第017話「地雷」
駅前の広場は、仕事終わりのサラリーマンや学校帰りの学生でごった返していた。
その雑踏のなか、俺は背中に背負ったギターを下ろすと、擬石の上に腰かけて道行く人を眺めながらギターのチューニングを始めた。
――ギュンギュンギュイ~ン♪
心地よい音が鳴り響き、何人かの通行人がこちらに振り向く。
……え? 一体なにをしているのかだって?
ふっ……そんなの決まっているじゃないか。路上ライブさ。
どうしてそんなことをするのか、それは今の俺のステータスと見てもらえば一目瞭然だろう。
【肉体情報】
名前:ナユタ
性別:女
種族:なりかけゾンビ (進行停止中)
能力:吸血、快速ランナー、神乳、いかさま師、フローラルな香り、ミニマムチャンピオン、走り屋、ピッキング王、スリの極意、大声、唾飛ばし、ストーキング、アマチュアギタリストレベルMAX、ファンタジスタ、イケボ、歌い手、サラサラヘア、優れた体幹
おわかりいただけただろうか?
現在の俺の能力は、歌を上手く歌えることに特化されているのだ。
【大声】、【アマチュアギタリストレベルMAX】、【イケボ】、【歌い手】の四つの能力を駆使すれば、プロ顔負けの歌唱力を実現できるのである。
女なんて音楽とイケボで釣ってやればイチコロな生き物だからな (偏見)。
こうして、路上ライブを鑑賞しにきた美少女どもから血を頂戴しようという算段だ。
さぁ! それでは早速、始めようか!
地面にアンプを置いて、相棒のエレアコと接続する。続いてマイクをスタンドにセットして準備完了だ。
ちなみのこれらは、ゴロツキどもからかっぱらった金をはたいて購入してきた。
【スリの極意】を獲得した今、やろうと思えばお金はいくらでも入手できるし、万引きだって可能だが、やはり小市民の俺としては一般人から強奪する行為は気が引けるのである。
まあ、俺に危害を加えようというクズからなら容赦なくいただくけどな。
――ギュイィィィーン!
ギターの力強い音が鳴り響き、道行く人々から注目が集まる。
俺はスタンドマイクに顔を近づけて、大きく息を吸うと――
「泣かないで~♪ いつかきっと~帰って来る~から~♪ 幾千の時が過ぎても~、必ずあなたの元に~帰るから~~♪ さよならは~言わないよ~♪」
ジャカジャカと弦をかき鳴らし、魂のこもった歌声を響かせる。
最初は一瞬だけこちらに顔を向けて通り過ぎる者が殆どだったが、演奏が進むにつれて次第に足を止める人が増えてきた。
「記憶の糸が途切れても~♪ 君を見つけたら~きっと思い出す~♪ 何光年離れていても~たとえ異世界に転生しても~♪ 必ず君に会いに行くよ~♪」
歌いながら、俺はチラッと観客たちを観察する。
……く、やっぱり野郎が多いな。
俺のイケボに釣られた女の子もいるみたいだが、ギターストラップでパイスラ状態になっている胸を見ている男が一番多い。
前々から思っていたが、【神乳】のバフ……ちょっと強すぎじゃないか?
まあこれは仕方ないよなぁ……。元男の俺としては複雑な気持ちだが、女としての魅力が超高いと割り切るしかないだろう。
「いつかまた巡り合う~その日まで~ボクは旅を続けよう♪ ほら笑顔見せて~心はいつも君と一緒だから~♪」
観客たちの視線に軽く手を振って応えつつ、サラサラの髪を靡かせて熱唱する。
そしてラストスパートとして、演奏を一気に盛り上げた。
――ギュウゥアァァァン!!! ジャカジャ~ン!!
「君といつの日か再び会えると~♪ そう信じてボクは歌い続けるよ~♪ カムバックトゥアナザーワールド~♪」
最後のフレーズを弾き終えると、一瞬の静寂のあと――
――パチパチパチパチ!!
……お、おお!
観客たちが一斉に拍手を送ってくれる。
辺りに人垣ができて大喝采! というほどではないが、それでも10人近くの人たちが俺の路上ライブを最後まで鑑賞してくれた。
……やべえ、超嬉しい!
なんか普通に楽しいなこれ。音楽にハマる人が多いのもわかる気がするわ。
俺は満足感に浸りながら、ギターやアンプを回収すると、観客たちに笑顔で手を振ってからその場を立ち去ろうとして――
「よかったー! めっちゃイケボだしギターも超上手いし! みるる、ファンになっちゃったー!」
突如、背後からそんな声が聞こえてきて立ち止まる。
振り返ると、そこにはいわゆる地雷系と呼ばれる服装の、小柄で可愛らしい少女が立っていた。
長い黒髪をツインテールに結って、ピンクのシャツに黒のミニスカート、そして耳にはいくつもピアスをつけている。
「おう、毎日やるつもりだから、また聞きにこいよ! できれば友達も連れてな!」
「絶対聞きにくるしー! でも友達はいないから無理ー!」
きゃはは、と楽しそうに笑いながら悲しい現実を口にする少女。
なんか地雷臭がするけど、見た目はかなりかわいいしスタイルもいい。こいつからは美の長所を入手できそうな気がするぞ。
毎日来るって言ってるんだし、焦らずに口説けばそのうちイケるだろ。
俺はそう判断して、今日のところは切り上げることにした。
◇
それから俺は、毎日のように駅前の広場で路上ライブを決行した。
演奏を始めてから3日目くらいまでは観客は10人程度しか集まらなかったが、徐々に足を止めてくれる人が増え始め、一週間経った今では20人以上の観客が集まってくれるようになった。
固定ファンも何人か獲得し、着実に血を獲得する土台ができつつある。
「心に咲く~、愛の花~♪ 君に捧げよう~♪」
――ジャカジャカジャ~ン!!
カッコいいポーズをビシッとキメながら、最後の曲を歌い上げる。
すると、30人近くいるであろう観客たちから「ワアァァァ!!」という歓声があがった。
「ナユっち今日も最高だったよー!」
そう言って駆け寄ってくるのは、初日に知り合った地雷系少女のみるるだ。
彼女は俺のギターケースの中に、一万円札をねじ込んでくる。
「いや、お前毎日一万円投げてくれるけど、どんだけ金持ちなんだよ」
外見的にどう見ても20歳には達していないだろう。一体どんな仕事してるんだコイツ。
俺の疑問に、みるるは笑顔で答える。
「みるるはパパがいっぱいいるから~、一万円くらいヘーキだしー!」
……ああ、そういう感じか。不健全だなぁ。
まあゾンビの俺が説教できる立場でもないが……でも一応は忠告しておくか。
「そんなことばかりやってるといつか痛い目みるぞ」
「わかってるよー。でも今が一番みるるに価値があるときだし、今のうちに稼いでおかないと勿体なくない? それにパパたちはみんなみるるに夢中だからー、ひどいことする人なんていないしー」
「あのなぁ、男なんていつ豹変するかわからない生き物だぞ? もう少し自重したほうがいいんじゃないか?」
元男の経験からアドバイスしてやるが、みるるは聞く耳を持たずにアハハと笑う。
「本当に大丈夫なんだってー。ええとね、みるると一回ホテルに行ったら、その後みんな凄く優しくなるんだよ? 最初恐かったおじさんも絶対にひどいこと言ったりしなくなるの」
……は? なんだよそれ。そんなわけないだろ。
おかしなことを言うみるるに、俺は怪訝な表情を浮かべる。
まあいい。それよりそろそろこいつには血を要求してもよさそうだ。今ならちょっと強引に迫ればイケるだろう。
俺はみるるのぷにぷにした柔らかそうな二の腕を掴むと、自分の胸に抱き寄せた。
そして、【イケボ】の効果を全開にしてみるるの耳元で囁く。
「なぁ、みるる。お前の血、俺に吸わせてくれよ」
すると彼女は俺を見上げながら、トロンとした表情を晒した。
「はわぁ~、ナユっち女の子なのにやっぱめっちゃイケボだし~。血が欲しいのぉ~? みるるの血ならいくらでも吸っていいよ~。10リットルくらい飲む?」
「いや10リットルって普通に死ぬだろ、一滴でいいから」
安全ピンを渡すと、みるるはなんの躊躇いもなく自分の指にそれを突き刺した。
そして、ぷすっと出た血を俺の口元に運んでくる。
「はい、あ~んして」
「あ~ん」
ちゅぱっとみるるの指を咥えて、血をちゅーちゅーと吸い上げる。
次の瞬間、ドクンと身体の中でなにかが脈打った。
よし! きた、きた、きたぞっ!!
今までの経験上、これは身体変化系の長所が手に入ったときの感覚だ!
こいつは地雷っぽい外見をしているが、顔もスタイルもあらゆる要素が高レベルだし、きっと凄い長所が入手できるに違いな――
《【超名器】を獲得しました》
お腹の下の辺りが、ぐにゅっと熱く蠢く。
……は? いや、え、なにこれ?
なんかめちゃくちゃ嫌な予感がするんですけど……。
額から一筋の汗をたらりと流しつつ、恐る恐る能力の詳細を表示させる。
【名称】:超名器
【詳細】:男に至高の快楽を与え、天国へと誘う。これを一度でも味わった男は、もう二度と他の女では満足できなくなる。あなたに気に入られるために、男たちはその身の全てを捧げ、忠誠を誓うだろう。
「…………………………」
口をあんぐりと開けながら、呆然とする。
顔中に血がのぼってきて、全身がカァ~っと熱くなった。
「あれれ~、ナユっち耳まで真っ赤だけど大丈夫ー?」
みるるが不思議そうな顔をしながら、俺の肩をぺちぺちと叩く。
「お、お、お、お前ふざけんなよ! くっそ地雷じゃねーか!! へ、変なものよこしやがって! このクソビッチが!!」
使い道のない恥ずかしいだけの能力を手に入れてしまい、手で顔を扇ぎながらみるるを怒鳴りつける。
そりゃ、みんな凄く優しくなるわな! こんなアホみたいな長所持ってたらさ!!
くそっ! 顔が熱い……。返却できないのかよ、これ……。
「え~、ひどーい! みるる、ビッチじゃないし~。おぢさんたちに愛を与えて対価を貰ってるだけだし~」
「う、うるせー! ばーか、ばーか! このアホ! 地雷! クソビッチ!」
俺は半泣きになりながら吐き捨てると、ギターケースに荷物を詰め込んでその場を立ち去った。
……ああもう、最悪だ! なんで俺がこんな目にあわなきゃなんねーんだよ!!
地雷女は持ってる長所までもが地雷だった……。
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