているというスタジオに向かうことになった。





「燃やし尽くせ~僕らの儚い命を~♪ そうだ奇跡はこの手で掴み取るものなんだ~♪」


 ――ジャンジャンジャカジャーーン!


 ギターを軽快にかき鳴らしてフィニッシュを決める。


 すると、黙って俺の演奏を聞いていた『天海聖園てんかいせいえん』のメンバーたちは、パチパチと手を叩いてきた。


「おお、すげーいいじゃん! ギターも歌も上手いしイケボで声量もある。こんな娘よく見つけてきたなー、奏音」


 バンドのベースをやっているらしい、"海老名えびな萌黄もえぎ"が奏音の頭をわしゃわしゃと撫でる。


 彼女は身長170センチ以上はあろうかという長身の美人で、ショートカットの黒髪に、耳にはピアスをつけていて、なんというか王子様っぽい雰囲気のビジュアルをしている。


 体の凹凸は少ないが、スポーツでもやっているのか非常に引き締まった美しい肉体をしており、特にウエストのくびれは芸術的だ。


「うん……。これなら小春の代わりが務まる……かも」


 ドラムをやっているという"ひじり夜耶やや"がボソッと呟く。


 彼女はこのバンドのリーダーであり、猫のように大きな目をした小学生にも見える合法ロリっ子だ。


 しかし、ドラムスティックを持てばその小さな体とは不釣り合いなほどパワフルな演奏をするらしい。


 子供のような外見だが、頭も良くてとても頼りになる友人だと奏音が言っていた。


「小春って抜けちゃったボーカルの人? もしかして苗字が『園』で始まったりする?」


「えー、よくわかったねナユタ。もしかして天才かな?」


 俺がそう聞くと奏音が驚いたような反応をした。


 いや、バンド名が『天海聖園てんかいせいえん』で他のメンバーの名前を聞けば普通わかるだろう……。もしかして奏音ってちょっと天然なのか?


「ああ、名前は"園城えんじょう小春こはる"だ。高校入学当初からずっとあたしらとバンドやってたんだ。でもあいつの母親は有名なピアニストでさぁ、大学に入ってまでロックバンドなんてやらせられないって。無理やりやめさせられたんだよ」


 萌黄が事情を説明してくれた。


 なるほど、それでバンドを脱退してしまったというわけか。


「音楽に貴賎はない……。クラシックもロックも……同じ音楽なのに……」


 夜耶もどこか悔しそうに拳を握る。


 まだ小春さんが脱退したことを納得していないようだ。


「と、とにかく今は来週のライブに向けて練習しようよ! 時間は限られてるんだから、ナユタが私たちの音楽に慣れてくれるようにしっかり合わせていこう!」


 奏音が若干無理やりな感じで、バンドメンバーを練習に戻らせる。


 どうやら俺は来週までたっぷり彼女たちの練習に付き合わされるようだ。


 ……まあいい。バンドのメンバーは奏音も含めて全員美少女だからな。


 もっと仲を深めれば、もしかしたら萌黄や夜耶からも血を頂戴できるかもしれないし、ここはいっちょ頑張ってみるか!





「え? ライブって『梅澤町』でやんの!?」


 ライブ当日の朝。うっかり集合場所を聞くのを忘れていた俺は、公衆電話から奏音に電話をかけたら、彼女から衝撃の事実が告げられた。


 ちなみにチンピラからスリ取ったスマホは、すでに回線を停止させられていた。


 くそったれ……俺も自分のスマホが欲しいぜ。


『あそこは危険な街だけど、ロックの聖地でもあるからねー。表道はさすがに女の子だけじゃ歩けないけど、街の端にあるロック通りなら、バンドマンばかりだからそんなに治安も悪くないんだよ』


 うーん、それにしたってあんな場所にガールズバンドがねぇ……。ロックだなぁ。


「わかったけどくれぐれも気をつけるんだぞ? お前らは外見がいいから俺は心配だよ……」


『あはは、ナユタってなんだか年上の男の人みたいなこと言うね。とにかく正午までにライブハウス"冒険者ギルド"まで来てね!』


 俺は奏音との通話を終えると、早速梅澤町へと向かうことにした。




「相変わらずクソの掃き溜めのような街だなぁ……」

 

 大通りを歩きながら、思わず呟いてしまう。


 こんな昼間から路上に座り込んで酒盛りをしている奴らもいれば、道行く人に因縁をつけて金をせびっている奴もいる。


 まあ俺に絡んでくる奴は返り討ちにするだけなので、俺は堂々と危険な表通りを歩くがな。


 ここを突っ切ったほうが街の端にあるロック通りに近いのだ。


 そう思って歩いていると、前方から女性の悲鳴が聞こえてきた。


「きゃーー! ひったくりよ! 誰か捕まえてーー!」


 高級そうなバッグを手に持った男がこちらに向かって走ってくる。


 だが、辺りのゴロツキたちはただそれをにやにやと眺めているだけで、誰も女性を助けようとはしない。


 俺はひったくりの男とすれ違うと、そのまま座り込んでいる女性に手を差し伸べた。


「大丈夫ですか?」


「え、ええ……ありがとう。でも、バッグが……」


 女性は30代前半くらいに見える上品な雰囲気の美人で、なぜこんな場所を歩いているのか疑問になるくらい身なりが整っている。


「バッグってこれですか?」


「え!? どうして!?」


 俺が右手に持っていたバッグを手渡すと、女性は驚いたように目を白黒させた。


 ふふふ、【スリの極意】ですれ違いざまに盗んだのだ。


「膝から血がでてますよ? ちょっと待っててくださいね……」


 うひょひょひょ、ラッキー! これは思わぬ収穫だぜ! ぺろぺろしちゃうもんね!


 ペットボトルの水で女性の膝を洗い、タオルで拭いて絆創膏を貼ってあげる。その隙に指についた血をこっそり舐めとった。



《【天使の指先】を獲得しました》



 その瞬間、俺の手がビキビキと音を立てながら、すらっとした長く美しい指に変化していく。


 おおおおっ! 美人の奥様って感じだったからちょっとは期待してたけど、これは凄い! 手タレとしても通用しそうなくらい綺麗な手になったぞ!


 俺は自分の指をうっとり眺めながら、詳細を確認してみる。




【名称】:天使の指先


【詳細】:その美しい指先から奏でられる旋律は、聴いた者の心を掴んで離さない。ショパン国際ピアノコンクールで入賞を果たした天才ピアニストは、今日もその音で人々の心を天界へと誘う。




 ええ……。この人もしかしてめちゃくちゃ有名人なのでは……? なんでこんな場所にいるの?


「ごめんなさいね、わざわざ治療までしてもらって」


「いえいえ、とんでもないですよ!」


 美しい手だけじゃなく、ピアノの才能まで貰えたのだ。むしろこちらからお礼を言いたいくらいである。


「それにしてもどうしてこんな場所に? ここは女性が一人で歩くようなところじゃないですよ?」


「ライブハウス"冒険者ギルド"というところへ行こうとしていたのだけれど……ここにあるんじゃないのかしら?」


「ここは危険な表通りですよ。ライブハウスのあるロック通りは街の外れです」


「そうだったのね、教えてくれてありがとう。……でも、やっぱり行くのはやめようかしら。こんな街の人間が好む音楽なんてきっと碌なものじゃないわ」


 そう呟くと、女性は踵を返して立ち去ろうとする。


「いやいや、お姉さん。ちょっと待ってくださいよ。俺も今からそこに行くんで、よかったら一緒に行きません? こんな危険な場所でお姉さんみたいな美人を一人で歩かせるのは危ないですし」


「もう……美人のお姉さんって、こんなおばさんをからかわないの。でも……ふふ、あなたもロックをやるの? なら、そうね。せっかくだから一度聞いてみようかしら」


 どうやら興味を持ってくれたみたいだ。


 美人のピアニストにロックの良さを伝えるいい機会だな……と、俺は意気揚々と彼女を連れて、ライブハウス"冒険者ギルド"へ向かったのだった。

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