第018話「ゾンビザロック①」
「さて、今日もいっちょやりますかね~」
駅前の広場に着くと、俺はいつものように擬石の上に腰かけて演奏の準備に取りかかる。
――みるるからとんでもない地雷を手に入れてしまってから一週間が経った。
せっかく人が集まってくれるようになったのに、このままでは終われない……ということで、なんとしてでも美少女から美の長所を奪取しようと、俺は諦めずに連日路上ライブを敢行しているのである。
「さあ、再び歩き出そう~♪ 君と手を繋いで輝く未来へと~♪」
……おや? 俺はまだ歌っていないのだが。
俺がアンプを足元に設置しようと屈んだところで、背中の方から綺麗な歌声が聞こえてきた。
振り返ってみると、そこには赤みがかった茶髪をサイドテールにした女性が、ギターを片手に熱唱している姿があった。
「珍しいな、先客か」
気になった俺は一旦演奏の準備を中止すると、彼女の前に回り込んでその様子を眺めることにした。
弾き語りをする女性は、思ったよりも若くまだ少女と呼べるような年齢だった。Tシャツに短パンというラフな格好で、いかにもバンドガールといった風貌だ。
外見は芸能人といっても通用しそうなくらいに整っており、特に短パンから伸びる生足は素晴らしいの一言だった。
太ももは太すぎず、それでいて女性らしい肉付きをしていて、膝から下はすらりと長い。そして、ふくらはぎのラインは芸術的な曲線を描きながら足首へと向かっている。
どこもかしこも肉がついていない不格好なO脚の俺とは、まるで正反対のパーフェクトな美脚である。
「躓いたっていいじゃないか~♪ 君と二人ならどんな道でも~♪」
……う~む、だけどいまいち通行人の食い付きがよくないな。
歌声は綺麗だし、ギターも上手い。だけど、ちょっと声量が小さいというか……なんかこう、恥ずかしがってる感じが伝わってくるんだよね。
もしかして路上ライブは初めてなのかな?
「歩いていこう~♪ この道ずっと~♪」
少女の演奏を聞いていた数少ない通行人が、一人また一人と去っていく。
そして、ついには俺以外の観客がいなくなってしまった。
美脚の少女は明らかに動揺しており、ギターを弾いている手にもミスが目立つようになる。
「立ち止まらないで~~♪ 大丈夫わたしが――」
「わたしが傍にいるから~♪」
俺は少女の隣に立つと、ギターを構えて即興で演奏をリードしながら、彼女の歌声に自分の声を重ねる。
少女と目が合うと、彼女は少し戸惑いながらも、やがて小さく微笑んで俺の演奏に合わせて歌い始めた。
「「歩き出そう~♪ 君と手を繋いで輝く未来へと~♪」」
俺と少女の声が綺麗にハモる。
すると、通行人たちが足を止めてこちらに注目し始めた。
「お? なになに?」
「あの娘たちギター超上手くね?」
「歌も上手いしもしかして有名な歌い手かも」
「左の赤髪の娘、めっちゃかわいくね?」
「右の娘おっぱいでけ~」
一人、また一人と足を止めていき、やがて広場には大勢の人だかりができ始める。
美脚の少女も俺とのセッションが楽しいのか、次第に緊張もほぐれてきたようだ。声量も上がり、ギターの音色もキレを増す。
「うお、あの娘プロ級じゃね?」
「声もめっちゃ綺麗だし、マジの逸材だろ」
「へへ、俺は右の娘のほうがいいな。ちっちゃな身体にあのおっぱいエロ過ぎだって!」
……俺の評価はおっぱいしかねーのかよ。
確かにギターも歌も容姿もこの娘のほうが上だが、俺の演奏だって捨てたもんじゃないだろーが。
くそぉ、絶対そのうち超絶美少女になって見返してやるからな。そのときになってナユタ派に鞍替えしようとしてももう遅い、俺は世界中の人々から愛される存在なので、あなたに構ってる暇なんてありません。
「「立ち止ま~らない~♪ 君と二人なら~♪」」
俺と少女は息のあった演奏を披露し、観衆を沸かせる。
目を合わせて二人で微笑み合う。なんだかとても楽しくなってきたぞ!
ノリノリで演奏していると、いつの間にか駅前の広場は俺たちの路上ライブに聞き入る人でごった返していた。
――だが、皮肉なことにそれが仇となってしまう。
「こらー! 君たち! 許可は取ってるのか!? 」
紺色の特徴的な制服を着たおじさんが、拡声器を片手に大声を張り上げて広場に駆け込んできたのだ。
くそ、いいところで邪魔しやがって!
住所不定の無職ゾンビである俺が、許可なんて取っているわけないだろ!
「おい、逃げるぞ!」
「え? う、うん!」
急いでギターなどを片付けると、少女の手を取って走り出す。
「こ、こら! 待ちなさい!!」
公僕が慌てて追いかけてくるが、観客たちが上手く邪魔して進路を阻んでくれる。
どうやら俺たちの演奏を聴いてファンになったのか、味方をしてくれるつもりらしい。
俺たちはその隙に駅前の大通りを駆け抜け、路地裏へと逃げ込んだ。
「はぁ……はぁ……、ここまでくれば大丈夫だろ」
「う、うん。ありがとう。私も許可取ってなかったから焦ったよー」
少女は息を整えながら、ギターケースを壁に立てかける。
俺も肩で息をしながら隣に並んで壁にもたれた。
「それにしても本当に助かったよ。君以外誰もいなくなったとき、私完全にテンパっちゃってさ、トラウマになっちゃいそうだったもん」
少女はそう言って、人懐っこい笑顔を向けてくる。
……う~ん、近くで見ると本当に可愛いな。特にそのおみ足には踏まれてもいいとすら思ってしまう。
「バンドとかやってる感じか? 歌もギターもめっちゃ上手いじゃん」
「まあねー。これでも地元じゃちょっとは有名だったんだよ。でも、路上ライブなんて初めてやったから緊張しちゃった」
美脚少女の名前は"
18歳の大学一年生で、高校の友達と一緒に組んだバンド『
大学に入学してから、ボーカルの子が家庭の事情で抜けてしまったのもあり、彼女が一人でギターとボーカルも兼任することになったのだという。
「だけど私、二つのことを同時にやるのがどうも苦手でさ。歌もギターも片方だけなら結構自信あるんだけどねー」
先ほどの路上ライブを振り返ると、確かに奏音の演奏や歌は、俺の【アマチュアギタリストレベルMAX】と【歌い手】よりも上だったような気がする。
つまりこの娘はプロ級の実力があるということだ。
「それで路上で練習してたってわけか」
「そういうことー。ところで君さ、名前なんて言うの?」
「ナユタだ」
「ナユタさ、歌も上手くてめっちゃイケボだったし、ギターも上手だったよね? もしかしてバンドやってたり、動画サイトとかで活動したりしてる?」
「いや、特に何もしてないよ。路上ライブもちょっとした目的でやってるだけだし」
「ちょっとした目的って?」
「それは……お前のような美少女を釣って血を頂くためだーーッ!」
俺は「ガオーッ!」と、吸血鬼のように彼女に噛み付く仕草をしてみる。
「なにそれー、ウケる!」
奏音はケラケラと笑いながら俺の肩をバシバシ叩いた。
そして、ふと我に返ったように表情を引き締めると、 俺のほうにズイッと体を乗り出してくると――
「ねえナユタ! 私と一緒にバンドやろうよ!」
そう言って俺の手をギュッと握ってきたのだった。
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