第016話「サッカーは格闘技②」

 その後、俺が一得点、青空と仁崎が一得点ずつ決め、2対2の同点で後半に突入した。


 お姉さんからあっさり長所を獲得できたことで、この調子ならあと数人くらいから能力を頂けそうだな、と俺は内心ほくそ笑んでいたのだが……。


 特に流血沙汰や乱闘なども起こらないまま、後半残り15分というところまできてしまった。


「よし、あのトンカツ相手に2対2の同点だ。皆、最後まで頑張っていこう!」


 トラさんがチームメイトを鼓舞するが、俺は焦りを覚えていた。


 このままだと普通にいいサッカーだったね、で終わってしまう。なんとか血を奪わないと……。


 しょうがない……少し荒っぽくいくか。


「ナユタちゃん! 頼むっ!」


 チームメイトから絶好のパスが飛んでくる。


 俺はそれをトラップすると、敵陣のゴールに向かってドリブルで切り込みながら、魔法の左足で次々と相手を抜き去っていく。


『東方楽園の10番ナユタちゃん! 相変わらずのドリブルです! 電光石火の切り返しでトンカツの選手を次々と抜いていく! そして、そのままシュート体勢に入ります!!』


 目の前にゴールが見えてシュート体勢に入った瞬間、青空がコースを塞ぐように飛び出してきた。


「やらせん! 俺が止める!」


 サラサラの長髪を靡かせながらシュートをブロックしようとする青空。


 しかし俺はシュートモーションを止めることなく、そのまま左足を振りぬいた。


「ごはッ!?」


『おおーっと! ナユタちゃん、ブロックをものともせず強引にシュート! ボールは青空選手の鳩尾に直撃! これは痛そうだぞぉぉ!』


 青空はうめき声を上げながら地面に倒れ込み、腹を押さえてのたうち回る。


「ゴールマウスががら空きだ!」


「ナユタちゃん打てぇぇぇぇぇ!」


「だ、誰かあのおっぱいを止めろぉ!」


 チームメイトや相手チームの叫びを背中で受けながら、俺はゴールに向かって……ではなく倒れている青空の顔面に向かって思いっきりボールを蹴り込んだ。


「ぶげぁぁっ!?」


『ああっ! 絶好のチャンスでしたが、ナユタちゃんのシュートはあらぬ方向に向かってしまいました! 青空選手、大丈夫でしょうか!?』


 俺の強烈なシュートを至近距離で顔面に喰らった青空は、鼻血を撒き散らしながら吹っ飛んでいった。


 ――ピィィィーー!


 主審がホイッスルを吹きながら俺に近づいて来たので、俺は両手を上げてノーファウルをアピールする。


「すみませーん、蹴りそこなっちゃいましたー」


「君! 故意ではないかもしれないが、次はカードを出させてもらうよ」


 俺が主審から注意を受けているうちに、青空はチームメイトに肩を借りて立ち上がると、長い髪をしだれ柳のように垂らしながらピッチの外へ歩いていった。


 その隙に、俺はボールについている青空の血をぺろっと舐める。



《【サラサラヘア】を獲得しました》



 よぉし! 久々に美に関する長所をゲットだぜ!


 次の瞬間、俺のチリチリでボサボサの髪が、まるでシャンプーのCMのように真っ直ぐでキラキラとした美しい髪へと変貌していく。


「あ、あれ? ナユタちゃんなんか変わった?」


「汗ですよ汗。汗で髪がツヤツヤになったんですー」


「……そ、そう? うーん、まあいいか」


 チームメイトの疑問を適当にあしらいつつ、俺は髪を弄びながらニヤリと笑う。


 ふふふ……神乳にフローラルな香りにサラサラヘア。これでマスクをしたらほぼ美少女で通じるような外見になったんじゃなかろうか。


 だが、まだまだだ。俺が目指すのは最強無敵の美少女。もっと血を吸って、美に関する長所をコンプリートしてやるぜ!



 俺はその後も、サラサラの髪を靡かせながら、華麗にボールを操ってゲームを優位に進めていく。


 しかし、結局試合は同点のまま後半も残りわずかというところまで来てしまった。


『さあ、試合は2対2の膠着状態のまま残りは5分となりました! いつの間にか髪がサラサラになっている東方楽園10番のナユタちゃんと、仁崎選手の激しいぶつかり合いが続いております!』


 仁崎にボールが渡ったので俺がマークにつく。青空はベンチに下がったので、こいつがトンカツの中心となって動いている。


 この男は体幹に優れていて、見惚れるほどに背筋がピンと伸びている。勝手に猫背になってしまう俺からしたら羨ましい限りだ。


「ふっ!」


「――しまった!」


 心の中で嫉妬の炎を燃やしている間に、仁崎のフェイントに引っかかり俺は抜かれてしまった。仁崎の前にはもうゴールキーパーしかいない絶体絶命の状態だ。


『あーっと! 仁崎選手、キーパーと一対一だ! これは決まったかぁぁ!?』


 急いで追いかけるが、仁崎の背中には追いつけそうにない。


 だが、この状況は俺にとっても絶好のチャンスだ。ここはもうアレをやっちゃうしかねえよなぁ!?



「おらぁぁぁっ!!」


「ぎゃあぁぁーーッ!」



 俺が後ろから足裏を見せた危険なタックルをかますと、ボールに集中していた仁崎はそれを避けることもできずに宙を舞い、ゴロゴロとピッチの上を転がっていった。


 ――ピィ! ピィィィーー!


『ああっ! 今のは危険なプレイですよ! 主審の右手には赤いカードが握られています!』


 俺は肩を竦めながら「WHY?」と、心底不思議そうな表情を作って主審に抗議するが、彼はそんな俺を一瞥すると、無言で赤いカードを天に掲げた。


「退場だ。ピッチの外に出なさい」


「やれやれ、また誤審か……。VARがない草サッカーは辛いぜ……」


「誤審じゃないよ!? VARがあっても余裕で退場だからね!」


 主審に怒鳴られながら、俺はピッチから追い出された。


『なんと、ここで東方楽園のエース、ナユタちゃんが退場だぁぁ! これは万事休すかぁぁぁぁ!!』


 東方楽園のサポーターから主審にブーイングが飛ぶ。


 だが、主審はそんなサポーターを意に介さず、淡々とゲームを再開した。


 俺はベンチに戻ると、ハンカチを手に取り、ライン際で治療を受けている仁崎のもとに歩を進める。


 どうやら大きな怪我はなさそうだが、転んだときに膝を擦りむいたのか血が滲んでいた。


「すみませーん、大丈夫ですかー」


「いてて……。君さぁ、いくら宿命のライバルといっても草サッカーであのタックルはないだろう……」


 仁崎がジト目で抗議してくるが、俺はそれを気にせずに彼の膝にハンカチを当てた。


 ハンカチにじんわりと赤い染みができる。


「ああ、ありがとう。でも一番の強敵だった君が退場になった以上、もう俺たちの勝利は確定したようなものだね。はーっはっはっは!」


 仁崎は高笑いをしながら立ち上がると、ピッチの中へと走り去っていった。


 そんな彼の後ろ姿を眺めながら、俺はハンカチについた血をペロリと舐めとる。



《【優れた体幹】を獲得しました》



 無機質な声が脳内に響き渡るとともに、ビキビキっと俺の猫背の背筋がピンと伸びたかと思うと、同時になで肩も真っ直ぐに矯正されていき、見栄えの良い姿勢へと変貌する。


 思わず顔がニヤけてしまう。仁崎よ、高笑いしたいのはこっちのほうだぜ。いい長所をありがとうよ。




 ――ピッ、ピッ、ピィィーッ!!


『試合終了! トンカツSCの勝利です! いやー、東方楽園も惜しかったですが、やはりナユタちゃんの退場が痛かったですねぇー』


 試合は俺が退場したことで流れが変わり、トンカツSCが終了間際にゴールを決めて3対2で勝利を納めた。


「あーあ、もう少しだったのになぁ……。ナユタちゃんが退場しなければたぶん勝てたのに」


「でも、ナユタちゃんがいなければもっと点差が開いていたと思うから、やっぱり今日のMVPはナユタちゃんだね」


「そうだな。でも、あのタックルはやりすぎだったぞー」


 負けはしたが、チームメイトからの評価は上々で甘々だ。


 やはり女の子というのはなにかと得なのかもしれない。これでもっと美少女になったら……ふふ、夢が膨らむな。


『それでは、負けはしましたが今日のMVPに輝いたナユタちゃんに、皆さん大きな拍手をお願いします!!』


 観客たちの拍手を背に、俺はこの先に待つ美少女生活を夢想しながら、上機嫌でピッチを後にしたのだった。








【名称】:サラサラヘア


【詳細】:キューティクルに覆われた真っ直ぐでサラサラの美しい髪。太陽に照らされると、キラキラとした輝きを見せる。風に靡く度にその美しさは周囲にも伝わり、清潔で爽やかな印象を相手に与える。



【名称】:優れた体幹


【詳細】:体の芯がしっかりと通っているため、外部からの衝撃に強く、また軸もブレずに安定した動作が可能。背筋の伸びた美しい姿勢は、あなたの魅力をより引き立てるだろう。

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